第31話 アンドロイドはオーナーからの通信を受け取る

 戻る。

 それは選択肢になかった。

 だが、船を襲撃してまでも私の身柄を抑えようとした将軍一派は撃退してしまったし、私が人間でないことも己から伝えてしまった。

 もちろん、信じる信じないは相手次第だが、慎重な対応をする可能性は高い。私から接触する術を持たない以上、相手が動くのを待つ以外ない。

 ならば、こうやって逃げ続けるのではなく、むしろ出ていって捕まるほうがよいのではないか。

 誰かに褒賞が入るとしても、私を探している者の懐には入れる。

 それで騒動が収まるならば、だ。

 だがそれがあの将軍でなくオメガの元なのならば、その選択はできない。

 今の私にはミオを守る義務がある。


「どうかしましたか?」

「いえ。……急ぎましょうか。通信が入っているかもしれませんし」

「はい」


 前を行くアランの後ろを見失わないようについて歩く。思ったよりも地下道は複雑に絡み合っているようで、似たような道をぐねぐねと何度も通るうちに方向感覚を失ってしまっていた。

 いつもならネットワーク経由で自分の位置把握ができるのだが、ここはそういう意味では完全な電波暗室だ。電波ノイズも何もない。

 そういえば先程から徐々にではあるが道が上り坂になってきている。記録レコードにあるホウヅカの首都周辺の地理と照らし合わせると、喫茶店の地下は実際の地表面からはかなり深い場所にあったことが分かる。そこから辿ってきた道筋をプロットすれば、あと数十メートルで地表だろう。


「もうじき外に出られます」

「分かりました」


 アランが声をかけた直後ぐらいから、ネットワークの無線ノイズが飛び込んできた。かろうじて接続できる強度まで達したところでホウヅカのローカルネットワークに潜り込む。

 途端にアラートが上がって、私は立ち止まった。

 船から転送されてきたデータは暗号化され、圧縮されていて、流石に解読に時間が掛かる。といっても数秒程度のものだが。


「どうしました?」

「通信が入っています。……アラン」


 デコードできたのは音声ファイルだった。トトツーツーと鳴るモールス信号を再生させながら、私はアランに声をかけた。


「なんでしょう?」

「お尋ねしたいのですが、首都の地下には空洞があるのですか?」

「空洞? ……ああ、ミツルギの空洞ですね。この辺りは地下水が豊富で、首都で使う水を組み上げた結果、地下に巨大な空洞ができたという話です。あなたを助けるときに使ったのも、祖父母の店に通じているのも地下水が通っていた道の名残なんです」

「ああ、なるほど。そこに行けますか?」


 途端にアランは顔をしかめた。まだ洞窟内で暗いとはいえ、暗視モードに切り替えているから見落としはしない。


「行けなくはないですが……今通ってきた地下道からは無理です。ミツルギの空洞に繋がる道は市街地には出入り口がないので、外に一度出て、別の入り口から入らなければなりません」

「地下のデータがあれば一人で行けますが、どこかにそういう情報はありませんか?」


 そう問いかけながら、自分でもネットワークに潜って地下洞窟の地図データを探す。


「いえ、確か王都の建設の際に蓋をしてしまったところが多く、残っている情報も古いですね。入り口だけは常にチェックされているんですが」

「そうですか。……では、自力で潜ってみます。地下にいれば無辜の市民に追いかけられる機会は減りますし、私としても騒動を大きくしたくはありませんので」

「そうですか。……では、これを」


 アランはそう言うと手に持っていた銀のペンライトを差し出した。この闇の中ではこの小さな光だけを頼りに歩いてきたようなものだ。私は暗視モードで見ていたが、アランが小さな光のせいで道を間違えるということは一切なかった。


「それではあなたが困るでしょう? アラン。私は暗視モードに切り替えられますから、暗闇の中でも動くのには困らないので」

「いえ、それ以外にもいろいろ便利なツールをまとめてあります。お持ちください」


 差し出されたペンライトを受け取り、頭を下げる。アランはほんの少し微笑んだ。


「では、別の入り口までご案内します」

「助かります」


 再び背を向けたアランの後ろを歩きながら、先ほど受け取った音声ファイルを再生する。

 モールス信号、と言うには弱々しいほどの信号だ。搬送波だけでオンオフを切り替える、最も単純な送信方法で、知らなければ単なる電波ノイズか空耳と聞き間違える。

 それにしても、こんな通信方法をゼン老師ならともかくミオが知っているとは思えない。誰か、通信に詳しい者がそばに協力者としているのだろう。

 一人で隠れているわけでないのなら少しは安心できる。一人でいるよりは生存確率は確実に上がるからだ。しかも、地元の地理に詳しく、通信の技術を持つ人物ならさらに確率は上がる。

 さすがはミオだ。強運の持ち主だと以前、サンドマンのシドが語っていたが、逆境の時には何故か様々な協力者が現れてミオをサポートするのだ。

 シド曰く、私も彼自身も、そのサポート役なのだという。

 信号に隠されたメッセージを読み解いて私は口元を緩めた。


『勝手に降りて来んなバカ。地下湖で泳いでるから砂糖水持って来い』


 ミオらしい。通信士にこれだけ渡しても、何のことかわからないだろう。

 地下湖にいるからシュガーポットで迎えに来いと言うのだ。しかも私がシュガーポットで地上に降りていることもちゃんと認識している。

 あとの文字の羅列はミオが待つポイントまでの座標が隠されている。それが分かれば行く場所は分かったも同然だ。

 問題は、シュガーポットを回収に行くことと、地下湖への入り口がわからないことだ。

 アランが知っているのは人が通れる道だろう。

 シュガーポットは小さいとはいえ降下挺だ。それなりのサイズはあるし、あまり低空での飛行はできない。

 やはり、ミオと合流してから船に向かうのが順当だろう。

 それに、ナッチとスゥを放置するわけには行かない。

 ネットワークを手繰り寄せると二人にメッセージを送るべく、文章をねり始めた。

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