第六章 ターゲットは二人いる
第20話 アンドロイドは喫茶店の老夫婦と話をする
ホウヅカの首都・ミナベの街に着いたのは夜明けだった。
観光都市だけあって、街全体が煌々とライトアップされているが、十人並んでもぶつからずにすれ違える程の広い歩道を歩いているのは、私たちだけだった。
とはいえ、周囲への警戒を怠る訳にはいかない。
「誰もいませんね」
「三年前まではこんなじゃなかったんだけどなぁ。昼も夜も観光客を乗せたリムジンが並んでて賑やかで、金持ちは札びら撒いてたもんだよ。女目当ての客も多かったし、それを期待する女達もいっぱいいてさ。酒に女にギャンブル。観光星といえばホウヅカって言われる程だったのになぁ」
「ナッチ、カジノの用心棒してたんだよねぇ」
ナイが振り向いて言う。
「ああ。リムジンの運転手もやってた。兼任でな。あの頃は客も気前が良くてさ、チップもたっぷり弾んでくれて、その金で女買いにいったもんよ。泣けることによ、給料よりチップのほうが多かったんだよなぁ。今よりずっと稼ぎもよかったし」
「あたしもさぁ、あの頃はホステスしてたんだよねぇ。クラブの稼ぎ頭だったんだよぉ」
「お前はシステムハッキングしてチップ上乗せしてたのがバレて首になったんだよな」
「そうなんですか?」
シュガーピンクの髪の毛を帽子に押し込んだスゥはちろっと舌を出した。
「おさわりしたお客さんからおさわり代もらってただけだもん」
「ま、昔の話だ。今は完全に閑古鳥鳴いてるけどな」
「二年前の騒乱が原因ですか?」
「あれ? 知ってんの? そう。ま、首謀者が一人で勝手に暴れただけなんだけどさ、そのおっさん、私軍投入したもんだから軍が応戦するしかなくて、首都の半分がどかぁん」
ナッチは両手を広げてみせる。
「まぁ、一年で今の状況まで復興したのは奇跡だよな」
「でもぉ、その一年でお客さんが減っちゃってぇ。あたしたちみーんなクビ。でぇ、あたしとナッチはコンビ組んでいまの仕事始めたんだぁ。あ、そこ右ねぇ」
スゥの言葉に従って角を右に曲がると、城壁と門が姿を現した。門の前はロータリーになっていて、バスやタクシーが停まれるようになっている。
「あー、やっぱまだ開いてないか。王城自体は夜も公開されてるんだけどさ、城門はセキュリティのためってんで閉められるんだよな」
「最後の足取りは城内の土産物屋でしたね」
地図のデータを広げ、プロットされた足取りを確認する。
「そぉ。追跡できたのはここまでなのよねぇ」
スゥは地図をたどり、城門を入ってすぐ左の館を指差す。
「元は王族の誰かが住んでたらしいんだけどぉ、今はその中に土産物横丁ができてるのねぇ。観光客はたいていそこでお買い物するんだよぉ」
「王庭ノナカですか? 王庭のチケットはなかなか手に入らないと聞きましたが、入れるのですか?」
するとスゥはにっこり微笑んだ。
「蛇の道は蛇って言うでしょぉ? じゃぁ、打ち合わせ通りに始めるからぁ、どこかでお茶しててくれるぅ?」
「分かりました」
二人の背中を見送り、来た道を引き返す。
こんな時間に開いている店などないだろうと思っていたが、幸い老夫婦の営む小さな喫茶店のカウンターに席を確保できた。
昨夜スゥから聞いた闇サイトのページを開く。そこにはミオの写真と昨日の足取りデータが公開されていた。
高額の報奨金、生死不問の一文。公開されているプロフィールは全て掲載されている。
襲撃者オメガの仕業である可能性が極めて高い。オメガが誰なのかは分からないが、金に困らない人物であることは確かのようだ。
ミオからの連絡は未だない。
ゼン老視からは母船を修理ドックに運び込んで作業を始めたと連絡が来ている。船の方にミオからの連絡が入ったらこっちに回してもらうように頼んである。
まだこの手配書が取り下げられていないということは、どこかに潜伏しているのだろう。
今どこにいるのか。
一刻も早く探しださねば。
「はい、お待たせ。おや、お客さんも一攫千金のクチかい?」
コーヒーを持ってきたマスターはスクリーンを見るなり言った。
「いえ、そういうわけではありません」
そっと画像を閉じると、マスターは苦笑を漏らした。
「隠さんでもええよ。わしらももうちっと若けりゃ探す方に回っとったろうしの」
「マスターもご存知なんですか?」
「ああ、昨日だったか通達が回ってきてての」
「通達?」
「ここらの組合のな。こういう情報が出まわると連絡がくるんじゃよ。人が集まるといらん騒動がおこったりするからのう。実際、昨日から聞き込みに来る客が増えとる」
店側にしてみれば客が増えるチャンスでもある。それを見越しての早朝営業なのかもしれない。
「ところで兄ちゃん、このあたりは初めてかい?」
客が他にいないせいだろう。マスターは手近な席に座って話し始めた。
「はい」
「そうか。その嬢ちゃん探しでなきゃ、観光かい? 王城は九時にならなきゃ開かない決まりだよ」
壁の時計を見れば八時を過ぎたばかりだ。
「そうなんですか」
「昔は夜も開放されてたんだがのう。内乱からこっち、いろいろ良からぬことをする輩や、庭で寝泊まりするホームレスが増えてな。夜間だけは閉めることにしたんだそうだ。花の時期なんぞは花見客で賑わったもんだが」
