第13話 アンドロイドは襲撃者と交渉する

「おま、なに、バカなこと言ってんだよ」


 男の声は裏返っていた。


「ほらぁ、覚えてないぃ? 首元からくるぶしまでの白いロングコート」

「あんまり覚えてねぇ。金持ってそうだな、とは思ったけどよ」

「ナッチってばぁ、肝心なこと見落とすよねぇ」


 彼女はそう言うとポケットから手のひら大に折りたたまれた携帯端末を取り出し、広げた。


「えっとぉ、これこれ」


 指を滑らせて、空間に立体映像を出す。映像に乱れはあるものの、被写体ははっきり映っている。銀色の髪を長く伸ばし、立て襟の長い白上衣をつけた男の立ち姿だ。


「あとでトラブるのが嫌だからさぁ、たいてい依頼の時の通信は録画しておくんだけどねぇ、あの時の通信、なんかスクランブルがかかっててぇ、録画がきちんとできなかったのよねぇ。音も残ってなかったしぃ。で、一枚だけプリントしたのだけ残ってたのぉ。ほらぁ、襟の金縁刺繍と目の下のタトゥー、王家の紋章でしょぉ? こっちが公式発表されてる王家の正装姿。あのタトゥー、生まれてすぐつけられるんだって聞いたことあるしぃ」


 二枚目の映像は、同じような服装をした家族の肖像画だ。椅子に並んで座る老夫婦と、二人を囲むように立つ三組の夫婦、それから小さい子供たち。


「言われてみりゃ確かに似てる気がするな。でもよぉ、気がついてたんなら何でその時に言わなかったんだよ。最初っから詐欺られてたんじゃねーか。王族から依頼なんて来るわけないんだっつーの」

「気がついたのさっきだもん。それにさぁ、王族からの依頼、来たことあったよぉ?」

「え?}


 男が驚いたように目を見開くと、彼女は肩をすくめた。


「ナッチ、ほんっとーに依頼人に興味ないよねぇ」

「俺は、金さえ払ってくれりゃぁ相手なんざなんだっていいんだよっ」


 男は唇を尖らせた。別の画像が開いた。白いシルエットの船。船名はルーシック二世号と読める。


「ほらこれぇ。三ヶ月前にやった豪華客船だよぉ。覚えてるでしょぉ? めっちゃ報酬がよかったあれぇ。あの時は通信記録もちゃんと撮れてたしぃ、本人確認が声紋でもできたしぃ、バイオコードも送ってきてたのよぉ? 普通のカッコしててっぇ、王族っぽくなかったから全然気がついてなくってぇ、あとになって王族だったって気がついたのよねぇ。惜しいことしたわぁ」

「げっ、あれ王族だったのかよっ。思いっきり蹴っ飛ばしちまったじゃねーか」


 悲鳴を上げて男はのけぞった。


「そーいえばそうだったっけぇ。でも、恨み言一つ言われなかったわよぉ。むしろまた頼むって言われたくらいなんだからぁ。でねぇ、今回の依頼人の情報、声紋称号出来なかったからぁ、画像と名前で検索してみたんだけどぉ、情報がひとっつもないのねぇ。バイオコードも記録もとれてなかったしぃ」


 検査結果のウィンドウが開く。女の言うとおり、情報は皆無だった。


「そりゃ、目の前の人物に聞いたほうが早くねぇか?」


 同時に振り向いた二人の視線が刺さる。

 私は首を振った。どこから説明したら理解してもらえるだろうか。


「まず二つの間違いがあります。私はあなた方のおっしゃる王族とやらではありません。目の下のタトゥーなどありませんし、この星との関係は仕事上のもの以外全くありません。上陸したのも今回が初めてです」

「えーっ、そうなのぉ?」

「ほら、王族なんかじゃねえじゃねえか」

「でもぉ」


 二人の反応を見つつ、続きを口にする。


「それから二つ目。私があなた方に会うのは、今日が初めてです。襲撃の依頼をしたこともありません。その依頼とやらはいつ受信したものですか?」

「えっとぉ、ホウヅカの標準時で九時間前かなぁ。緊急の依頼だったからぁ、いつもより大目に払ってもらう約束だったんだけどぉ」


 九時間前。

 私の記録レコードが欠損している時間帯だ。

 これが、私が目覚めてのち、強行着陸を計画したあとのものであれば、老師が手を回してくれたものと判断ができた。墜落ポイント、シュガーポットの偽装、トランスポンダーの偽装も老師のアドバイスを受けてのものだ。

