第36話 守るからね

「ちょっと待っててね、今何か探して持ってくるから」

「あ、私も一緒に行く!」

 私たちは菅谷を1人残して、隣の101号室に向かった。

 101号室は、小鹿野さんのプライベートな部屋。今いた102号室は私たち3人が共同で使う部屋だ。

 一見贅沢なように見えるが、小鹿野さんがこのアパートのオーナーなんだから問題ない。それに、火事で無くなってしまった元々の小鹿野さんの家に比べたら、今の生活は質素そのものだ。


 1LDKの部屋には、ベッドと小型テーブル、中型の冷蔵庫と調理器具と食器、少量の衣類を入れたクリアボックス、そして、新しく作った制服と教科書類くらいしかない。

 必要なものを短期間で揃えたから、まだ物は多くない。

 クリアボックスの上には、お位牌が2つ並んでいる。

 お婆ちゃんと、犬のタローのだ。


 私たちは、お位牌に手を合わせた。

 小鹿野さんのお婆ちゃんには会ったことは無いけど、小鹿野さんがこんなにいい子なんだから、絶対に愛情たっぷりに育ててくれたんだと思うし、行く末をさぞかし案じて亡くなられたんだと思う。

 タローは、いい奴だったな。小鹿野さんと歳がほぼ同じらしいから、今考えるとかなりの高齢だったはずだ。でも凄く元気だったし毛並みも良かったから、あのまま何事も無ければまだまだ長生きしてくれただろう。

 家が燃えてしまったから、お婆ちゃんもタローも写真すらない。あるのは新しく作ったお位牌と、小鹿野さんの記憶だけ。

 私はこの前までずっと、お墓や位牌なんて意味無いと思ってた。でも今は違う。亡くなった人をしのび、思いをはせ、追憶と感謝と誓いをささげるには、具体的な形となる対象の窓口が絶対に必要だ。写真など無かった時代には、その必要性は絶対だったろう。タローの写真を1枚でも撮っておけばよかったと、今は痛切に思う。小鹿野さんは写真を持っていただろうが、それも全て家屋と共に燃えてしまったのだ……。


「お煎餅とクッキーがこれくらいしか無かったけど、どうする? 買ってこようか?」

 小鹿野さんの声で我に帰る。

「あ、ありがとう、それで充分!」

「じゃあ戻りましょう。ウーロン茶はまだあったよね?」

「うん、あるある」

 私たちはお菓子を手に、101号室をあとにした。

 部屋を出る時に、背中越しにもう一度お位牌に向けて思いを伝えた。

(タロー、安心して。小鹿野さんは、これからは私が守るからね)

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