第29話 アンドロイドは老夫婦と再会する

「なぜ、私を」


 現れた二人は、やはりあの喫茶店の老夫婦だった。別れた時と変わらぬ姿で、エプロンもきちんとつけている。

 体の前で両手を組んだ老紳士は、深々と頭を下げた。


「不躾なわしらをどうかお許しください」


 私を誰だと問い質さない。ということは、彼らは私が誰かを知っているのだ。

 老夫婦の孫と名乗った青年は、私を王子と呼んだ。

 それが答えだ。


「いえ、助かりました」


 私も頭を下げる。

 この二人は私ではなくオリジナルを助けようとしたのだろう。あの賞金首情報を見て。


「しかし、なぜ私を助けてくださったのです?  私はーー」


 続く言葉を口にしようとしたが、老紳士は片手を上げて制止してきた。


「あなたさまはほんとうに彼の方にそっくりです」


 その一言で理解した。

 この老夫婦は、最初から気がついていたのだ。私が廃嫡王子であって、そうでないことを。

 ホウヅカ最後の王の話をしたのは、私の反応を確認するためだったのだろう。

 なれば、何故と聞いたのは野暮だ。

 後ろに控える老婦人と、赤いセーターの青年を視線を移す。

 老婦人は柔らかく微笑みをたたえ、青年は油断なく周囲に目を配っている。

 あの包囲網の中、どこに私がいるのかをピンポイントで捕捉して姿を現した青年。

 あれは彼個人の能力や手際に寄るものではないだろう。背後に何らかの組織がある可能性は高い。

 警察機構は全く機能していないとゼン老師から聞いていたし、実感としてもそのように認識していたが、それ以外の組織の方はそうでもないのかもしれない。

 二年前の内乱を抑えたのは軍だと言う話だった。位置情報システムもネットワークも、根幹部分は軍が握っているのではないか。

 そう仮定すると、いろいろと筋道が見えてくる。

 将軍がどこかの金持ちの私軍であるのは間違いない。となると、彼らと対立していると見られるオメガは軍関係者なのではないか。

 内乱の後、どこかに幽閉されたハーシェル王子を、彼らは探しているのではないか。

 老夫婦があの位置に店を構えているのも、おそらくはそのためなのだろう。情報が集まるのを待ち続けていたのではなかろうか。

 宙港の情報から私を見つけ、行動に出たのは将軍が先だったのは間違いない。その後、私を奪還したオメガは、私を餌にしてオリジナルを釣り出そうとしているのではないだろうか。将軍の主人である人物の元から逃げ出した本物のハーシェル王子を。


「あなた方は、彼の協力者なのですね?」


 二人は微笑んだまま、何も答えない。

 そうだとしたら、私が目の前に出現したことをオメガに伝えたに違いない。

 いつから私は監視されていたのだろう。

 船で降りてきたところから?

 街に入ってから?

 それとも……船にいた時から?

 その可能性に気がついて、私は自分の体を改めた。

 ミオがいつも準備してくれる私の服は、白いスラックスと襟まで詰まった上衣だ。将軍に拘束された時から着替えてはいない。

 もし何か細工をされているとしたら、服か靴だろうか。だが、スゥたちと船を出るときに着替えていた可能性はある。

 となると、私のシステムセルフチェックに引っかからない、着脱が安易でない何かだ。

 だが、そんなに至近距離で電波を発信しているものがあったのなら、気がつくはずだ。

 そこまで考えて一つだけ例外に気がついた。

 身に帯びているもので電波を発信していてもおかしくないもの――ユニオンから発行されたピアスだ。

 ミオの船に乗り込むこととなり、ミオはクルーとして私の登録をしようとした。

 だが、操船アンドロイドでないアンドロイドは運び屋の補助クルーとしては認められないというルールを曲げることはできず、船の備品扱いで搭乗している。

 その際、所有者をはっきりさせるためにミオのピアスの片方を身につけるようにと言われ、以来外したことがない。

 左の耳朶からピアスを外す。掌に転がしたターコイズのカボッションカットのピアスは、色も重さも質感も、普段身につけていたものとはまるで違ったイミテーションだった。

 すり替えられたのは、私の記録レコードが消えた六時間三十六分の間以外には考えられない。

 青年をちらりと見ると、私の手の中のそれをじっと見つめている。


「どうかなさいましたか?」

「いえ、何も」


 老紳士の声に外したピアスをポケットに仕舞い、顔を上げる。


「このまま地下通路をお進みください。街の外に出られるルートがいくつかあります」

「ありがとうございます」

「アランが道案内しますので」


 赤いセーターの青年がアランなのだろう。青年をちらりと見ると、神妙な顔で頷く。


「分かりました。その前に一度ネットワークに繋ぎたいのですが」

「申し訳ありません、あまり時間がないのです。地下通路を使ったと気づかれれば、出口に先回りされてしまいますから」


 アランの口調から、少し焦りを感じる。もともとここでこんなに時間を食う予定ではなかったのだろう。

 街の外に出ればネットワークには繋げられるだろう。すぐスゥたちに連絡が取れるように用意をしておくしかない。それに、ミオやゼン老師からの連絡も入っているかも知れない。


「お気をつけくだされ。あの賞金首情報のせいで皆、気が立っておりますから」

「わかりました。では参ります。ありがとう」


 店を出た時と同じように老紳士に手を差し出すと、老紳士は両手でしっかりと私の手を握った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る