第四章 ロボットはお嫌い?

第10話 アンドロイドは不審者と接触する

 本日二度目の再起動。

 自己診断プログラムの結果は問題なし。――いや、一項目だけエラーを返してくる。有効な勾配契約書による所有者確認シークエンス。それを黙らせて、診断を終了させる。

 今回は二分三十八秒の空白時間で済んだ。それ以外の記憶メモリー記録レコードも消えてない。

 船内ネットワークは健在だ。外部ネットワークもちゃんと見えている。アンテナは無事のようだ。

 目を開けると赤い非常灯が点滅している。

 非常用安全ベルトを解除してコンソールに手を伸ばす。

 小型着陸艇シュガーポットは母船と違って操船ネットワークがない。直接操作をするしかないので私にとっては少々面倒な話だ。

 船の点検プログラムを走らせつつ、有効なネットワークを探し当てる。

 無傷とは言い難いが、無事着陸には成功したようだ。

 ホウヅカの衛星から送られてくる位置情報から現在地を割り出す。点在する都市から程よく離れた、砂漠地帯の辺縁。点在する岩山の中腹にいることを確認する。

 ゼン老師から聞いたポイントからはずいぶん外れてしまったが、墜落しかかっている船を問答無用で迎撃する輩がいるあたり、リクエスト通りの『当局の目の届かないエリア』であることは間違いなさそうだ。

 アリバイ用の救難信号は発信したままだが、警備艇がこちらに向かっている様子はない。

 救難信号はそのまま維持して、煩わしい船内アラームのみをオフにする。

 あの程度の砲撃で航行不能に陥るほどこの船はやわではない。襲撃者も一発で沈んだとは思っていないだろう。

 いずれ獲物の回収に来るに違いない。

 日が落ちたのは幸いだった。

 岩山と言っても高低差のあまりないエリアで、この船は目立ちすぎる。

 偽装用のシステムはあるが、墜落を装う際に外観を観光客のよく利用するプライベートシャトルに似せてオンにしたままだ。

 大破しない程度の砲撃を食らった理由もおそらくそこにあるのだろう。

 ここまでは老師の立てたシナリオ通りだ。

 無論、どこまで老師を信じて良いのかという命題は未解決のままだ。だが、目的達成の手段として他にない現状では信用して進む以外ない。

 ホウヅカの首都ミナベまでのナビをモニターに出し、受信できる全周波数をモニタリングしながら外部カメラの調整をする。

 操船ネットワークがあればこの程度の情報処理はAIに任せられるのだが、この船のAIはあまり優秀ではない。


『熱源接近』


 AIからの警告音を受けてモニターを切り替える。熱源帯からのビーコンで観光用巡回タクシーだと知れる。ホウヅカのセンターにIDを問い合わせると、たしかに正規の運行許可が出ていた。巡回コースの申請もされている。

 だが、ここは巡回コースから外れている。

 予想より早い。

 墜落した位置、被害の程度をリアルタイムで追跡していたのだとしたら、かなり手慣れている。

 タクシーは岩山の麓に停車した。

 救難信号を受けて自動的にここまで来たのなら、何らかの通信要求があるはずだ。

 そうでなく、偶然この船を見つけたのなら、当局への通報と救助要請を発信するのが通常のルーチンだ。

 だが、誰も降りることなく、何の通信をするでもなくタクシーは走り去った。

 無人タクシーだったようだ。おそらく近くに充電スポットがあるのだろう。タクシーが去ってからも熱源の存在を訴えてくる。

 と。


『あのー、お困りですかぁ?』


 いきなり舌足らずな声が割り込んできた。外部カメラを近景に切り替えると、肌色がモニターいっぱいに映っている。

 迂闊だった。

 タクシーはデコイだったのだ。まんまと注意をそらされてしまった。


『誰も乗ってないのかなぁ。それともまだ気を失ってるのかなぁ』

『んなわけねーだろ。カメラの広角が切り替わってんじゃねえか』


 外部の集音マイクの音に男性の声が混じる。別のカメラに切り替えると二人組の人間が映っていた。一人は火器を構えているのがわかる。


『起きてんのはわかってんぞ。さっさと開けやがれ。それとも、船ごとこんがり焼かれてぇのか?』


 応対をAIと、AIに上乗せしたシャトル乗務員の人格ペルソナに任せ、席を映る。

 プライベートシャトルに偽装している以上、その扱いはされるだろう。となると、次に来るのはハッキングだ。

 この船は操船ネットワークがない分、外部からの電子攻撃には強い。無線と有線、双方のネットワーク監視と防御に集中する。


『ハッキング、開始されました』


 AIからの報告。母船なら逆ハッキングをしかけられるのだが、この船にはその設備もない。

 できるう限りの全ての準備とハッキングへの防御を同時進行でさばきながら外の映像と音声をチェックする。


『やっぱまだるっこしいことはやめようや。要はこじあけりゃいいんだろうが』


 外の二人の声が流れてきた。


『ダメだよぉ。この間もそれやって怒られたじゃなぁい』

『同じヘマはしねーよ。保険屋が来るまでに片付けりゃ問題ねーだろ?』

『それにぃ、あんまりひどく壊したら気密性が保てなくなって全損扱いになるからぁ、賠償額も上がるって保険屋さんが言ってたしぃ』

『知るか。そんなこと。抵抗してんのは向こうさんであって、俺らのせいじゃない。よなぁ?』


 最後の一言はこちらのAIに向けて放ったもののようだ。


『ええとぉ、だから早く幸福したほうがいいですよぉ。ナッチ、気が短いからぁ』


 女性もカメラに向けて話す。ナッチとは火器をカメラに向けている男の名前のようだ。


『お前もとっととハッキング完了しろよ。素人じゃあるまいし、何ちんたらやってんだよ』

『それなんだけどさぁ。この船ぇ、操船アンドロイドがいないみたいなんだよねぇ』

『何? 今時そんな船があんのか?』

『それどころかさぁ、操船ネットワークもないみたいなんだぁ。取り付く島がないっていうかぁ』

『何だって? おい、これ、依頼の船じゃねえんじゃねえの?』

『でもねぇ、トランスポンダの応答はあってたしぃ、救難信号のIDとも一致してるよぉ?』

『準備完了です』


 AIのスタンバイ報告が二人の会話にかぶる。私は外部マイクをオンにした。


「その話、詳しく聞かせてもらえますか?」

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