第五章 なんであたしが賞金首?

第17話 ミオは見知らぬ家で目を覚ます

「おい、飯が覚めるぞ」


 レディに向かってメシとか言うなっ。だいたいあんたはデリカシーってもんがなさすぎるのよ。

 そう唸ると、声の主が苦笑するのが分かった。


「悪かったな、デリカシーなくて。ほれ、起きろ」


 誰かが体を揺さぶっている。なに?

 ふわふわした感覚が消えていく。

 目を開けると、知らない顔が覗き込んでいた。もじゃもじゃ頭は一緒だが、あいつはこんなに線細くない。


「だれ? あいつはどこ?」


 目をこすろうと腕を動かしたが、腕の重さに顔をしかめた。

 なんでだろう、ひどくだるい。

 今の今まで目の前にいたデリカシーのないアフロヘアはどこかに消えていた。


「夢だったのかしら……」


 思わずつぶやくと、もじゃもじゃ頭の男は苦笑した。


「まだ寝ぼけてら。おーい。お姫様のお目覚めだぞ」

「寝ぼけてって……あれ? あたし、ここ、どこ?」


 いつもの見慣れた船室の天井じゃない。木目の見える天井に白いレースが揺れている。

 どこ? ここ。何?

 勢い良く起き上がる。と、途端にぐるんと世界が傾いた。

 目を開けられたのは、もう一度ベッドに倒れこんだ後。

 うわぁ、体調最悪。


「大丈夫か? ダイ、何したんだよ」


 さっきのもじゃもじゃ頭と違う声が聞こえる。

 この声、どこかで聞いたことがある。

 昨日だっけ……どこかで……。


「何にもしてねえよ。勢い良く起き上がったせいで貧血でも起こしたんだろ。あとは任せたぞ」

「運転手!!」


 ガバッと起き上がる。頭が少しふらついたけど、なんとか堪えて顔を上げる。

 バスの制帽も白いカッターシャツも手袋もしていなかったけど、間違いない。口調も運転手してた時に比べたらずいぶんフランクだけど。

 少し長めの黒髪、前髪をかきあげたら女性受けしそうな甘いマスク。今日はジーンズにTシャツの出で立ちで、まるで学生のよう。


「ようやく起きたな。気分は? 吐き気とかはない? 起き抜けなんだから無理するなよ。とりあえずこれでも飲んで」


 至近距離にコーヒーのいい匂い。受け取ったマグカップはほかほかで、たっぷりのミルクなのにコーヒーの味が死んでない。

 胃から身体中に熱が伝わって行く感覚に、全身が冷え切ってたのを初めて自覚する。

 それと同時に手足の緊張もほぐれてきた。


「少しは落ち着いたか?」


 運転手の声にうなずいた。


「で、どこまで覚えてる? 昨日のこと」

「昨日……? え? ちょっと、今何時?」


 コーヒーの美味しさにごまかされてる場合じゃないわよ。昨日のうちに船に戻ってゼン爺のところに行くつもりだったのにっ。


「朝の七時。あんた全然目を覚まさないから、医者を呼んだところだ」


 運転手――ううん、人さらいに降格っ。人さらいはしれっと言う。


「一体全体、なんなの? あんたたちは誰? ここは一体どこ? どうしてあたしがここにいるわけ? 何があったの?」


 人さらいは両手を上げてあたしを制止した。


「ストップ。順に話すから落ち着いて。とりあえずこっち来て。お代わり入れるから」


 促されるまま、ベッドから起き上がって、手近な椅子に座る。

 コーヒーのおかわりをくれて、人さらいも椅子に座った。


「まず自己紹介しておく。俺は――ハーミット。ハルって呼んでくれればいい。君のことはなんて呼べばいい?」

「――ミオ、よ」

「OK、ミオ。昨日のことはどのぐらい覚えてる?」

「どこまでって、仕事でこの星に来て、なかなか入星出来なくてイライラして、とっとと仕事を済ませて、王城行って土産買って、王庭で日没を堪能して、夜景見に行って――」


 順に指折り数えながら記憶を辿る。


「で、バスに乗って、運転手はあんたで、最高の夜景撮れた。そのあと――」


 言葉を濁す。

 あれが夢でないなら、武装した連中に襲われかけた。はず。


「うん、よかった。あんたの頭は正常なようだ。記憶が飛んだりしてないね」

「……ちょっと、一体あたしに何したのよっ。あの時落ちて、なんで生きてるのよっ」

「あー、やっぱりそこは覚えてないか。着地した時、失神してたもんな」

「そりゃ酷ってもんだ。あの状況で正気保ってられるの、お前ぐらいだって、ハル。それと、センセー来たぞ」


 もじゃもじゃ頭がカーテンの隙間から首を引っ込める。入れ替わりで年配の医者が入ってきた。医者は医療キットをあちこち取り付けると脈を見たり舌を見たりして、異状なしとの見解を述べると帰っていった。


「今時、医療キットだけで診察されるなんて初めてじゃないかしら。ホウヅカは本当にアンドロイドを禁止したのねえ」


 医者を見送ったあとでぼそっとつぶやくと、人さらいは首を振った。


「王族や一部の富裕層では禁止されてない。要するに貧乏人は贅沢品を持つなってことらしい」

「贅沢品、ねえ。大量生産されて随分安くなってるんだけどなぁ。そっちのほうが余計なコストかかると思うんだけど」


 そう答えながら、入港前に見た資料を思い出す。

 安価な衛生兵を民間人に持たせたくないということなのだとしたら、あの時感じた違和感も納得がいく。


「さあね。医療キットは福祉の一環として無料配布されてるけど、シリアスな怪我や病気には無力だからな」

「そういう時はどうするのよ」


 すると人さらいは苦笑した。


「やぶ医者を頼るのさ。さっきのやぶ医者でも医療キットよりは役に立つ」


 うわっ、聞くんじゃなかった。

 あたしは身をすくめた。


「そんな羽目に陥らないことを切に願うわ」

「そうだな」


 人さらいの目がほんの少しだけ悲しそうに見えた。ホウヅカは観光星として有名だが、光の形作る影はその分濃いのかもしれない。

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