第26話 ミオは二年前の話を聞かされる
「この星の歴史は知ってるかい? ミオ」
「六十年前まで王政だったことと、二年前に内乱が起こったことぐらいは知ってるわ」
渡されたマグカップを両手で包み込みながら、あたしは答える。
星に降りる前に一応調べておいてよかった。
「そう。友好的な政権移譲だったから、王族は、当時の王の直系を除いて一定の資産を認められた上でただの国民になった。直系の一族だけは、象徴という意味合いも強いし、国民からも愛されてたから、いまだにカリスマ的な存在なんだよね」
「ふぅん……そういうものなのねぇ」
そう答えると、ハルは苦笑を浮かべた。
「まあ、星外の人にはわからない感覚かもしれないね。別に僕らは王家に忠誠を誓っているわけでも何でもないんだけどね、王家の人々に対する尊敬の念を親や祖父母から刷り込まれてるっていうのかな」
確かに、そういう感情は分からない。
無条件で何かを敬うっていうのはどんな感じなのだろう。宗教にしろ何にしろ、あたしには縁のないものなんだよね。
「もちろんそういう感情を利用しようとする輩もいてね。だから警備の都合上、王城の側に住んでいる。それでも、二年前の内乱は起こっちゃったんだよね」
「首謀者って言われてるホーデン公ってのは何者なの? それに擁立された王族って」
ハルは手をあげて言葉を継ごうとしたあたしを制する。
「順を追って話すから。六十年前、王政をやめた時の王様――フィラード様が三年前に亡くなられた。王家の次期当主はまだ指名されてなくてね。別に誰がなったって構わないんだ。王といっても名ばかりで、観光資源の一つでしかない。何らかの特権や決済権があるわけじゃない。面倒な仕事を担うことになるだけだから、次期当主をめぐる争いなんてものも起こらなかった。ただ粛々と、長男があとを継ぐ。それだけのはずだったんだ」
コーヒーで唇を湿らせて、ハルは続けた。
「ホーデン公は、フィラード様の年の離れた弟に当たる人でね、フィラード様が政権を移譲したことをずっと根に持っていた。そのせいで自分たち傍系は王族でなくなり、資産を没収され、ただの一国民になったわけだからな。相当恨んでたんだろうな。自分であれば、そんなことはさせなかったとか何とか主張してた。だから、フィラード様が亡くなって、次期当主が決まる前にことを起こしたんだろう」
「ちょっと待って。その時点で、ホーデン公っていうのは貴族なわけ? 公とか付いてるところをみると」
ハルは首を横に振った。
「いや、尊称の一種だ。ホーデン公自体は直系ではないから一国民だ。いかに主張したところで、王家の次期当主になることはできない。だから、王になれる人物を祭り上げた」
「それが擁立された王族ってやつね」
あたしが口を挟むと、ハルもうなずいた。
「当時、フィラード様には三人の息子と六人の孫がいた。そのうちの一人が――ホーデン公の誘いに乗ったんだ」
「フィラード様って、亡くなられた時には何歳だったの?」
「確か七十五とかじゃなかったかな。ホーデン公は当時六十一」
「はー、元気ねえ。その年から王政復古させて政治に関わろうとしたわけ? その王族ってのもあれでしょ? ただの傀儡にするつもりだったんでしょ? なんでそんなのに乗ったのよ」
普通に考えれば自分が傀儡にされるのなんてわかりきってるはず。なのにそんな危険な賭けにでる?
しかしハルは首を横に振った。
「いまだにわかっていない。何であいつがそんなことになったのか」
「そいつのこと、ハルは知ってるんだ」
途端にハルは意味有りげに笑った。
「ミオがあの指名手配の男を知ってるのと同じくらいには」
ちぇっ。誘いには乗らないか。
「……続けて」
「当時擁立された王族については公開されてないのは知ってるよな」
「ええ」
「そいつは王族から抹消され、一切の痕跡が消された」
「……え」
あたしは目を見張った。それが、迂闊な選択をした王族の支払った代償?
「最初からいなかったことにされたんだ。本人はどこかで幽閉されてる……はずだった」
「はず?」
さっきからどうも言葉の切れが悪い。言いにくいことを口にしているからか、言えないことがあるからか。
ハルは苦しげにため息をつき、うなだれた。
「先刻、彼の死亡通知が検知された」
「どういうこと?」
「あんたの治療にも使ったけど、医療キットには死亡時にバイオコードやDNA判定で個人を特定して死亡通知を関係者に送信する機能がある」
ダイが口を挟んだ。
「ええ、知ってるわ。じゃあ……」
「そうだ。……あいつの死亡通知が流れたんだ」
「なにそれ……なのにあの賞金首情報が出てるわけ?」
「そう、生死不問なのに取り下げられてないんだ。ということは、偽の通知だとは思わないか?」
あたしは首を横に振った。それはない。ありえない。
「医療キットはうちでもよく扱ってるから知ってるけど、診断内容の改ざんはできないわよ。そんなのが簡単にできたら色々とまずいじゃないの」
「じゃ、本当に……?」
愕然とするハルを尻目に、あたしは眉間にしわを寄せて目の前の賞金首情報を睨みつけた。
「これが、その『彼』なわけ?」
「ああ。……だから、なんでミオが彼のことを知っているのか、聞かせてくれ」
あたしはため息をつくと、目を伏せた。
こんな風に関わるはずじゃなかった。ジャンが誰かなんて知りたくなかった。訳あり物件なのは承知してたけど。
仕方がない、切り札を切ろう。
「……彼は、二年前にホウヅカへの配達を頼まれた、高性能アンドロイド、よ」
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