「今はないんですか?」
マスターはうなずいた。
「内乱の時に燃えちまってな、ほとんど残ってない。若木を植え直してあるけど、まだまだ花見ができるほどじゃあないしな。わしらが生きてるうちにもう一度、庭を埋め尽くす満開の桜の花を見たいもんじゃのう」
「残念ですね、私も見てみたかったです」
「まあ、仕方があるまい。それに、今は地元民でもめったに入れなくなった。そういう時代っちゅうことかな。そういえばお客さん、どこの出身だい? どっかで会ったことがあるような気がするんだが」
マスターはそう言い、私の顔をじっと見る。どうやら誰かと間違えているようだ。
「いえ、私は記憶していませんが」
「おじいさん、座り込んじゃって。長話してちゃダメですよ? お客さんがこまってるでしょう」
カウンターの中から老婦人の声が飛ぶ。が、マスターは意に介さず逆に聞き返した。
「なあ、お前もそうは思わんか? 誰かに似てるんだが」
仕方なさそうに老婦人はカウンターから出てきた。
「そりゃああんた、フィラード様だろう? あの方の若いころにそっくりだよ」
「フィラード様、ですか?」
その名前だけで情報はすぐに見つかった。白い髭を蓄えた老人の画像に付けられた見出しは『ホウヅカ最後の王』。
「ああ、若い人はもう知らんなわな。わしらは生まれも育ちもここでな。昔は今よりおおらかな時代で、時々お忍びで王家の方々が息抜きに来てたもんだ。その中でもフィラード様は別格でな、ほぼ毎日見せに来ていたよ。わしらはまだ子供で、店の手伝いをしていたりしたが、フィラード様はいつもわしらの遊び相手になってくれてな」
老婦人はうなずいて眼鏡を外した。
「懐かしいわねえ。あたしもこの近所に住んでいてね。フィラード様が来るとすぐみんなに声がかかるんだよ。いいお人でねえ。来るときにいつも珍しいお菓子を持ってきてくださって、それが楽しみでね。お城の人もフィラード様がここに来るのだけは目をつぶってくれたようだったわね」
「夜中にコーヒーを届けに行ったこともあったなぁ。アレはもう王政が廃止された頃だったか」
マスターはエプロンの隠しからパイプを取り出した。
「そうそう。城に入るのにずいぶん手間がかかるようになっちまってねえ。ようやくフィラード様のところにお届けに上がった時には、コーヒーはすっかり冷めた後でね。不味かったろうに、うまいコーヒーをありがとうって笑っておいでだった。そのあとすぐ、別の館に移されたって聞いてね」
「そのあとどうなったんですか?」
「三年前に亡くなったよ。王政が廃止されたあとは静かに暮らしてらした聞いたよ。たくさんのお子さんとお孫さんに恵まれて、幸せな人生だったんじゃないかねえ――いらっしゃい」
常連らしいモーニングの客が来て、二人はカウンターの中に戻った。
フィラード王の映像を漁ってみたが、若いころの写真は古ぼけてピントがあっていない。最近の映像はと探すと、家族で撮ったと思われるものが見つかった。スゥが見せてくれた肖像と同じものだ。
フィラードと思われる老人と、后と思われる老婦人を囲んだ家族の肖像。柔らかく笑う老人の表情に苦悩の影はない。
老夫婦の話からも、住民からは愛された王であったろうことが伺える。
ホウヅカのニュースネットに潜って王室絡みのニュースを洗い出す。
三年前にフィラードが亡くなり、一年の喪に服している間にホーデン公が武力で王城を占拠。王族の一人を担ぎだして王政復古を宣言した。
その後、軍によって王城は奪還され、ホーデン公は逮捕。担ぎだされたという王族の名前は公表されていない。どこのニュースにも名前も絵姿すらも残っていない。
喪が明けてフィラードの長男ハロルドが家長となり、家督を継いだ。ホウヅカは王政廃止はしたものの王家の廃絶はしなかったのだ。
だが、それからしばらくしてハロルドは病に倒れ、今は孫のリドルが当主としての仕事を引き継いでいるという。
リドルの写真も集合写真しかなかったが、フィラードに似た細面の線の細い男だ。柔らかい笑みもよく似ているように見える。
フィラードとリドル。私に似ているというが自分ではわからない。構造比較でもすれば一致率ははじき出せるだろう。
「……ピンクの?」
不意に耳に入ったキーワードで情報検索を中断する。
先ほど入ってきた常連客の一人が話している。
「そうそう。その姉ちゃんが見つかったとかで大騒ぎになってたぞ」
「そうか、意外と早かったな。まあ、コレでしばらくは静かになることだろう」
「だといいがなぁ。おや、兄ちゃん、もう行くか?」
「はい、ごちそうさまでした」
席を降りて支払いを済ませる。ナイに借りたなけなしのクレジットだ。いずれミオから弁済してもらわなければならない。
「また来てくれな。うちはいつでも歓迎するよ。フィラード様が来たみたいで懐かしくて嬉しかったよ」
差し出された手を、私もあの笑みを真似て握り返す。
「ありがとうございます」
老婦人がこっそり涙を拭うのを尻目に、私は店を出た。
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