第九章 地下空洞

第34話 ミオはセーフハウスに行く

 通信を送ってからすぐ、あたしたちは拠点にしていた湖畔のボート小屋を引き払った。といっても、持ってきた荷物をまとめて、水と食料を少し詰め込んで、人のいた形跡を消しただけだけど。

 どうもこの二人、慣れてるのよねえ。あっという間に隠し部屋を隠蔽して出てきた。

 それから靴あと。濡れたあしあととかは乾いてたけど、それもカムフラージュしないとすぐバレからと何か工作をしていた。


「本当は木っ端微塵に吹き飛ばすといいんだけど、こんな閉鎖空間でそれやると自分の首締めるし、爆破したってことは人がいたって裏付けになっちゃうからね」


 こともなげにさらりと言って微笑むハル、一体あんたはナニモノだ。


「こっちだ」


 前を行くダイが先の四辻を右に曲がる。


「え? ここ左から来たんじゃなかった?」

「同じ道は二度通らないのがセオリーだ。多少遠回りだが」


 そこまで言ってダイは足を止め、言葉を切った。


「どうした?」

「侵入者だ」

「え?」


 どういうこと? さっき出てきた小屋にもう誰かが来たの?

 首を傾げてハルを振り返ると、彼は首を横に振った。


「地下空洞に入った者がいるってこと。一応セキュリティのためにあちこちセンサーつけてあるからね」

「……公共の場所に勝手にそんなものつけていいわけ?」

「公共の場所ではないよ。少なくとも、地下に関しての所有権は誰も持っていない」

「誰も持ってないからって……」

「山でキャンプをするときに熊よけの鳴子を仕掛けるだろ? それと一緒だよ」


 なおもにこにこと言葉を綴ろうとするハルに、あたしはため息をついた。


「あれ? じゃあこの地下空洞内にネットワークがあるの?」

「え?」


 ダイは振り向いてハルを眇めた目で睨んだ。


「ハル」

「……ごめん、失言。君、思ったより頭いいんだね。ミオ」

「ちょっと、どういう意味?」

「いや、さすがは若くして便利屋を切り盛りしてるだけあるなって思っただけだよ」

「ふぅん、つまり一般規格でないネットワークってことか。外部とコネクトしてないんだ?」

「……企業秘密だ。行くぞ」


 ダイが歩き始める。ハルに押される形で、あたしもしぶしぶ足を動かした。

 それにしても、一体ナニモノだこの二人。

 地下に広がってるこの空洞は巨大で、市の下だけでなく市の外側にも大きく広がっていると言っていた。

 その入り口全てにセンサーつけてて、人の出入りがもれなく筒抜けで、しかも既存の規格と違うネットワークを構築できる。

 この地下空洞、端から端まで一体何キロあるかわからないのに、ネットワーク? しかも無線?


「この調子なら出入り口に防犯カメラ置いてそうね」


 二人は答えない。でもきっと誰が入ってきたかはダイは知っているのだろう。


「まあ、通信受け取った場所によるわよね。この洞窟への入り口ってあちこちにあるの?」

「え? ああ、蓋してないところもいっぱいあるから、入り放題だよ?」

「じゃあ、通信受け取った場所によるかな。顔が見られるならジャンかどうか分かると思うんだけど」

「……確認済みだ」


 煩い、と背中で語りつつダイが口を挟んだ。やっぱり防犯カメラはあるみたいだ。ハルが後ろからダイの手元を覗き込んだ。


「あれ、これ」

「……おまけがくっついてるのが気に入らない。……現地スタッフ雇ったみたいだな」

「現地スタッフ?」


 ということは、ジャンは一人じゃないわけね。地上に降りてきた時に絡まれでもしたのかしら。

 まあ、不慣れな土地では現地住民に頼れ、というのは便利屋としても鉄則だ。ジャンに教えたこともあるから、きちんと守っているということか。

 でも、ジャンには何もない。交渉できるような材料が何もないのだ。金銭はクルーと言ってもアンドロイドに払う必要はないし、彼自身があたしの所有物だ。あるとすれば、降下挺か、あたしと合流した時に支払うという約束をしたかのどちらか。

 降下挺を売り払ったら帰れなくなっちゃうんだから、それはないわよね。

 となると、あたしが払うわけか。

 それはそれで不満だ。まあ、あたしが行方不明になってなきゃ問題なかったわけで、救出に来てくれているジャンを詰るわけにはいかないけど。

 知らないところで取り交わされた契約に基づいてあたしが何かを払うのって、なんか釈然としないわ。


「ミオ? 聞いてる?」


 ぽんと肩を叩かれて、あたしはびっくりして顔を上げた。


「え? 何? ごめん。考え事してて聞いてなかった」

「ここから先はダイについて行って。僕は少し寄るところがあるから」

「え?」


 そういうとさっとどこかに行ってしまった。

 こんな地底のうねうねした道でどこに寄り道するというのだろう。地図がなかったら絶対迷う。

 ジャンにはダイが誘導してくれていると思うから、迷いはしないんだろうけど。

 そういえば、あのメッセージ、ちゃんと読み解いてくれたかしら。

 前を行くダイは一応ちらちらこっちを見ているところから、迷子にならないように気を配ってくれているだろうとは分かる。


「ねえ、こんなうねうね道で、よく迷わないわね。ジャンはちゃんとここまでたどり着けるんでしょうね?」

「ジャンとやらがお前の言うように高機能アンドロイドなら心配は要らない。3D空間把握能力は人間より優れているからな。それより、あのメッセージでよかったのか?」

「え? ええ。あれでちゃんとわかってくれると思うわよ?」


 すると、ダイは眉根を寄せてあたしの方を見た。


「あんた、わかってるのか?」

「なにが?」

「ジャンとやらは人間じゃない。キーワードから連想する機能はないだろう?」

「……今度ジャンと喋ってみるといいわ」


 それだけ言うとダイを追い越した。

 あれがただのアンドロイドだと思えない。

 それほどに高機能なのだ。なるほど、影武者として望まれるわけだ。あれならば、記憶と知識がきちんと刷り込まれていれば、間違えても仕方がない。

 あれが人間でないことを時々忘れる。

 連想機能どころではない。どれほどの高速演算が実行されているのかわからない。

 あたしはそっち方面には疎いけど。

 教えたことを組み合わせて教えていないことをやり遂げる。

 こんなの、人間とかわらないじゃない?

 しかも、教えたことは忘れない、

 だから、名前をつけないことにした。

 人間じゃないから。そのことを忘れないように。


「そっちじゃない。こっちだ」


 三叉路を右に曲がりかけてダイに引き戻される。

 そこから、家らしきものにたどり着くまで、あたしは黙々と足を動かした。

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