第33話 アンドロイドは地図を読む
彼女の端末をわたしの外部ポートに有線で繋ぐには、オーナーであるミオの許可がいる。
外見的な面からもセキュリティの面からも、外部から接続できるポートは隠蔽されている。簡単に外部端末を有線で繋がれてしまっては、ハッキングの危険性が増すからだ。
故に、高性能アンドロイドの外部ポートは、メンテナンスの時以外では露出されない。
差し出された接続用ケーブルを、わたしは押し戻した。
「申し訳ありません、有線での接続は不可能です」
「でもぉ、それじゃあデータの受け渡しは無理よぉ? こんな巨大なデータ、無線でなんて何時間かかるかわからないしぃ、アクセスポイントもないしぃ」
「直接無線通信ならできます」
「……あなたってほんと、規格外よねぇ」
スゥは呆れたようにため息をつく。
「わたしは電子機器の塊ですから」
「そりゃそうでしょうけど……」
もちろん、個体としてのわたしのボディはシールドされ、カムフラージュされているから電波・電磁波を垂れ流すことはないが、必要ならわたし自身が非接続ICタグのリーダーになれる。
そもそも操船ネットワークへの接続は指先の非接続ポートだ。
スゥはもうひとつため息をつくと、端末に鞄から取り出した掌大のデバイスを接続した。
「こんなの使うこと滅多にないから、規格が違うかもしれないわよぉ?」
はい、と差し出したそのデバイスにわたしは右手を乗せる。リーダーの電波を受けると、確かに古い通信規格だ。
「大丈夫です。接続しました」
「さすがね。じゃ、データ送るわね」
時間の余裕があればファームのアップデートをするところだが、今は時間が惜しい。
数分かけて受け取ったデータは膨大だった。
「ありがとうございます。助かります」
わたしは礼を言いながらデータの解析と構築を始めた。
視野内に地図を展開し、わたしが地下に降りた地点を基準にしてミオから受け取った3D地図と重ねる。さらに、シュガーポットの墜落位置もプロットする。
「お役に立てそう?」
「ええ、もちろんです。かなり深い位置まで潜っているのですね」
「そうでしょうねぇ、下りの階段しかなかったし」
この道を下っていけば、いずれ地底湖にたどり着く。地図の縮尺が間違っていないならば、地底湖から外に流れ落ちる滝の開口部はシュガーポットが入れるほど広い。そこから遡れば、地底湖まで船を運ぶことはできるだろう。地底湖までのルートも十分な広さがあるのが確認できた。
ミオの示したゴール地点は現在地から地底湖に向かって降りていく途中にあった。
問題は、現在地から地上に戻るよりもゴール地点のほうが近いことだ。
ナッチの提案してくれたように、船を借りて外から戻る方が、その後の行動を考えても確実だ。
「で、どーぉ?」
「おっしゃるとおり、南のクレバス部分に滝の開口部があります。そこからたどれば地底湖まで船を持って来られるでしょう」
「そう、じゃあその方針でいいわねぇ。船の手配はナッチにおまかせでぇ。オートナビとレコーダーのついてない船がいいかなぁ」
「それはなぜです?」
スゥは唇を尖らせた。ピンク色の唇がつややかに光っている。
「だってぇ、ここの情報はお宝だもの。レコーダーやナビのついてる船だと航跡が
うふふ、と笑い、彼女は続けた。
「ほら、ナッチが言ってたでしょぉ? 報酬は金でなくていいんだってぇ。地図もそうだけどぉ、ここの情報自体が十分な価値を持つものだからぁ。情報は秘匿することで価値が上がるから、手がかりのかけらも残さないようにしないとね?」
「なるほど」
「じゃぁそういう手順でぇ。あたしたちはそのままオーナーさんのいる場所に行く、でいい?」
「そうですね……ナッチが戻って合流してからのほうがよいのかもしれませんが、あまり時間を無駄にしたくありません。先にミオと合流してから地底湖に降りた方がいいでしょう」
「分かった。……ナッチ、それでいーい?」
膝の上に抱えたままだったナッチの頭をスゥは撫でた。
「分かったからあと十分寝かせて……」
むにゃむにゃと半分寝言のようにつぶやき、ナッチは再び眠りにつく。スゥは苦笑を浮かべた。その顔も疲労の色が濃い。
「スゥ、あなたも少し休んでください。二時間後にお起こししますから」
「そう? じゃあ、少しだけ」
にっこり微笑むとスゥは目を閉じ、すぐに小さく寝息を立てた。
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