第32話 アンドロイドは協力者と合流する

 スゥからの返答はすぐにあった。別の入り口へ向かうべく地上を移動している間に戻ってくるとは思っていなかった。

 どうやら彼女を追っていたハンターのほとんどが私のハンティングに切り替えたらしく、ネット上にデコイを播いてももう反応がない。身近に迫るハンターの気配も消えたという。

 これ以上囮デコイの出番はない。それに、ミオとの連絡が一方的とはいえ取れた以上、デコイを危険に晒し続けるのは良くない。

 彼らに撤収を伝える。


『で、どこに行けばい〜い?』


 今いる座標を彼女たちに送るとすぐに返答があった。マップに自分たちがいる位置をプロットした画像が送られてくる。

 見た限りでは、かなり近い位置にいることになる。


『地下に降りるの?』


 画像にはそうコメントがついていた。短文のメッセージを返したところでネット接続が切れる。


「ここから先は分かりますか?」


 先を歩いていたアランが振り返った。

 地下空洞の地図は探しても見つからなかったが、ミオからのメッセージについていた文字の羅列をデコードした結果、地下空洞の完全な3D地図が出てきたのだ。

 かなり広範囲に及ぶ地下空洞の地図を一体誰が作り、管理しているのだろう。


「ええ、大丈夫です。ありがとう」


 地図の上で自分がどこにいるのかをプロットする。もともとプロットされていたゴールへの道筋は複雑だが、この地図があれば問題はない。


「それでは、私はこれで」

「アラン、お二人に伝言をお願いできますか?」


 脇に避けて私を先に通し、元の道に戻ろうとしたアランに声をかける。


「ええ、何なりと」

「ハーシェル王子は存命です、と。死亡宣告は誤報です」


 アランが一瞬だけ目を見張ったのが見て取れた。すぐに表情を消して小さく頷く。


「わかりました。……喜ぶと思います」


 一礼して、アランは足早に道を登っていった。彼の足音が消えたのを確認して、私は奥へと足を踏み入れた。


◇◇◇◇


 広い場所に出たところで3D地図を確認する。目的地まではまだ長い道のりが待っている。

 やはりここも完全な電波暗室になっていた。

 地上とのネットワークなら途中に幾つかアクセスポイントを設定してやれば問題なく繋がるだろう。

 それをしていないのは、必要がないからか、電波暗室である必要があるからだ。

 地下への入り口は別段秘匿されているわけではない。

 アランに連れてきてもらったが、入るのに何らかのチェックがあったわけではないし、資格がいるわけでもない。

 場所さえ知っていれば、誰でも入れるのだ。

 だが、誰も興味を示さない。

 不自然だ。

 ここが誰かの所有物であるのならば、理解できるのだが。

 いや、それでも子供たちの遊び場になったりするものだろう。

 住民たちが近寄らない理由があるのだ。

 と、空洞に足音が響いた。ちらちらと眩しいほどの光が目を焼き、暗視モードから切り替えてペンライトを点ける。


「お、発見。おーい」


 ナッチの声だ。二つ目の足音はスゥだろう。ペンライトを向けると、大きなベレー帽を被ったスゥが疲れ切った顔で立っていた。


「お疲れさまです」

「ああ、疲れたぁ。ちょっと、座ってもい〜い?」


 そういいながらスゥはその場にへたり込んだ。帽子を取ると、あのふわふわなピンクの髪が広がる。


「ああ、ずいぶん歩いたからな。俺もちょっと休憩。ジャン、あんたもお疲れ。なんか大変だったみたいだな」


 スゥの横に座り込んだナッチは、そう言うと私のほうを見上げてきた。


「ええ、ちょっと街を出るのに手こずりました。地下水路を辿って街の外まで出られたので助かりました」

「それにしても地下水路使うとか、よく思いついたよな。地元民でもなきゃ思いつかない手だ。誰かにガイドしてもらった?」


 ナッチの言葉に私は素直にうなずいた。


「ええ、実は。おかげでこの地下空洞についても教えてもらえました」

「なるほど。その顔のおかげ?」

「ちょっと、ナッチ」


 窘めるようにスゥが口を挟む。私は苦笑しながらうなずいた。