 だが、それ以前に先読みして依頼をしたとなれば、私の行動の原因まで遡って、全てが計画のうち、ということになる。

 そもそも偽装機能は今回初めて知ったのだが、老師やミオはこういう危機を予測していたのだろうか。

 欠損時間ロストタイムに何があったのか。

 やはり老師が今回の 一件に無関係とは言い切れないのではないか。

 その疑惑が再燃する。

 もし、彼らへの依頼が母船からのものだとすれば、母船を襲った連中の仕業だろうか?

 否。

 宙港に離床申請をする私の映像を短時間で作れる技術があるなら、襲撃依頼で危険を犯して停止画像を利用する必要はないはずだ。あの映像は捏造ではないことが確認できたのだから。

 開いたままの依頼人の映像をじっくり見る。彼女の言うとおり、タトゥーが見える。ツル状の紋様と額に角のある獣をあしらったと思われるシンボルの組み合わせ。

 紋章をセンターに照合したところ、ホウヅカの王家直系しか使用を許されない紋様で間違いなかった。無断使用すれば間違いなくてが後ろに回る。

 スクランブルをかけていたのは、画像が捏造であることを見抜かれては困るからだろう。


「どっからどーみてもあんたにしか見えねえんだがなぁ」


 男の声に私は首を横に振った。


「通信記録が撮れない、声紋照合もバイオコードもない。本人確認が一切できなかった時点で、その依頼者が私である可能性はほぼゼロといえます。仮に私が依頼人だとした場合、私の船の襲撃依頼をすることを隠す必要は全くありません。私からの依頼である、とあなた方に思い込ませ、私の乗るこの船の襲撃をさせたのは間違いないでしょう。おかげで、予定していたポイントより外れた場所に墜落する羽目になりました」

「そうかな。本当に王族からの依頼なら、身元を隠すのもありなんじゃねえかと俺は思うけど」


 男の言葉に首を傾げる。


「なぜです? 以前の依頼人は身元を隠そうとはしていなかったのでしょう?」

「そりゃ王族ったって、いろいろいるからさ。身元を隠したい者もいるだろうよ。俺らにとって見れば、王族ったって単なる金づるでしかねぇ。だけどよ、王族に恨みをもつ人間だっていないわけじゃねえ。好かれる奴もいりゃ、嫌われる奴もいる。自分の船でない船を襲撃屋に襲わせたのが自分だと知られたくない奴もいるだろうよ」


 それは理解できる。しかし、今回に限ってはその推測は当てはまらない。身元を隠したいのならばなおさらだ。


「だとしても、王族の身分を隠そうとする者が、王族の正装などを静止画に使うでしょうか。むしろ、王族と勘違いされることを期待しての行動としか思えません」

「それもそうか。でも、俺らは――少なくとも俺は王族とは気がついてなかったし、王族のカッコしてたから仕事を受けたわけじゃねえ」


 そうだ。

 合理的でない。

 私が依頼したと偽装する画像を作るだけならば、危険を冒してまで王族に仕立て上げる必要はないはずなのに。

 母船を襲い、ミオの殺害予告をして、合法的に地上に降りられない私を無理に地上に降ろさせ、シュガーポットを襲った二人は私に依頼されたと言い、その依頼主は王族だという――。

