第18話 ミオは自分が賞金首になっていることを知る
「で、あのあとどうなったの?」
お代わりに口をつけながら話を元に戻す。
銃器を向けられるのは慣れちゃいないけど、たまにある。お客さんの荷物と信頼と、自分の身は自分で守る。それがあたしのプライド。
なんだけど……。
「あの時、十人以上に囲まれてたからね。あんたのあの武器じゃ多勢に無勢だと思って」
とっさに背中を探る。が、隠しポケットに入れておいた得物はなくなっていた。
「ああ、ごめん。寝かせるときに邪魔だと思って外したよ。あんたの他の荷物と一緒に置いてある」
「荷物……そうだ、ちょっと、あたしの荷物返してよ」
「隣の部屋にある。でもまだ渡せない」
「はぁ? どういうことよ。あんたたちやっぱり何か企んでるわけ? あたしを監禁して何の特があるっていうのよっ!」
立ち上がって部屋を横切ろうとしたあたしを、人さらいは先回りすると元の席に押し戻した。
「話を最後まで聞いてから判断してくれ。それと、悪いとは思ったが、荷物は改めさせてもらった。……というか、あんたを助けた時に鞄の中身を船の床にぶちまけちゃってね」
「船?」
「ああ。あの場所、よく旅行者が落っこちるんで、下の方に防護ネットが張ってあるんだよ。で、救助用の特殊飛行艇が常時待機してるんだ。あの時はダイが飛行船で直接キャッチしてくれてね、その時にちょっと」
「そう」
あの場所の足元にたゆたう街の姿を思い出す。
不意に落ちていく感覚が戻りそうになって、自分をかき抱く。重力圏で高いところが怖いわけでも嫌いなわけでもなかったけど、しばらくはトラウマになるわね、これ。
「寒いか?」
「大丈夫、続けて」
「そうか。……パラシュートも使ったんだが、二人分の重量に耐えられなかったらしくて、船に墜落してね。船ごと墜落しちまって。いやー危ないところだった」
「それって、死にかけたってこと?」
いきり立ったところで、戸口からのっそりともじゃもじゃ頭が現れた。
「ダイ、お疲れ様。先生ちゃんと送ったか?」
先生、というのは先程の老医師だろう。もじゃもじゃ頭はうなずき、椅子を引き寄せて座った。
「ああ、いつも通りに。それにハル、嘘は良くない。パラシュートが破れる前には船でキャッチしてたろ。この人の荷物をぶちまけたのはハルが鞄壊したせいだ。荷物、確認してもらわないと」
いいこと言ったっ、もじゃもじゃ頭。
舌打ちしてる人さらいを見て、内心快哉を叫んだ。
身につけてたはずの携帯端末も指輪もピアスも全部、取り上げられてるんだもの。
そうでなくとも何の連絡もなく一拍してるんだもの、まずはジャンと、ゼン爺に連絡取らなきゃ。心配してるに違いない。
「ダイ、バラすなよ。せっかくドラマチックに脚色してだなぁ」
「荷物、返して」
手を出して睨みつける。人さらいの言い分など聞く気もないわ。
「分かった、返すよ。ダイ、箱ごと持ってきて」
もじゃもじゃ頭はうなずいてカーテンをくぐり、すぐ一抱えの箱を持って帰ってきた。
取っ手が撮れた鞄と買った土産物、カメラとレンズ、記憶媒体とライト、化粧品一式と運び屋ユニオンの端末。書類ケースにブーメラン。青いティアドロップのピアスに指輪と順に確認をしていく。
「ごめん、携帯端末とそっちの端末は衝撃で壊れてた。カメラとレンズは無事だと思うけど」
言われた二つを手に取った。ブラックアウトした上にひびの入った外装。画面にも細かいひびが入っている。
ユニオンの端末はまだいい。これは借り物だし中身のバックアップは常に自動で走っている。ユニオンの出張所で代替機を貰えば仕事にも差し障りはない。
だけど、携帯端末は。
個人的な連絡先も、お得意先のユニオンに知らせていない情報もこちらに入っているのだ。中身のバックアップは常に行っているし、最後のバックアップは昨日の出発前だ。その後増えた情報はないはずだから問題はないけれど。
だけど。
だけどっ!
