第21話 アンドロイドは囮(デコイ)を追いかける
店を出ると、殺気は無人だった城門前に情報を求めて右往左往する人々が散見された。タクシーも次々と客を乗せてロータリーを離れていく。
裏ネットの情報は次々と書き換えられ、アップデートのアラートが追いつかない。煩わしくなってアラートを切る。
その合間を縫って、ナイとスゥから情報が上がってきた。複雑に暗号化されたそれを解読して並べ替え、ランデブーポイントの座標を導き出す。
二人は予定通り、待たせていたタクシーで出発できたようだ。
それに、ミオと同じピンクシュガーの髪の毛という類似点による副次的な効果も、きちんと現れたようだ。
朝来た道を戻り、タクシーを拾う。
行き先を入力したあとは自動運転に任せ、再びネットに注視する。
スゥのミスリードは半分は成功していた。逐一アップされる情報に対し、デコイを紛れ込ませている。
注意深く見ていれば気がつくだろうが、あっという間に流れ去る情報の渦のおかげか、デコイを掴んで自ら拡散するものが後を絶たない。
それを見ぬいて正しい情報を拡散、上書きする者もそれなりにいたが、互いに情報を主張しあうことで、情報自体の不確実性を押し上げている。
『賞金首狙いの奴らを撹乱しながら本人の情報を絞り込むんならぁ、いい餌があるじゃなぁい? 目の前に』
自身がデコイになる、と言い出した時のスゥの言葉だ。
ナッチはもちろん猛反対した。が、スゥは引かなかった。
『生きてたほうが報酬が高いって情報、流せばいいんじゃなぁい? それで危険性はずっと減ると思うのぉ。それにぃ、ナッチが守ってくれるんでしょぉ?』
その言葉に、ナッチは屈服した。
彼女の言葉の通り、生きていれば報酬は二十倍だという裏付けの取れないうわさ話はあっという間に拡散した。情報筋からの確かな話として。
ミオについて流れている情報は公開時から変わっていない。それ以上の情報の入手経路がないようだ。
ということは、ユニオン本体は今のところは敵ではない、と判断していいだろう。
時折、スゥについての情報が上がってくると、すぐさま撹乱情報にすり替えられていく。
スゥの仕業だ。彼女が総長していない、ピンクの髪の女性の情報――それが、ミオにたどり着く唯一の糸。
情報発信源は徐々に首都中心から辺縁地域に拡散していく。
デコイを信じてハンターたちが移動を開始したと見ていいだろう。
あちこちで接触や小競り合いも起こり始めている。タクシー同士の事故や渋滞も始まった。
このタクシーも例外ではなかった。郊外に向かう方向の事故による渋滞らしい。
定期的に送られてくるナイとスゥの位置はそれほど遠くない。
町中でのランデブーは危険度が増すが、仕方があるまい。
二人にランデブーポイントの変更を伝え、タクシーを降りた。
同じ選択をした者も少なくないようで、走る若者たちや女性の団体とすれ違う。
防犯カメラの死角を確認して雑居ビルの階段をあがる。上の方のフロアはほとんどが空室のままで、ガラスが割れて荒らされているところも少なくない。
指定の部屋も同様に荒れていた。机や棚も残されてなぎ倒されているところを見ると、倒産か夜逃げだろう。
壁に走り書きのローズピンクが見えて目を眇めた。口紅の赤だ。
全体像を捉えたところで再生可能なデータとして再構築されていく。
アンドロイドやロボット用の視界センサーでスキャンした場合にのみデータとして認識される、特殊なコードだ。
技術としてはずいぶん古いものだが、今でも随所に使われ続けている。
一体彼女はどれほどの才能を持っているのか。いまさらながらに興味が湧いた。
デコイの拡散は自動プログラム《ポット》だろうが、ボットと認識されないよう施されている偽装は簡単には見破れない。
その他の仕掛けも含めて、彼女が敵だったらかなり厄介なことになっていたに違いない、と認識を改める。
