第25話 ミオは切り札で交渉する

 小屋の中は普段使われてないとは思えないほど綺麗に整頓されていた。

 埃も積もってない。

 いくつかの部屋があるようだ。

 扉をぱこぱこ開けて行くと、風呂とトイレ、キッチンがあるのは確認できた。

 あと、プレイルームだろう、高級感たっぷりの絨毯が敷き詰められている。

 書斎っぽい部屋の片隅には様々な機械が積み上げられていた。

 あたしの知ってる機材もある。


「無線傍受用にしては立派すぎるわよね。ここ、一体何の設備? ただの避難小屋じゃないでしょう」


 後ろをついてきていたハルはにやりと笑った。


「ご明察。でも普段は本当に避難小屋だよ。身を隠したくなった時によく使ってる」

「……あなたの持ち物なの?」

「まあね。こっちに来てくれる? ダイが見せたいものがあるらしい」

「わかった」


 廊下をリビングに戻る方へ歩く途中、壁しかなかったはずの場所にぽっかりと穴が開いていた。


「隠し部屋?」

「そ。入って」


 暗闇に階段が伸びている。

 その先に見える明かりを目指して降りると、さっきの機材とは比べ物にならないプロ級の機材が揃っている。

 書斎にあったのはもう使われていない、古い機材だということが分かる。

 ダイはヘッドホンをかけ、キーボードを叩きながらシートをくるりと回して振り向いた。ヘッドホンを片方だけずらし、立ち上がってるスクリーンを指差した。


「それ。最新情報」


 示された画面には見慣れた顔が映っていた。銀髪に細面の男の顔。


「何これ……」

「ブラックネットのトップページだ。今やネットはこの噂で持ちきりだ」


 そう言ったあとダイは目の前のスクリーンに集中するためにシートをくるりと回した。


「なんでジャンが賞金首なわけ?」

「ジャン? ミオ、この男を知ってるんですか?」


 ぐいと肩を引かれた。ハルの両手が肩に食い込んで痛い。


「え? どういうこと?」

「名前もプロフィールも一切が不明、傷一つつけずに捕獲すること。こんな条件でミオについてる金額よりはるかに高い賞金首だ。そんな男をなぜ君が知っている?」


 なぜって、あたしの船のクルーだからよ!

 でも、その言葉は言わずに飲み込んだ。

 ハルと、それから横目でこちらを伺っているダイの訝しむ視線が危険を知らせてくる。

 この情報は、切り札として取っておくほうが良さそうだ、と直感する。


「……先にあんたたちの知ってる情報を聞いてからよ」

「聞けない条件だな。この賞金首のおかげで、あんたへの追跡チームがこの男に鞍替えしたらしいんだ。カモフラージュさえできれば、安全に首都へ入れる」


 ダイが振り向かないまま口を挟んだ。


デコイにするわけね」


 そもそも、なんでジャンが地上に降りてきてるわけ?

 あたしから連絡行くまで上空待機って言ってあるのに。

 そこまで考えて、嫌なことに気づいた。

 ジャンはあたしの命令いいつけを必ず守る。

 守れなかったということは、突発事項そういうことが起こったってことだ。

 何が起こってる?

 ジャンが賞金首になる理由がない。何かをやらかしたとしか思えない。


「ここからあたしの船に発信ってできる?」

「お勧めはしないな。ここからの通信も全部筒抜けだ。あんたの居場所をバラすことになるだけだ」

「……これだけの機材揃えてて、発信元のカムフラージュもできないとは言わせないわよ」


 ダイの後ろ頭を睨みつける。


「ダイ、頼めるか」

「……知らねえぞ」


 ダイが半分だけ振り向いて、あたしをすっごい目で睨みつけてきた。

 仕方ないじゃない。これ以外に手を思いつけないんだもの。


「その代わり、あの男のことを全て話してもらう。いいな、ミオ」


 肩に置かれた手に力がこもる。顔をしかめつつ、首は横に振る。


「それだけじゃフェアじゃないわ。あんたたちの正体も教えなさい。あんたたちがあの顔の男を知っている理由もね」


 途端にハルの眉根が寄った。わかりやすいな、突かれたくないポイントだ。


「それを知ってどうする」

「どうもしやしないわよ。そもそも、あたしは理由もなく巻き込まれただけなんだから。なんで賞金首にならなきゃいけないのよ。なんで命まで狙われなきゃならないわけ? そんなの全部あたしのほうが知りたいわよっ」

「……知ったら間違いなく命狙われるぞ?」


 ハルの脅しは脅しでも何でもない。思わず笑ってしまった。


「今とそんなに変わらないじゃない」


 それに。

 ジャンとホウヅカ。相性悪いのよね。

 ジャンを引き取る羽目になったのは二年前のホウヅカ。内乱があったあの時期。

 正体不明の男としてジャンが手配されるだなんて、ありえないのよ。


「それにね。……あたしも多分一枚噛んでる。二年前から」


 肩に置いたハルの手から力が抜けた。

 目を見張ったハルの表情を見ながら、あたしはにやっと笑った。


「最初から、説明してくれない?」

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