「……ゴメンじゃすまないわよっ! どうしてくれんのよ、これっ。すっごい気に入ってたモデルで、今じゃ手に入らないのよっ! それに早く船に連絡入れなきゃならないのに、これじゃ連絡の取りようがないじゃないのっ!」
昨日頼んだ荷物を積んだらゼン爺に船の修理してもらって、次の仕事までシドのところでゆっくり休暇を過ごすつもりだったのに。
「弁償で済まないわよっ!」
「でも、あんたを助けるためにずいぶん骨折ったんだぜ?」
「なによっ、今回の騒動はあたしのせいだって言いたいわけ? 物騒な連中に狙われるような悪いことなんかしてないわよっ!」
「あんたになくてもあんたが運んだ荷物に問題があるんじゃないのか?」
その一言に動きを止めた。沸騰しかけていた頭が一気に冷めたのがわかる。
「荷物? 何のことよ」
そう。この男に自分の職業を話した記憶はない。
配送票の入った書類ケースは簡単に開けられない仕様だし、ユニオンの端末も見ただけでは単なる業務用タブレットにしか見えない。
なのに、なんで知ってるわけ?
「便利屋シェケル、だっけ。最近のホウヅカではちょっとした有名人だよ、あんた」
そう言って、人さらいはあたしの目の前に画像データをつきつけてきた。
あたしの立体顔写真と、目の飛び出るような金額の報奨金。
「はぁ? 何なのこれ、何の冗談よっ!」
しかも、『生死を問わず』。
生死を問わず??
あたしが何したっていうのよっ! 命を狙われるほど恨まれた記憶はないし、そんなにヤバいぶつの配達を頼まれた覚えもない。
今回の配達だって、配達日時指定、場所指定、超特急便だったっていうだけで、いつもと変わらない。
「思い当たることは……ないみたいだな。まあ、そんなこんなであんたをすんなり開放するわけに行かなくなった」
「何でよっ! あんたたちまで賞金目当てなわけ?」
「さて、どうしようか」
値踏みをするような人さらいの目。口元は笑っていても、目が笑ってない。
「いじわるはよせ、ハル。その気ならそのブーメラン、返してないだろ?」
もじゃもじゃ頭に言われて、人さらいは肩をすくめた。
「まぁね。とにかくあんたをここから出せなくなったのは本当だ。このまま解放してふらふら歩いてたらどうなるかぐらい、想像はつくよな?」
その言葉に黙り込んだ。悔しいが言っていることは事実だ。こんな手配書が出回ってるんじゃ、迂闊には出歩けない。
「その手配書、あたしを騙そうとしてあんたたちが作ったんじゃないでしょうね」
「あんた一人騙すためにそんな面倒なこと、誰がするか。ブラックネットに手配書載せるのだってタダじゃねえし。しかも出元は伏せられてたが、賞金確度が高いと来た」
「何よそのブラックネットとかって」
「殺人、誘拐、強盗、なんでもありの裏サイトだ。仕事の斡旋もしてるし、請負人の斡旋もする。あんたの手配書も最初に流れたのはここだ」
「……じゃあ、確度が高いってのは?」
「ブラックネットの運営側が賞金提供者の身元を確認して、ガセや釣りじゃなく、実際に支払われる可能性が高いってことだ。普段ブラックネットの情報なんざ気にも止めない奴らでさえ、本気になる金額だからな。通常のネットにまで拡散されてる」
「うはぁ、冗談でしょ」
あたしは頭を抱えた。
つまり、ほとんどのこの星の住人にとって、この顔はキャッシュに見えるわけだ。
深いため息をつく。
「……分かった。殺されたくないからとりあえずは信じる。あんたたちの話を聞かせて」
「物分りがよくて助かるよ」
そう言って微笑む人さらいの言葉が皮肉にしか聞こえてこない。
何でこんなことになったのだろう。
「で、どうするつもり? ほとぼりが覚めるまでここにこもるってわけにもいかないんでしょう? 何かアイデアある?」
「そうだな、あんたを差し出して金を貰うってのも魅力的だが」
ハルはウインクをよこしてきた。
やっぱりこいつ、自分が女にモテるって自覚があるんだ。こんな緊急時においてさえどこまで気障なんだろう。ああまったく、いらつくったら。
「他の提案は?」
「メシでも食いながら考えるさ」
「もうすっかり冷めちまったけどな」
二人が同時に立ち上がる。あたしもしぶしぶその提案に賛同した。
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