その彼女の残したデータによると、ミオが買い物をした店の人は覚えていたそうだ。スゥを見てきちんと別人だと判断し、勘違いをした他の店の人や客にそう説明してくれたとある。
納品できなかったクレームと品物の請求書のスキャンデータも沿えられていた。
それと、ミオに巡回バスの乗り場を教えたという新証言もあった。
どれもネットに上がっていない情報だ。誰も土産屋で聞きこみをしなかったのだろうか? それとも、店員に接触できなかったのか。
バスの巡回ルートをマップにポイントする。バスが立ち寄る予定の観光ポイントは、どれもハンターたちが移動しつつある辺縁地域にある。
スゥの蒔いたボットも各観光ポイントに誘導するように動いている。
だが、肝心の情報そのものはネットに上がってこない。
ハンターたちが、得た情報を故意にネットから切り離し始めた可能性がある。
少なくとも、ネットに上がっている情報やネットに上げた情報が当てにならなくなっている、ということを察知されたと見るべきだろう。
デコイは徐々に活動を停止し始めている。さすがはスゥだ。その辺りも抜かりない。
生存時の値段がつり上がったことで、情報をシェアするのではなく、独り占めする方向にハンターたちの心が切り替わったのかもしれない。
もしくは複数の人間でチームを作って動いているのかもしれない。
山分けしても充分な報酬金が入ることを見越して。
正しい情報をネットに上げたところで信じてもらえない、ネットの情報はあてにならない、と判断される段階まで来ているのだとしたら?
あとは足で探すしかない。
私もあえてこの証言についてネットに拡散させないことにした。
ミオがまだ自由に動ける立場のままであるなら、船に戻ろうとするだろう。
首都に向かうルートを開けておくほうが、身動きは取りやすくなる。
不意に外の雑音に混じってガラスを踏む鋭い音が耳に届いた。
複数の足音が階段を上がってくる。
ここがランデブーポイントとは知られていないはずだ。スゥ自体の目撃情報はネットに上がっていない。
聞きこみで得た生の情報を抱え込んでいるのだろう。
もしくはここを根城にしている輩か。
物陰に隠れて様子を見る。
「本当にこっちなんだろうな」
男の声。野太い声、という表現がぴったり来る。
「間違いありません。目撃者もいます」
答える声に聞き覚えがあった。声紋も一致する。船で渡しを拘束した連中の一人と。
となると、尋ねた男が将軍である可能性が高い。
「二人連れのあとは王子が上がっていくのを見た、と」
王子? 誰か私の前にここまでやってきた者がいるのだろうか。
「その呼称は使うのを禁じたはずだ。ターゲットと呼べ。こんどこそ拘束せよ。あの男に介入される前に」
あの男。
彼らの言うあの男というのは、オメガのことだろうか。
もしそうだとすれば、ターゲットは私のオリジナル、ということになる。
「将軍、この部屋の壁に落書きが」
声が近づいてきた。
「コレは、口紅か?」
「はい。乾ききっていないので、書かれてからそう時間が経っていないと思われます」
「探索しろ」
足音が散開していく。六、七名と行ったところか。赤外線探知されれば一発で発見されるだろう。待っていたところでいい結果にはならない。それよりは、接触を試みたほうが突破口を開けるかもしれない。
身体機能のリミッターを解除。足音の方へ飛び出す。
案の定、探知機を設置中の兵士と思われる制服の男がいた。
「誰だ!」
機器から手を離し、銃に手を伸ばそうとするのが見える。が、届く前に手首を高速、同時に顎を殴り飛ばす。兵士は部屋の向こうに派手な音を立てながら吹っ飛んだ。
「どうした、何があった!」
飛び込んできた二人目が銃口をこちらに向けるのを、振り向きざまその銃身を蹴り上げ、みぞおちに一発くれてやるとその場に崩折れた。
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