長くて短い、戦いの終わり
――届け。
――届けっ!
――届けえっ!
伸ばした左の腕が、柔らかな掌と重なる。
そして、僕らはそのまま引き上げられた。
魔法陣の中から、アイに押し出され、イリスに導かれて。
イリスの歌声が響く。形が無い筈の僕らの体が、彼女の歌声とその場に満ちる光に包まれた瞬間に途端に形を成して行く。
右腕には、しっかり温もりと重みを感じる。あの悪魔に奪われてしまった筈のアイの肉体も、『門』である魔法陣から脱出した瞬間に、光に包まれて再生していく。
完全に体が魔法陣の向こう側から現世に復活する、何かを思う前に、イリスにタックルを食らって言葉を失った。
「戻って来たぁ! 駄目モトだったのに! 最後連れ去られるのは予定外だったのに! 戻って来たぁ! ちゃんとケイ戻って来たぁ!」
「痛いっ! 痛い痛い痛いってば! イリス!」
怪我は全部治ってる筈なので、抱きついてるイリスの方が重症なのは明白だ。なのに抱きしめられてる僕の体が痛いって、それだけ必死なんだよ、相棒。
仕方が無いので、左手で答える。後頭部を撫でようと手を伸ばして……あれ? 何故か拒否食らった。
「はぁ……もう駄目かと思ったよ……本当に心配してたんだからね?」
僕から散歩離れて、イリスが後ろで手を組んでこっちを見る。
あの悪魔の予定外の行動で心配を掛けてしまった事は確かなので、素直に謝るのが相棒と言うものだろう。
「うん、ゴメン。僕も正直向こうで暮らす事になると思った」
行き場の無くなった腕を手持無沙汰気味に動かす僕に、イリスが意地悪な笑みを向けた。
「うん、でも、帰って来たからコレでお終い。私に心配かけた奴になんて、大人しく頭撫でられてあげないよーだ」
べ、と小さく舌を出す。やれやれと小さく答えて僕が手を降ろそうとすると、ふわりと隣に飛んできた。
「全部、終わった?」
傍ら、イリスとは反対側を見る。そこには未だに自分の身に何が起こったのかを理解できていない様子のアイがいる。
「……ああ、これで全部終わった」
答えを聞いて、イリスが頷く。そのまま彼女が、頭を僕の方に向けて来た。
「何だい?」
「ふふ、ケイも頑張ったからね、御褒美に私の頭を撫でる権利をあげよう」
生意気に言ってくるイリスの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。イリスは満足げな表情のまま、撫でられるがまま……犬か猫だね、これ。明らかに天使とか人じゃないよ。
「ねぇ……ケイ、私、何で、こっちに居るの?」
傍らのアイが僕を見上げる。
「アイにはまだ、こっちの世界で見てほしいものや、聞いてほしい物があったからね、イリスに頼んでこっちの世界に戻ってきてもらったんだよ」
「イ……リス」
「そ、前にも言った天使術、『栄光と勝利は慈悲の元に(ペイ・カルフ・ケセド)』だよ。そこに居る人間をエーテルで再生させる術式……届かなかったら、どうしようかと思ったんだけど……急に、ケイが見えてさ、良かったよ」
最後までこのために残していた魔宝石を出して、イリスがアイに説明する。
思い出したら何か思う所があったのだろうか、イリスが目尻を拭い、アイが顎に指を当て、ぽつりと呟く。
「あ……それは、多分、私。ケイが戻れる様に、必死だったから」
「え! そうだったの! ありがとう! ホントありがとうね!」
言いながら、イリスがアイに抱きつく。アイが少しだけ困った表情を浮かべた。
「アイ、君と友達を引きはがした事は、怨んでくれて構わないし、何を言おうとも思わない。だけどさ……だけど、もう少しだけ、あの部屋の外の世界を知ってからでも遅くないと、僕は思うんだ。
もう少し多くを知って、いろんな人と出会って、言葉を交わして……それでも君にとって、あの悪魔が大切だったとしたら、僕はもう君を引きとめない」
僕の言葉に、アイが言葉を失う。何か喪失感でもあるのだろうか? 自分の胸に軽く手を当てて考え込んでいるようだった。
「ねぇ……ケイ」
「何だい? アイ」
アイが口を開く、自分を抱きしめるイリスに少しだけ困惑した表情を浮かべながらも、確かに小さな微笑みを、アイはその口元に浮かべていた。
「イリス、ケイがここに居て、嬉しいんだね。ケイは……こんな人がいたから、頑張れたの?」
「そうだよ」
少しだけ照れくさいけど、どう頑張っても否定使用の無い事実なので首肯する。ようやくアイから離れたイリスも何か恥ずかしそうな表情を浮かべてる。……僕の方が恥ずかしいっての。
「私にも、見つかる、かな?」
「うん、きっと見つかる。世界も運命も、そんなに残酷にも薄情にも出来ていないから、ね」
理不尽に失われてしまう命も、確かにある。
助かる事の無い命も、確かにある。
それでも、今必死で生きているその命は、少しだけ優しい誰かが救ってあげようと思った命は、きっと救われる日が来る。
全ての命が救われないなんて、世界はそんなに残酷じゃない。
そう思わないと、悲しすぎるから。
人間にはそれができると、信じていたいから。
僕に出来るのは、彼女を救ってあげられる人が、彼女が救ってあげられる人が、いつかどこかに必ず居る筈だと祈る事だけだから。せめてその祈りの初めに、力強く頷き返す。
「さぁ、じゃあ行こうか、まずはイリスを病院に連れて行かないとね」
僕の言葉にイリスが頷き、少しだけ戸惑った後、アイも続く。
こうして、僕にとっては長かったけど、世間的にはあっという間だった連続殺人事件は終りを告げた。
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