そしてささやかな日常へ
「仲介料、紹介料、経費その他諸々刺し引いて合計四十二パーセントとか、ギルドの仲介屋は皆くたばればいいと僕は思うね」
あの怪人との戦闘から約六時間、警察本部のあるラダク・モンサ地区の中では警察署と双璧を成す巨大な建物、キールトゥ魔術師ギルドの一室で、つい溜め息を漏らした。
僕の対面で机に座っている中年男、ラッセルが心底ムカつく笑顔で応える。
「そうかい? 俺達魔術師ギルドとしては当然の料金だと思うぜ? お前らみたいな社会の屑同然の連中も家で仕事を受けている内は社会地位と仕事が貰えるんだしなぁ」
「そこに保証と保険、ついでに必要経費を加えないあたりが魔術師ギルドが悪辣だって言われる所以だよね~」
天使人にとっては何も無い空中もソファの上も対して変わらないのだろう、僕の斜め後ろで、空中にくつろいだ格好で浮かびながらイリスが応える。
金の髪が軽く揺れ、その大きな丸い目はジト目になってラッセルに向けられている。
「イリス、「社会的地位」の部分に「最低の」が抜けてる事も言っておくべきだよ」
僕も追撃、連携はコンビの基本だし、大切にしておこう。
「当たり前だ、お前らみたいなすぐに死に掛けるか死んじまう連中を保険に加入させる馬鹿な保険会社がどこに居るんだよ? ついでにお前らみたいな研究者でも無い特級の金食い虫に対する経費なんか降りる訳が無ぇな」
冷たく言い放ってる様に見えても、ラッセルの視線がイリスがのびのびと伸ばした足の間、黒いストッキングから透けているであろう白いパンツに釘付けなのは、天使人に慣れて無い雄ならしょうがない事なので特に何も言わない事にする。
ま、別の事は言うけどね。
「その研究者の研究費用が僕たちの給料の四十二パーセントから賄われていると言うのが切ない限りだね」
「おいおい、研究費用だけじゃねぇぜ? 俺達のお茶代とか給料とかその他経費……そうだな、例えば三日前に買い替えた最新の魔道端末代とかにもなってるぜ?」
「ラッセル、ふと思ったんだけど君はもしかして僕の堪忍袋の尾の強度を試しているのかい? 『筋力上昇』は常時効果だから君の頭蓋くらい一撃で砕けるんだけど」
「ほほぅ……魔術師の犯罪者は刑が重くなるらしいがいいのかい? お前のその女っぽい顔だと刑務所で変態にケツ掘られながら十年ほど過ごす羽目になりそうだが……その覚悟があるならやってみな」
「君の為に十年か、吐き気がするね。所で、例の殺人事件についてはどうなるのかな?」
僕の問いかけに、イリスもこちらに頭を向けたうつぶせの体制に変わる。その眼差しは完全に目の前で動くネズミを見た猫のそれだ。
「とりあえず、ここ最近の連続殺人犯の死体は容疑者として回収してある。後の詳しいことは専門の解析士と警察で行われるだろうな。それによる結果にもよるんだが、『魔術的な身体改造を行った犯罪者の殲滅』分の金だけは先に振り込んでおくから、今日の所はゆっくりと休んで、解析結果を待ってくれ」
「まぁ、そうなるよね」
いいよ、元々期待してないし。イリスも同じ感想だったようで、体を起してすでに帰る体制だ。
「じゃあ、僕たちはもう帰るよ」
「ああ、じゃあな」
ラッセルが腕を振る。それに応えて、イリスも大きく手を振る。
「じゃねー、ラッセル」
ギルドから出るとすぐにイリスがこちらに向き直る。
「で、どうするケイ? 事務所に行く?」
「そうだね、いったん事務所に行って、何かの依頼が入って無ければ今日はもうお開きで良いだろう」
適当にしか思えない会話だが、本当に適当だからどうしようもない。休日『二人の気が合った時』という驚きの設定は社員二人の超零細事務所ならではの強みである。
電車を乗り継ぎ、事務所に向かう、雑居ビルを階層を隔てて二部屋借りた乱雑な事務所の中、自分の机の上を漁り、山積みにされた手紙の類を引っ張り出す。
「ふむ、ロクな物は無いね。どうやら着信履歴にも留守番電話にも依頼は無いし、今日の所はもうこれでいいだろう」
「あははー、時間帯的にはまだ昼前なのにねー」
イリスが笑う。
「知らないね、そんな事気にする程真人間じゃないよ」
「はいはい、あ、アタシは「サリエル」の受け取りしてからご飯食べてから帰るけどケイはどうする?」
「ん、悪いけど僕は生きたい所があるんでね、受け取りでもご飯でも一人で勝手にすると良い」
「あ、それで良いよ、むしろケイがこっちに来たいーとか言いだしたら、鬱陶しいけど一応仕事上の相棒な手前、どうやってフろうかなーって思ってた所だし」
残念、という感情はこれっぽっちも無いけれど、それでもこういう一言はイラッと来るよね? 相手がドヤ顔だと特に。
「今この場でそれを言ったら何の意味も無いって事に気付こうね。あと君は『歯に衣着せる』って言葉を覚えた方がいいよ、今後の人生の為に」
細い指を顎先に中ててイリスが一言。
「んー? ロクでも無い人生代表みたいなケイにそれ言われてもねー。
偉そうに言うんだったら真面目なサラリーマンにでも転職してみてくれないかな? 神の奇跡が現実に存在する証明になるし」
「ああ悪いね、文字通り空中に浮かぶほど頭の軽いイリスには酷な話だったかな? 早く喋る風船から知的生命体に進化できると良いね。その時は君の頭を叩き割って祝福するよ」
憎まれ口を叩きあいながら二人で事務所の外へ。全然、ちっとも、全く、泣きたくなるほど盗られる物が何も無いけれど一応事務所に鍵だけ掛け、互いに別々の場所に向かう。
完全にイリスの姿が見えなくなった所で、携帯端末を取り出す。連絡先はさっき別れたばかりのラッセルだ。
「ラッセルかい? 僕だよ、ちょっと例の事件で引っかかってる所があるんだけど、君に『個人的な調査』を依頼しても良いかい?」
電話口の向こうは一旦沈黙。すぐに少し調子を落とした声が帰ってくる。
『個人的な調査、ねぇ……』
「まだしばらく続きそうなこの事件で、一歩先んじる可能性の出る調査だと思うし、儲けになるんじゃないかな。
僕が誰よりも早く事件に決着を付けることができれば、僕達を担当している君の評価も上がるかもしれないけど?」
電話口の向こうから答えは無い。この手の儲け話は彼の大好物なので、僕は僕でこの沈黙に勝利を確信した。
『で? 何をどう調べれば良いんだ?』
「うん、そう言うと思った。優先度順に項目分けして調べてほしい事を送るから、なるべく早く頼むよ」
軽い挨拶を済ませて電話を切る。キーワードを纏めたメールを彼に送り、端末をポケットへ。
さて、と……やる終わったし、これから休暇を楽しむ事にしようかな。
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