第23話 アンドロイドは自分も賞金首になっていることを知る
彼らが追ってこなかったおかげで、すんなりビルを出ることができた。
大通りに向かう途中で、スゥからの緊急コールが再度入る。音声通話のみの直接通話をしてくるとは、かなり差し迫っている証拠だ。
途中の路地に入ってコールを受けると、いつもの口調と打って変わった焦った声でスゥが出た。
『ちょっと、あんた一体なにやらかしたのよっ』
「特に何も。何か変わったことがありましたか?」
『大ありよっ! とにかくブラックネット覗いてみてっ』
それきり通信は切れた。
ブラックネット――ミオの手配書を見たあのサイトだ。
繋いだ途端、中央に大きく貼りだされた自分の顔に眉をひそめた。
ミオよりも大きく強調されたそれは、ミオを生きたまま捕獲した場合の二十倍の報奨金よりもさらに十倍の賞金がかけられていた。
但し、傷一つなく捕獲することが条件とある。公開日時は将軍とやりあう直前だ。
私ではなくオリジナルに対するものだろうか。公開プロフィールにあったのは、名前も含めた一切が非公開、の一文だけだ。
髪の色も眼の色も私と同じ。
将軍のしわざかと一瞬想像したが、存在を明らかにしたくないのは変わらないはずだ。こんな話題性を着けておおっぴらにするはずがない。
もしくは、当局が私の不正入星に気がついたか。
しかしそれならこれほどの金額を付けないだろうし、プロフィールを公開するはずだ。
オリジナルと同じ容貌ゆえに公開できない可能性もあるが、それならばブラックネットに流す必要はない。
となるともう、オメガしか思い当たりがない。
スゥに直接コールするとすぐに出た。先ほどとは違い、いつもの口調に戻っている。
『見たみたいねぇ』
「スゥ、聞きたいことがあります」
『通信はどれも傍受されてるんじゃなぁい?』
「構いません」
『じゃあ、どうぞ』
歩きながらなのだろう、多少息が聞こえてくる。
「スゥ、ハーシェル王子について、この星の人々はどこまで覚えていると思いますか?」
しばらくの沈黙。音声のみの通話だと相手の
『難しい問題ねぇ。そうねぇ、多分まだみんな覚えてると思うなぁ。まだ二年しか経ってないしぃ』
「では、それはポジティブな意味合いですか? ネガティブな意味合いですか?」
『意味合いってぇ、彼のことを好きか嫌いかってことぉ?』
「いいえ、どちらかというと彼を悪者として認識しているかそうでないか、という意味です」
先程より長い沈黙が続く。通信が途切れたかと思うほど長いt沈黙ののち、
『それって、彼が父王暗殺未遂事件のこと?』
とつぶやいた。
こちらが口を閉じる番だった。
それはどの資料にもニュースにも記載されていなかった。どんな裏ニュースサイトにも。噂レベルの情報でさえ、見つからない。
沈黙を好意的に受け取ったのだろう。スゥは言葉を繋いだ。
『そうよねぇ、あなたは知らないはずだものねぇ。ハーシェル王子はそういう噂があったのよぉ。前の王様、いきなり倒れたって話だしぃ。王子が何も語らなかったせいで真実は闇の中だけどねぇ。王子がそのあと廃嫡されてどっかに幽閉されてるってのはみんな知ってるよぉ。騒乱の時に担ぎだされたのだってぇ、一部の人間の暴走に巻き込まれただけでぇ、とばっちりを受けただけってほとんどの国民は思ってるんじゃないかなぁ』
幽閉。
やはりそうなのか。
将軍の話とも一致する。
しかも、父王――フィラード王の息子ハロルドが倒れた話と繋がるとは、思いもよらなかった。
「となると、この星の人は皆、彼が生きていることは知っているのですね」
『そうねぇ。だからぁ、彼の死亡通知であちこちてんやわんやになってると思うのよねぇ』
「彼が幽閉されている場所をご存知ないですか?」
『安全上の問題で公表されてなかったんじゃなかったかなぁ。でも、王城の幽霊は彼じゃないかって噂が出てるしぃ。案外王城付近にいるんじゃないかっていうのが今の定説かなぁ』
「王城の幽霊?」
キーワード一つでその情報は簡単に見つかった。
ネット上に散らばるその噂と映像。しかし、鮮明な画像は一つもない。遠方から望遠で撮られたと思しき写真では、頭からすっぽり白い布をかぶった長身の男性に見える。幽霊、というには存在感がありすぎる。
『そういう話もあるのよねぇ。まぁ本当かどうかはわからないけどぉ』
「ではもう一つお伺いします。スゥ、あなたはいつ、私がハーシェル王子に似ていると気が付きましたか?」
三度目の沈黙。構わず私は言葉を紡ぐ。
「三年前まで王族として知られていた者の顔です。あなたやナイが知らないはずはない、と私は認識しています」
喫茶店の老夫婦。
彼らは幼いころに親しくしていたフィラード王の若いころの記憶から、私とフィラード王を重ねたのだろう。
だが、スゥやナイの年齢なら?
