第19話 ミオは人さらいに助けを求める
ダイ――フルネーム忘れちゃった――の料理は冷めても美味だった。いろいろ考えるのを忘れるほどに。
食後のコーヒーで一息つきながら、本題に入る。
「宙港にあるユニオンの事務所まで行ければ、あとは自分で何とかするわ。とにかくユニオンに連絡取りたいの。それと、待機してるあたしの船にも」
「あんたの船、宙港にはなかったって噂だけど」
「それならおそらく上空待機してるんだと思うわ。港の混み具合がひどかったし、ジャンならそう判断するはずよ」
「ジャン? 船のAIか?」
「ま、似たようなものね」
ジャンの説明は端折った。単なる便利屋が高精度アンドロイドを持ってるとか、このタイミングでそんな話をしたら、さらに面倒な話になりそうだもの。
「ねえ、携帯端末貸してくれない?」
「ダメだ。おそらくすべての通信は覗かれてる。首都に張り巡らされてる防犯カメラも骨抜きだし。あんたの足取りと顔写真をネットに流した奴がいる」
そう言ってハルは画面をこちらに向けてくれた。きっちりあたしの辿ったルートがプロットされてる。
「まるでストーカーね」
本当に何でもありなのね、この星は。
依頼主がなぜあんな場所での受け渡しを指示してきたのかがよく分かった。あの場所であれば、妨害を受けることは極端に低くなる。
それぐらい、盗聴やカメラの存在が全くない場所がないのだ。この星には。
「この辺りは首都からも離れてるし、監視されるのを嫌う連中ばかりだから防犯カメラも格段に少ない。あんたの足取りはそう簡単にはつかめないだろう」
「その代わり、賞金首を狙う人たちも集っているってことね?」
「そういうこと」
ため息をついた。皮肉のつもりで言ったのに、全然皮肉になってない。
「ねえ、ユニオンまで敵に回ったりしないわよね?」
「さてな。現地スタッフならあり得る話だ」
ユニオンと言ったって一枚岩じゃないし、中央から派遣されてきた人ばかりじゃない。現地スタッフのほうが多いはずだ。高額賞金に目がくらまないとも限らない。
「じゃあ、他に連絡手段ないの?」
「ダイにメッセンジャーになってもらうぐらいだけど、ユニオンはダイをあんたの使いだと認識できるか?」
「そうね……」
あたしは目の前の壊れた端末に視線を落とした。
ユニオンの端末は壊れている。持っていったところで落し物扱いがいいところだ。むしろそれがユニオンの端末だとどうして分かったのかと逆に尋問されかねない。
ユニオンの事務所も監視されているだろう。メッセンジャー自体に危険が及ぶ可能性もある。
「ダメね。危険すぎるわ」
「あんたをここにかくまってる時点でそんなものは覚悟の上だ」
「他の手段……なくはないけど……ねえ、聞いてもいい?」
「どうぞ」
「なんであたしをかくまってるの?」
一番気になっていたことを口にする。
夕べのあの場面で助けてくれたのはもちろん感謝している。
あの時点では命狙われてるなんて思ってなかったし、人数いてもなんとか逃げ切れると思ってたもの。
でも、今じゃ指名手配の掛かった立派な賞金首だ。
単なる通りすがりの旅行者を、無事に脱出させるために危険を冒すなんて、普通は選ばないんじゃない?
「成り行き、かな」
しばらくの沈黙のあと、ハルは口を開いた。
「昨夜成り行きであんたを助けたわけだし。朝になって賞金首だから見捨てるとか、男としても人間としてもダメだろ、そりゃ」
「ま、そういう奴でなきゃこうして一緒にはいないがな」
ダイの言葉にハルは照れたように笑う。あたしは目を眇めた。
「もしかしてあんたたち、そういう関係?」
「別に、単なる幼なじみだ」
「ただの幼なじみだ。付き合い長いからな」
異口同音に二人は言った。
そういえば絶妙のタイミングでダイが現れてる気がする。
間合いの掴み方が上手いというか、空気を読んでるというか、呼吸が合うというか、阿吽の呼吸っていうか。
「じゃ、ダイにメッセンジャーになってもらおう」
危険だと言ったって聞きやしない。あたしは首を横に振った。
「だから無理だって。あたしの代理だって証明できるものなんて」
何を持っていったところで盗んだとか殺して奪ったとか可能性はいくらでもある。ダイの立場を補強することにならないどころか、悪くするばかりだろう。
「上空で待機してるあんたの船との通信はできないか?」
「ユニオンの事務所から? 無理ね。ユニオンからの通信を受信するにはあたしの認証コードがいるわ。あたしが乗ってるのが前提だもの」
「じゃあ、あんたが降りてる間にユニオンからの通信があっても受けられないんだな?」
「そりゃそうよ。普段はユニオンの端末に連絡が来るんだし」
「その端末が壊れてる状態で、あんたにユニオンからの連絡を取りたい場合の緊急通信手段はないのか?」
「携帯端末に呼び出しコードが届くんだけど、携帯端末もあの状態じゃダメね」
「じゃあ、こういう事態に陥った時、ユニオンに助けを求める手段は構成員にはないってことか」
「なくはないわ。だからユニオンに連絡を取りたいんだってば」
「連絡を取ったらユニオン側がどうにかしてくれんのか?」
あたしはしぶしぶティアドロップのピアスを外した。
「これよ。ユニオンから支給された発信機。半径一キロ以内に受信機が近づけば自動発信するの。ランデブーポイントを指定すれば向こうが見つけてくれる」
本当は、構成員に何かがあった時、ユニオン支給の端末を確実に回収するためのもの。決して構成員のためのものじゃないんだよね。
構成員以外に話すときついペナルティが来るかもしれない。でも、今はそんなことを言っていられない。
「発信始めたら光るから」
そう言ってダイの手にピアスを置く。大きな手の中では本当に小さな涙に見える。
「受信圏内に入れば誰が接近しているか、ユニオン側には伝わると考えていいんだな?」
「そのはずよ。今まで使ったことないけど」
「発信内容が変えられればいいんだがな」
「多分無理ね、道具もないし」
「じゃあ、ダイはそれ持ってユニオンの事務所に向かってくれ。向こうからの接触を待とう」
「分かった。それからここは引き払ったほうがいいな。二人も場所を移してくれ」
「そうだな。ダイと一緒に出よう」
「え? ここで隠れて待つんじゃないの?」
ここなら安全だと言ってなかった?
「ダメだ。ここに長くいすぎた。そろそろ嗅ぎつけられる。俺もハルも危険になる。トンネル横丁で落ち合おう」
「そうだな」
二人はテキパキと片付け始めた。
「ミオは荷物をまとめて。鞄は部屋にあるやつを適当に使ってくれ。それからその服も変えたほうがいいな。ダイ、何かあったっけ」
「あんたの寝てたベッドの下、見てみな。妹の服が難点か残っているはずだ」
皿を洗いながらダイは肩越しに答える。
「急いでくれ。すぐに出るから」
「わかったっ」
あわてて隣の部屋へ飛び込む。
この時、ピアスが光っていたことを、あたしだけが知らなかった。
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