「ええ、おかげさまで」

「あんたを探してる奴らって、何モンなんだろな」

「あまり会いたくない相手なのは確かでしょうね。これほどの騒動になるとは思っていませんでしたが……それほど思い入れのある顔なんでしょうか? この星の方にとっては」

「さぁな。俺にゃ縁のない顔だけど」


 ナッチはそう言いながら大きく伸びをする。スゥをちらりと見ると、苦笑を浮かべて私を見ていた。

 なるほど、ナッチは本当に興味がないことは覚えないのだ。

 二年前の内乱で悪い意味で有名になったはずの顔なのだが、金にならなければ覚える価値もないということなのかもしれない。

 これが、ああいう形の出会いでなく、縁のない状態であれば、まず間違いなく即捕縛されていただろう。

 そういう意味では、私の賞金首情報がミオと同時に出なかったことは幸いだったのかもしれない。


「それにしても、本当にネット繋がらないのねえ」


 落ち着いたのだろう、スゥは携帯端末を広げて何やら試みているようだ。


「完全な電波暗室のようです。かなり深い位置にいるようですね」


 私は3D地図で深度を確認する。地下三十メートルは降りている。中継器の一つも置いていない状態では、地上の電波は届かない。


「そういえばスゥ、私の賞金首情報が上がった時刻を知ることはできますか?」

「ええ、そりゃ公開日時を見れば分かると思うけどぉ……ここじゃ無理ねぇ」


 苦笑するスゥに、私も苦笑を浮かべた。


「そうですね。失礼しました」

「ネットにつながったら調べとくわねぇ」

「ええ、助かります。それと、ブラックネットの運営元というのはどこになるのでしょう」

「あれはホウヅカの警察って噂があるよぉ」

「えっ、マジか? じゃああのミオって女とジャンにかかってる懸賞金って……」


 ナッチの驚いた声に、スゥは笑いながら手を振った。


「ないない。運営母体ってだけで、賞金かけたのは別人だと思うよぉ?」

「スゥ、なぜそれがわかるのですか?」


 私が問うと、スゥは携帯端末をひっくり返しながらちょっと唇を尖らせた。


「あたしの手札ばっかり切らせるのって、ないと思うのぉ」

「手札、ですか。しかし、私には特に出せるカードはありません」

「じゃあ聞くけどぉ、あたしたちにショートメッセージ寄越したあと、ここまで迷わずに来れた理由を教えてくれないかなぁ?」


 スゥは口角を上げて私を見上げた。獲物を見る猛獣の目だ。


「ここの地下ってぇ、毛細血管みたいに路地が入り組んでてねぇ。初めて入った人は必ずと言っていいほど迷うんだけどぉ。あたしたちより先に着いてたよねぇ?」


 スゥの言葉を信じるならば、彼女たちはここに入るのは初めてではないということだ。

 地下水路に入らないわけではない、ということだろうか。

 ミオから来たメッセージについてきたマップのことを伝えるべきだろうか。


「オーナーであるミオからメッセージが届きました」

「お、オーナーさん無事だったか?」


 ナッチはガバッと体を起こした。私は苦笑しながらうなずいた。ナッチにとってミオは金づるであり、それ以上ではないのだ。


「ええ、おかげさまで。どなたかに匿われているようです。それで、届いたメッセージにこの地下空洞の地図がついていました」

「ええっ!」


 スゥは目を丸くして立ち上がると私の両手を握りしめた。


「お願いっ、その地図譲ってっ! 今回の仕事の報酬、それでいいわっ」

「お、おい。スゥ? そんなの金になんか――」

「ナッチは黙っててっ」


 口を挟みかけるナッチを一喝して、スゥはぐいぐい押してくる。いつもの甘ったるいイントネーションも忘れて。ああ、私の賞金首情報を知らせてくれた時もそうだった。

 本当の彼女はこちらなのだろう。


「それは構いませんが……かなり複雑に暗号化されていますのでデコーダーがないと復元できないと思います」

「それくらいなら自分でできるから大丈夫。お願い、あたしたちの持ってる地図は自分でマッピングしたもので、一部分しかないの。地下空洞の全容が分かれば、いろいろと利用もできるだろうし。いいでしょう?」


