第七章 ユニオンは敵

第24話 ミオはユニオンから追いかけられる

「どう……して」


 こうなっちゃうのよっ!

 息切れしながら、全速力で走る。


「とにかく走れっ」


 前を行くハルが叫ぶ。

 こんなときにヒール履いてる自分が憎い。

 あーもう、王庭に入るからってちょっとおめかしした昨日の自分、呪われろっ。

 普段なら、どんな依頼主でもつなぎに走りやすい靴をチョイスするのにっ。


「それ、なんで履き替えなかったんだよ」


 後ろを守ってくれてるダイに指摘される。

 わかってるわよっ、そんなことっ。でも、


「しかたが……無いでしょっ」


 サイズが全然違ったんだもの。服はちょうど良かったけど。

 後ろから追ってくる足音が緊張感をいやでもかきたてる。

 捕まったら最後、一巻の終わり。

 足音は複数。

 時折短く聞こえる男の声といい、多分これはハンターたちだろう。足音が分散する。おそらく一部が回り込んで挟み撃ちにするつもりだろう。


「仕方ねえ。ダイ、あれやるぞ」


 ハルが小路を右に曲がる。続いて曲がった先に……なんで壁があるのよっ。


「これ、行き止まりじゃないのっ」

「なんでもいいから黙って。目を閉じてろっ」


 ハルに右腕を取られた。反対側の腕を後ろからやってきたダイがつかんだ。


「なんで目を閉じろなんてっ」

「いいからっ! 口も閉じて」


 ええい、ままよっ。

 目を閉じて口も閉じると両側から腕を持ち上げられた。途端に足の先が地面から浮いたのが分かる。


「えっ」


 まさかまたあのフリーフォールじゃないでしょうねっ。

 思わず漏れた声に誰かが舌打ちして大きな手が口を塞いでくる。

 ほんとに声出したらまずいシーンってことね。

 壁が迫ってるはずなのに、二人は全く足取りを緩めない。もうじき壁にぶつかる、と息を呑んで身を縮めていると、ふわりと浮遊感がして、続いて落下。

 やっぱりフリーフォールっ。

 喉の奥から声が出かかる。

 それもまずいのだろう、ハルの声が耳のすぐ側でした。


「少しだけ我慢して」


 これ以上何を我慢しろっていうのよっ。そう言ってやりたいのに口はきっちり塞がれてる。

 浮遊感に感覚が持っていかれそうになる中、ぎゅっと何かが体を掴んできた。

 目を開けるなと言われてるし、何が起こってるのかを確認出来ないのがもどかしい。

 誰かに抱きしめられているような錯覚に陥る。

 腕を回されているのだと気がついた。しかも左右両方から。

 匂いと体温を自覚した途端、何か柔らかなものに突っ込んだ。手に触れたのは発泡タイプの緩衝材。


「もういいよ、目を開けても」


 ようやく許可が出て目を開けると、澄んだ水色が目に飛び込んできた。

 ライトアップされた洞窟のような場所を、手触り通り発泡タイプの緩衝材で出来たフロートで下流に流されている。


「うわぁ……すごい。なに、ここ。下水道じゃないよね、臭わないし……」

「そう、天然の洞窟。ここまで降りれば電波も届かない」

「さっきの袋小路に抜け道があったの?」


 はっと我に返ればダイとハルの腕が体に回されて、左右から肩と腰を抱き込まれた態勢になってる。

 一体何なのよ。

 さり気なく腕を外そうと腕に力を込めると、逆に力を込められた。


「何なの?」

「いや、急ごしらえのフロートだから、バランス崩すとひっくり返る」

「立ち上がったりしないってば。それよりこれ、どこまで行くの。てかこのフロート、緊急脱出用の水上用フロートよね。なんでこんなもん、持ってたのよ」

「緊急用だから?」


 ハルの答えにイラッと来る。

 こういうこともあるって考えてたってことだよね?


