帰還《リターン》
果たされず守られた、小さな約束
僕が居たのは、ひたすら真っ白な場所だった。
周りには何も無い、ただ真っ白な空間だ。
何をしていたんだっけ?
何をしようとしていたんだっけ?
座りこんで、必死に考えてみる。
思い出せない、必死だった気はする。
ふと、自分の手を見下ろす。誰かの手を、しっかりと握っていた。
背中あわせに、指を絡めるように。
ああ、思いだした。
「半日ぶりだね、アイ」
振りかえらず、声だけで背中に声を掛ける。返事は無いけど、背後で動く気配がす
るから、やっぱり彼女はアイなんだろう。
答えは、ほんの少しだけ遅れたけど、しっかりと帰って来た。
「ケイ……また、会えたね。……私、また会えるって、思ってなかった、から」
「へぇ……こりゃまた、何で?」
目の前を見つめててもつまらないので空を見る。やっぱりつまらないけれど、振り返る事だけは止めておいた。
「ベィに……体を貸したから、ケイ、ベィとは仲が悪かったし、死んじゃうって、思
ったから」
「酷いなぁ? 負けると思ってたの、アイは」
「うん」
即答かぁ……。いやまぁ、しょうがないとは思うんだけどさ。流石にこの気まずい空気を感じてくれたのだろうか? アイが慌ててフォローする。
「だってベィ……凄い、人だし」
「僕が、君を見捨てる程弱い奴……だし?」
しまった、また最低な事を言っちゃった。口が回る方だと自分では思ってるんだけど、肝心な所で嫌な事しか言えないこの癖、いつかどうにかしたいなぁ。
「ううん、ごめんね? ケイ」
「こっちこそゴメン、イジワル言った」
素直に謝り合う。のんびりしてて良いよね、こう言う空気。
「ケイが頑張ってたのは、ベィと一緒に見てた、から。ベィとケイは絶対に仲良くできないんだな、って思って、少しだけ、悲しくなった、けど」
そうだ、僕は自分の為に、アイの友達を奪おうとした。それを否定するつもりは僕には無い。
「怒ってる?」
「うん」
「僕を、許せない?」
「………………うん」
沈黙の後に、答えが来た。
振り向いて無くて、背中合わせの状態で良かった。
解ってた筈なのに……覚悟してた筈なのに、正直、この答えは辛い。
「今は、きっと許せない。だけど……だけど、ケイが、私の事、忘れて無かったのも、私の事考えてくれてたのも、私、わかる。……見てた、から」
ぽつぽつと、アイの言葉が聞こえる。僕は答えない、答える言葉が無い。
「だから、だから大丈夫。私……いつかきっと、ケイの事、わかってあげられると、思う。今はどうしても、ケイの事、許せないけど、時間がたてば、きっと、大丈夫」
解ってあげたいと、少女が言う。
理解できないけど、いつか理解しようと、歩み寄ろうと優しい少女が言う。
ベィの奴も馬鹿だなぁ……僕なんか目じゃない、もっと優しく強い『人間』であり続ける事の出来た凄い人間がここに居るって言うのに、僕の何が愉しかったのだろうか?
「ありがとう、アイ。じゃあ、僕の事を許してあげられるって、そう思えてからでいいから、そうしたらもう一度、僕に会いに来てくれるかな? アイ」
また、短い空白。
「……ごめんね、無理、なんだ。私、ベィと、契約して、体を貸して、今は一緒だから……これからもずっと一緒で、向こうに行かないといけない、から」
だからお別れ、と悲しそうにアイが呟く。感極まってる所悪いけど、言っておかなければならない事実があるので、声をかけた。
「うん、見てたなら知ってたと思うんだけどさ、アイツ、最後の嫌がらせに僕の事も引きずりこみやがったんだよね。だからさ、僕も一緒に向こうに行くんだよ、どこでどう生きる事になるかはわかんないけど、多分死なないで生きるから、さ」
「ううん、ケイの大好きな世界は、向こう側。だから、私が向こうに、ケイを帰す。それくらいなら、できるから、その為に、たぶん私は、ここに来たんだと、思う」
繋いだ手が、一度離れた。
だけど、喪失感を感じる前に、そっと、アイが僕の肩に身を寄せる。暖かさと重みを感じた。
「だから、さよなら。このままだと、ケイはずっとずっと、悩んで、苦しんじゃうから……大丈夫、私は、きっと貴方を許せるから、いつか絶対に解ってあげられるから、信じて」
無言で彼女の手を握る。少しだけ首を捻ると、そこにアイの笑顔があった。
「ありがとう、アイ」
「あとね、ケイ。ずっとずっと、言いたいことがあったんだ、最後だから、いい?」
無言で頷く。
「私、怒って無いよ。あの時、ケイが私の手を話した事、だってケイは……最後まで、私の為に戦ってくれたって、知ってるから。
私こそ、ごめんね、ケイ。半分私が背負わなきゃいけないのに、私が、さらに、ケイにおしつけちゃった」
ああ、もう、何も言えない。
僕の沈黙をどう取ったのだろうか? アイが「ほんとう、だよ?」と、心配そうに僕の顔を覗き込む。
「大丈夫だよ、アイ」
握っている手に一層強い力を込めて、もう離れないようにする。
大丈夫、後は手さえ離さなければ。
「だけど、僕はもう離さないって決めたんだ。大丈夫、これで終わりかな、と思ってた所だけど、アイの一言で安心した、もう大丈夫だ」
最後の仕込みが、そろそろ形になる頃の筈だ。
「さぁ……行こうか」
「どこ、へ?」
「ここでお別れ、が英雄譚の主人公の決まりなのかもしれないけどさ。残念ながら、僕にそんなものは似合わないね。僕に似合うのは何時だって、アホらしくて、バカみたいで、当人ばっかり大真面目なのに、傍から見るとどこまでも意味の無い、喜劇なんだよ」
「……え?」
アイが首を傾げる。ちょうど、声が聞こえて来た。
アイが驚いた表情を浮かべ、僕を見た。
「これ……歌?」
頷いて答える。
「ああ、僕の相棒の素敵な歌声で、僕達を呼ぶ呼び声だ」
引っ張られる。最後の賭けに買った証、僕達を現世に呼ぶ声だ。
「さぁ、行くよアイ」
強く握った手に導かれて、アイもまた引っ張られる。アイが慌てた。
「え……え? だって、私は、私は、もう……」
「大丈夫、その為に僕らが頑張ったんだ。これが、僕が最初に守る約束だから、僕を信じて」
少しだけ迷って、アイが首を縦に振った。僕も頷き返す。
引っ張られる、白い世界から、狭間の世界から更に先へ、先へ……
右手は強くアイの手を握り、左の手を高く伸ばす。
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