 誰かが私を試そうとしているのだろうか。

 頭を振ってその仮定を一周する。

 非論理的思考だ。誰がアンドロイドを試すというのだろう。


「判断材料が足りません。誰が何の目的でやったのか。誰かの意図によるものだと分かっているならなおさら、次にどう動くべきなのか」

「そんなこまけぇことはいいんだよっ」


 男が続く言葉を遮った。苛立っているのが見て取れる。


「問題は、誰が金を払ってくれるのか、だ。あんたが払ってくれるならそれで構わねえよ」

「ナッチぃ、それは短絡すぎると思うんだけどぉ」

「この俺がタダ働きだなんて許せるわけねーだろうが。きっちり貰うもん貰えりゃそれでいい」

「そりゃまあねぇ、貰えれば嬉しいけどさぁ、でもぉ」


 彼女はちらりとこちらを見た。

 彼女が何を期待しているのかは類推できる。だが、謂れのない請求を支払う義務はない。


「この件では私に支払い責任はありません。そもそもこの船は私のものではないですし、私が私的に所有することが認められた財は全くありません。残念ですが」


 そう答えると、彼女は目を伏せてため息をついた。だが。


「あんたの船じゃないってことはあれか? 強奪してきたのか?」


 考えがあるのだろう。男は何か思案顔で慎重に口を開いた。


「違います」

「識別コードじゃどこぞの金持ちのプライベートシャトルってことになってるけど、それにしちゃ船内の内装が全然金かかってねーもんな。もしかして納品前の船か?」

「それも違います」

「じゃあ、偽装か」


 男の目が光る。明らかに彼は私の反応を伺っている。私のウィークポイントを探っているのだ。


「この船、上陸許可取ってないんだ。図星だろ。そこまでして何で上陸しようとしたんだよ」


 私はうなずいた。隠す必要もない。


「ええ、緊急事態でしたから」

「ふぅん、否定しねーんだな。もしかして、極秘任務とかか?」

「似たようなものです」


 苦笑しながら返すと、男はこちらを見てニヤリと笑った。


「ふーん。……なあ、あんた。取引しねぇか?」

「取引、ですか。先程も申し上げたように、私が支払える者は何もありませんが」


 しかし男は手を振った。


「そう言うんじゃねえ。案内人は要らねえかって聞いてんだよ。あんた、この星は初めてだって言ったよな」

「はい」

「で、なんだか知らねえが急いでどっかに行かなきゃならねえんだよな?」

「ナッチ?」

「しばらく黙ってな、スゥ。――なあ、俺らとしちゃあ、あんたを不法入星で当局に突き出すことだってできる。でも、そんなことして何になる? 金になるわけじゃねえ。俺たちは金がほしいだけだ。あんたが何を探してんのかは知らねえが、この星をよく知らねえあんたよりは役に立つと思うぜ?」


 自信たっぷりの表情。切り替えの速さといい、頭の回転の良さといい、度胸の良さといい、立派な詐欺師になれるだろう、彼は。


「その主張はごもっともですが、先程も申し上げたように――」

「支払えるものは何もない、だろ? でもよ」


 男は続きを引き取って続けた。


「金だけが支払い方法じゃねえぜ。情報だって人脈だって構わねえ。頭脳だって才能だって、知名度だって金に変えることはできる。俺らの住んでる世界はそんなとこだ。あんたにだって何かあるんじゃねえの?」

「ナッチ、単純にお金のほうが好きなくせにぃ」

「そりゃそうだけどよ、ないんなら仕方ねえだろ? 何なら、全部終わったあとにこの船の持ち主と直談判してもいいけどよ」


 数秒ののち、私は首を横に振った。こういう場合のミオの反応予測はほぼ外れない。


「それはやめておきます」


 現時点で再優先されるべきはオーナーであるミオの発見と確保。

 次いで母船を襲い、所有権ファイルを強奪した賊・オメガの発見とファイルの奪還。

 そのためにここまで来たのだから。

 目的達成の可能性にプラスになる要素を否定すべきでない。そんな余裕はないのだ。


 ――無論、それにより発生するであろうマイナス要素も考慮して。


「あなた方を案内人として雇うほうが合理的だと判断できます。ただし、支払い方法は仕事の完遂後にこちらが払える方法でよろしいですね?」

「よっし、交渉成立だ。俺はナイ・ナッチ。あっちのはスージー・スゥだ。あんたの名前は?」


 差し出された手を握り帰す。


「そうですね、とりあえずジョンと呼んでください」

「とりあえず、ね。でさ。これ、やっぱ外してもらえねえか?」


 手首の金属をさして言う。私は首を横に振った。こればかりはどうしようもない。


「申し訳ありません。本当にここには鍵がないのです。ミオが帰ってこないと」


 普段使わないものだから、ミオのバイオコードでしか解除できない。事が終わったら私の認識コードも登録しておいてもらわなければ。


「ミオ?」

「ええ、私が探している、あなた方に強力をお願いしたいのは、この船の――私のオーナーを探すことです」

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