「抜け道はあちこちにあるよ。この界隈は計画的に作られた町並みじゃないからね。もともとあちこち穴だらけの土地で、首都はこの辺りを外して作られてるんだ。その上に蓋をして街を作ったのは、首都に住めない人間たちだ。だから、継ぎ接ぎだらけの街なんだ」


 ハルは天井を眺めながら解説してくれた。

 彼の見てる方向に視線をやれば、ずいぶん高いところに丸い形の天井があちこちに見える。

 これが塞いだという穴の名残だろう。

 ゆらゆらと照明の青い光が水面に映って揺れる。


「このままゆるく流れて、地底湖にたどり着く。危険はないからこのままおとなしくしててくれないか」


 ダイにダメ押しをされて、仕方なく体の力を抜いた。

 しばらく沈黙が続く。

 あの時、追っかけてきていたうちの一人が着ていた制服に見覚えがあった。


 ――ユニオンのマークが入ってた、あのつなぎ。ピアスの輝きは間違いなかったし。


 だからわざわざ緊急用のこんなもの、持ち出して来たんだ。最初から分かってたから……?


「あのさ、ハル」

「ん?」

「……ピアスが光ったの、いつから気がついてた?」


 振り返ると、ハルは悪戯がバレた少年のような顔をして頭を掻いた。


「実は家を出る前から」

「え?」

「近くまで来てたんだろうな。だから急いで家を出た」


 ああ、だからあんなに急かされたのか。

 半径一キロ以内に受信機があったんだ。一キロなんて特定されてしまえばあっという間だ。

 本当にギリギリセーフだったんだ。


「ありがと」

「……珍しく素直だな。気持ち悪いぐらい」

「ちょっと、素直に感謝を表してるのにっ」


 それに、珍しくって言われるほど長いつきあいじゃないっての。

 ぶんむくれると、ハルはくすっと笑って頭の上に手を置いてきた。


「それにしても……ユニオンまで敵に回っちゃうと、もう打つ手がないわ」

「ユニオン全体が的に回ったとは限らないだろう。だが、現地スタッフはあてにならなくなったな」


 あたしは首を横に振る。


「中央から派遣されてくるのはお偉いさんばかりで実際に動くのは現地スタッフだから、事務所に直接たどり着かない限りアウトよ」

「そのお偉いさんの住所とかは」

「そんなトップシークレット、末端の会員に教えてくれるわけないでしょ?」


 風向きが変わる。水の流れが緩やかにカーブしてフロートの流れが遅くなる。


「とりあえず陸に上がろう。ネットの情報を確認しないと」

「そうね……」


 フロートからダイが陸に飛び移って、ロープを手にフロートを引っ張っていく。

 船着場のような場所からロープを手繰り寄せ、接岸したフロートからハルが先に降りた。


「はい、どうぞ、お姫様」


 手を引っ張られて岸に降り立つと、なんだかふわふわした感覚が残っている。


「ありがと」

「こっちだ。小屋がある」


 見れば、ダイはすでに小屋にたどり着き、明かりの準備をしている。

 地底湖の周りは途中と同じく青い光で満たされていたが、小屋の中は暗いのだろう。


「こんなところに小屋なんて建てていいの?」

「これは地底湖に迷い込んで来た人の避難場所として設置されてるんだ。いつでも使えるように整備されてるし、ここから地上への道も作られてる」

「そうなの?」


 小屋へ歩み寄りながら、ハルの説明を聞く。

 小屋の裏手や周辺は明かりがないから暗いままだが、おそらくそのあたりに地上への扉があるのだろう。


「ああ。でないと、消耗品の補充とかできないだろ? 薬や保存食も完備だ。ネットも繋がるようになってる」


 そういえば、地底湖なら電波は届かないだろう、と言っていた。

 ピアスはあれから輝いていない。


「ネットって、有線?」

「ああ。電波はここまで届かない」


 有線なんていつの時代のネットワークだろう。


「ピアスはここに置いて行こう」


 ぱっとあたしは手を離した。


「それはダメよ。再発行してもらうの、すごい高いんだからっ」

「あのなあ……命に代えられないだろ? あれを持ってる限り危険はつきまとう」

「外で突っ立ってないで中に入れよ、二人とも」


 ダイの言葉に、あたしたちは小屋に入った。

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