 眉根を寄せてスゥを見下ろす。この地図はミオから託されたものだ。一応ミオから了解を得てからにしたい。


「オーナーに確認してからで構わなければ、お譲りします」

「ええ、ええ、それでいいわ。仕事が終わってからでも構わないから、お願いね?」

「分かりました」


 うふふ、といつもの笑みに戻って、スゥは元のように腰を下ろした。ナッチがげんなりした顔でスゥを見る。


「うへぇ……久々に見たな、スゥの本気モード」

「えぇ〜? ナッチには時々見せてるでしょぉ?」

「まあ、な。ま、いっか。スゥが納得してんなら、構わねえか。そんなデータ、何の役に立つんだか」

「ナッチにはわかんないわよぉ。地下空洞の全体図ってだけで、目の飛び出るような値段がつくわよぉ?」

「へ〜え、どれくらい?」

「そぉねえ、船が買えるくらい?」

「……マジでか?」


 顎が落ちそうなくらいに大口を開けてナッチが呻く。


「びっくりでしょぉ?」

「びっくりどころか……もらいすぎじゃねーか」

「うふふ。オークションにかけたらたぶん、その十倍は行くんじゃないかなぁって。楽しみよねぇ」

「……俺は薄ら寒いけどな。ま、いいや。お前が納得してんなら俺は何も言わねえよ」

「うふうふ、ありがとぉ。ところで、あたしたちをここまで誘導したってことはぁ、オーナーさんの居場所はわかったってことよねぇ?」


 スゥはくるりと私の方を向くと話を続けた。


「ええ、そうです。ただ……ミオからのメッセージには、降下挺を地下空洞に持ってくるようにとありまして。船で地下空洞に直接入れるような場所があればいいのですが、ご存知ありませんか?」

「船って……あの船、だよねぇ」

「はい」


 スゥはうーん、と唸って黙り込んだ。

 やはり、降下挺が入れるほどの入り口はないのだろうか。


「そういえば、首都をまっすぐ南に下ったあたりにさぁ、クレバスなかったっけか」

「あるけど……あそこ、どっかにつながってるの?」

「前にそんなことを聞いたことがあるけど」


 ナッチの言葉に、3D地図をぐるりと回してみる。その上に地上のデータを重ねて見ると、確かに南の方のクレバスのあたりまで地下空洞は広がっているようだ。


「試して見ましょうか。このクレバスの幅なら、シュガーポットでも降りられそうです」

「シュガーポット?」

「ええ、あの船の名前です。大きな損傷はありませんでしたから、飛ぶのには問題はないはずです」

「え……あそこまで戻るのぉ? もー歩くのいやぁ」

「俺も……。それに、ここまで来てまたあそこに戻るのは結構危険だと思うぞ?」

「しかし」

「それに、オーナーさんとやらと船と、どっちが近い? たぶんオーナーのほうが近いだろう。合流してから船に戻る、でも構わないんじゃないのか?」

「いえ、ミオからの指示ですので」

「……まあ確かにさ、船で乗り付けたほうが脱出も楽だろうとは思うけど。船までどうやって戻るんだよ」

「しかし」

「合理的に考えたほうがいいんじゃないかなぁ。確かにオーナーさんの命令は絶対かもしれないけどぉ」


 スゥがちらりと私の方を見る。

 彼女のいうことも一理ある。ここから地上に戻って、さらに船まで戻るとしたら、時間がかかりすぎる上に目撃される可能性が高い。せっかくここまで逃げてきた意味がなくなる。


「あの船でなくていいんなら、借りられるあてはあるけど」

「ナッチ?」


 あくびを噛み殺しながら、ナッチは私を見上げる。


「とりあえず――話は一寝入りしてからでいいか? さすがに昨夜から起きっぱなしで限界……」

「ナッチってば……」


 ぐらりと揺れたナッチの体を自分の膝の上に引っ張ると、スゥは鞄からエマージェンシーブランケットを取り出してナッチに掛け、自分でもしっかり羽織った。


「ジャン、あなたは?」

「いえ、お気遣いなく。――すみません、私の都合で無理をさせてしまっていますね」

「まあ、襲撃したのが遅い時間だったものねぇ。でもなかなか面白いからいいのよぉ。ところで、さっき言ってた地図だけどぉ、その地図に大きな出入り口の情報はないのぉ?」

「今調べています」


 3D地図をくまなくチェックする。確かに南の方角に伸びたエリアの先は大きく切り立っていて、そちらからなら小型船なら出入りができそうだ。

 近くの地形データも欲しいところだが、ローカルデータにはない。


「確かに小型船の出入りできそうな箇所はありますね。周辺のデータがないのではっきりしたことは言えませんが」

「周辺データ要るぅ?」


 スゥはそう言うといつも使っている携帯端末を開いてニッコリ微笑んだ。


「この地域の地形データなら、ローカルストレージに持ってるのよねぇ」

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