第37話 スイカありがと

 101号室のドアを閉めて、102号室へ戻ろうとしたところ、見覚えのある作業用ワゴンがちょうどアパートの前に停まった。


 小鹿野さんの不動産開発会社の下請け工事の人たちだ。

 いかにも親分といった感じの、貫禄ある小田さんを先頭に、日焼けした筋肉質の大男と、茶髪の若い男の計3名が、ワゴンを降りて歩いてくる。

 暑い陽射しを浴びながら、作業着姿のガテン系の男たちが3人並んで近づいてくる光景は、なかなか迫力あるもんだけど、私の視線は小田さんが手に持っているものに吸い寄せられていた。

「はい、お嬢さんがた、これ差し入れ」

「うひゃー! スイカありがとオジサン!」

「小田さん、いつもすいません」

「こっちこそ、先代の頃から世話になりっぱなしだからね。少しでもお役に立てるならありがたいくらいでさ。それにそっちの専務さんからもお願いされてることだし」

 小鹿野さんがこのアパートに住むようになってから、日に1度は小鹿野さんの会社の関係者の誰かが顔を出すようになった。

 女の子の独り暮らしが如何に危険であるか、先月の一件で小鹿野さんの会社の関係者は、みな実感したのだ。

 小鹿野さんの独り暮らしそのものは変わらないが、それまで遠慮がちに接していたプライベート部分に、いろんな人が関わるようになっていた。

 一番の変化は、小鹿野さんに成年後見人が付いたことかもしれない。

 小鹿野さんの会社の専務の小林さんという人が成年後見人になった。

 もともと、小鹿野さんのお婆ちゃんが亡くなった時に、成年後見人になるよう周りからも言われていた人らしい。でもお金に潔癖な人だそうで、だから小鹿野さんの財産目当てとか、会社乗っ取り目的だと思われたくなかったらしく、固辞していたのだそうだ。

 私も一度会ったことがあるけど、腰の低いおじさんで、この人を重用していた小鹿野さんのお婆ちゃんは人を見る目があったんだなあと思った。


「ところで、今日は大将、いるかい?」

 小田さんが訊いてきた。

 大将というのは菅谷のことだ。

「いるよ、ムスッとした顔で宿題やってる」

「ちょいと挨拶、させてもらうことできるかな」

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