『それ、ナッチに聞いても無駄だよぉ』
そう答えたスゥは笑っているようだった。
『ナッチ、商売に関係しない人の顔はぁ、覚えないのよねぇ。あの写真だってぇ、ぜんぜん気がついてなかったでしょぉ?』
ということは、彼女は依頼の時にはすでに気がついていたわけだ。
「食えない
ふふ、と笑い声が聞こえる。
『気をつけてねぇ。こっちの追跡チームがそっちに回ったみたいよぉ』
それきり通信は切れた。
ネットには、あの手配書に関する情報が流れ始めている。
だが、その反応は腫れ物に触るが如き、と評するのが適切だろう。
ハーシェルの名前も王子という呼称も一切出てこない。
ただ単に『彼』と呼び、彼に関する情報ではなく、二年前の出来事を思わせる書き込みと私的考察が続くのみだ。
ミオの時と同じく、ハンターたちはリアルで情報を共有し、独占しているのだろう。
王城に戻ってみることも検討する。
しかし、入れる見込みはない。むしろ発見される危険性が上がるだけだ。
ユニオンを頼ることも考えた。だが、正規の手続きなく私が上陸していることを知られるのは高リスクだ。得策でない。
ミオなら決して選ばない選択だ。
「いたよ、こっち」
甲高い子供の声と複数の大人の足音。声の方を見れば、通りに面した家々の屋根伝いに歩いている子供の姿が見えた。
大人の野太い声に女性の声まで交じる。
ハンターの関心はミオから私に移ったようだ。傷つけずに捕獲すればいいのなら、武器を持っていなくても参加できる。だから子供まで駆り出されたのだろう。
オリジナルのメンタルを知らないが、王族という立場をよくわきまえた者なら、民に手を上げることなどできない。特に子供には。
それをよくわかっているのだ、みんな。
声のない方向に移動しながら、スゥに教わった方法で防犯カメラに侵入して安全経路を探す。
同時にダミー画像を流してマスクする。
本来は違法な手段を採用することは許されないが、緊急事態だ。
帽子を深くかぶり、細長い路地を奥へと進む。
私のオリジナルが判明した。
私が何者になる予定であったかを考えるのは無駄と判断し、納得している。
だが。
ミオに迫る危険の原因が私であり、私が何者になる予定であったかに起因しているのであれば、考察を忌避し続けるのは得策ではない。
二年前、一体何が起こったのか。
私は何のために、誰によって作られたのか。
オリジナル――ハーシェル廃嫡王子が生きているのか死んでいるのか。
生きているとしたら、どこに隠れているのか。
死亡通知が流れたことで、彼を生きていることにしたい、しなければならない人々が動き出したと考えるのが筋だろう。
そして闇ネットに流れた賞金首情報……。
公的に死んだオリジナルを高額をかけて探しだそうとすることで、生きていることを印象づけ、死亡したという情報を打ち消そうとするものではなかろうか。
だとしたら、何のためにオメガはそうしたのか。
考察するにはネットから得られる情報だけでは圧倒的に足りない。スゥに協力を仰ぐのが正解だろう。
スゥに次の合流ポイントを送り、路地を曲がる。
ともあれ私が賞金首であるかぎりは、ミオからハンターの目をそらせる。
辺縁に散ったハンターが戻ってくる前に、首都から脱出しなければ。
曲がろうとした路地の向こうから声が聞こえ、足を止めた。
若い男の声が複数。
周囲のカメラ映像を確認する。
どうやら大通りに抜けるルートの出口はどれも押さえられてしまっているようだ。引き返しても抜け出せるルートは見当たらない。
手近な建物に隠れたところで時間の問題だろう。
意を決して私は歩き出した。
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