第5話 アンドロイドは襲撃犯と話をする

『どうやら老人の話は本当のようだな』


 不意にスピーカーから降ってきた声に、私は驚かなかった。

 先ほど将軍と呼ばれていた人物とは違う声だ。


「言ったじゃろ? わしは嘘はつかんと」


 老師の勝ち誇った声。モニターの向こうにいる人物は知り合いのようだ。


『モニターされているだろうとは思っていました。こんにちは。初めましてと申し上げましょうか』


 私は口を動かさずに答える。しばらくの沈黙のあと、スピーカーが音を鳴らした。笑っている声音だ。


『なるほど、面白い。中身はまるで違うようだな。だが、記憶などいくらでも操作できる。クローニングも疑っていたのだが、検査ではノーと出た』

『どなたと間違われているのか知りませんが、勘違いが分かったところで解放していただけませんか』

『残念だがそれは無理だ。オリジナルを放置するわけに行かない』


 かぶせるように、威圧するように。そういうしゃべり方が身についた人物のようだ。

 オリジナル、という言葉をどう理解するべきか、判断がつかない。仕方なく、私は聞いた。


『どういう意味です?』


 それに答えたのは老師の声だった。


「お前さん、自分のスペックについては知っておろう。いつどこで作られたかも」

『はい』

「アンドロイドは通常、工場で大量生産される機能制限型と、そうでないお前さんのような高機能・高精度型に大別される。ま、この辺りはお前さんも知っとるな。で、通常はベースと成る骨格部に人工筋肉や人工皮膚で作られた外殻をかぶせる。毛細血管や皮脂腺、髪なども同じようにのう」

『ええ、存じております』

「お前さんの体はの、ある人物をモデルに作成された、最高級品だということじゃ」


 一拍の間を置いて、私は答えた。


『私のスペックから考えて、その答えは当然かと。老師もご存知かと思いますが』


 そもそも、高機能・高精度型アンドロイドを作るにはそれなりの理由があり、それ相応のコストがかかる。

 多くは影武者としての存在理由だ。完全な複製と言われるレベルのものになればなるほど、精度を上げるために時間とコストをかける。その結果がどうなるかは推して知るべしだ。

 実際、ミオが背負わされている金額は一般人では背負いきれない、目の飛び出るような額である。


「もちろん知っとる。しかも、お前さんは相当念入りに作られた個体のようじゃのう。髪が伸びるかどうかは知らんが、産毛などからも本物と同じDNAが検出されとる。実に丁寧な造りだ。スキャニングするまでわしも本当の人間だと思っておったよ。クローニングを疑った程度にのう。ほれ、ミオが最初にお前さんを連れて来た時じゃ。高スペックなアンドロイドは他にも見てきたが、ここまでの個体は初めて見たわい。お前さんの注文主は、DNAを必要十分なだけ取得できるほどオリジナルに近い場所にいる誰かか、当の本人じゃろうな。ま、もしかしたらオリジナルを殺して乗っ取ろうとしたのかもしれん。ま、それにしてはコストをかけすぎとるがの」

『ご推察のとおりだ、ご老人。時期を考えるに、おそらくは入れ替わるのが目的だったのだろう。二年前、お前がこの星に入れなかったのは、ある意味運命なのだろうな』

『二年前、ということは王庭の反乱と私のオリジナルに何か関連性があるのでしょうか』


 スピーカーの音が途切れ、低く抑えた音が聞こえた。向こう側で笑っているのだろう。


『そこまで知っていてもまだ自身については興味がないとはな。見事なものだ。お前のオーナーはこういうう事例に慣れているのか? それとも事情を知っている人物なのか?』

『存じません』

 自分について興味を持つなと言われたことはない。だが、自分が何者に成る予定だったかを考えても無駄だ、というミオの考えは合理的だと私は判断し、受け入れた。それだけのことだ。

 以来、自分が何者だったかを考えること自体を放棄した。いや、ミオに禁止された。――無駄は一切禁止だと。


「ふぅむ、そう考えるとミオは正しくこやつを導いた、と言えるのかも知れん。ま、偶然じゃろうがの。ミオがあの当時、何らかの事情を知っとったとも思えん」

『事情、ですか』

 合いの手を入れつつ、かろうじてつながったままの回線をたぐり寄せる。そろそろ頃合いだろう。


「うむ。まあ、お前さんを発注した当の本人に聞くのが一番じゃろうがのう。ジョン、お前さん、自分が襲撃された理由に心当たりはあるか?」

『ありません。整備不良の船に乗っていて襲撃を断ったからだと推測しています。私個人が襲われる理由がありません』

「お前さんならそう言うじゃろうの。じゃが、その理由があったとしたらどうする?」


 老師の言葉に私は一旦口を閉ざした。


「ここでお前さんに有益なアドバイスをしてやりたいところなんじゃが、お前さん、ミオが禁止したことはやらんじゃろ?」

『はい』


 オーナーが禁じたことについて私が逸脱することはありえない。


「なら、話はここまでじゃ。……のう、もうよかろうが。これ以上は何も知ることはできん。こやつが本人でなく、クローンでもなく、オリジナルだということはわかったじゃろう?」

『先ほど、この船のAIから彼の運搬記録と勾配契約書のデータを入手した』

「なにっ!」


 老師が声を荒げるのはよくあることだが、これほど焦りを感じさせる声音は初めてだった。

 彼が言う入手データは私もよく知っている。ミオがオーナーである証であり、ミオに対し、私が背負っている負債額の証だとよく目の前につきつけられた。

 そのデータが抜き取られたところで、オーナー情報が書き換えられるはずもない。

 そもそも、そんなに簡単にオーナー情報を書き換えられるなら、私はここにいないだろう。それぐらい難解な代物なのだ。

 それよりも、船のAIに施されたロックを短時間のうちに解除したことのほうが問題だ。

 コンピュータ内部のデータ自体は暗号化されている。船内の端末からアクセスしたところで、認証コードを知らなければ解読は出来ない。この船で登録されているのは船長であるミオと船の整備士でもある老師のバイオコード。そして私の個別認識コードのみだ。

 この船のそれを突破したということは、ほぼ全てのセキュリティを黙らせるだけの腕をもつハッカーがいるということになる。


「ルミナをどうしたっ!」

『何も。黙らせただけだ』

「あれはわしの生涯最高の逸品じゃったというに」


 ルミナ、というのがこの船のAIにつけられたソウルネーム(と老師が勝手に呼んでいる、AIに搭載された擬似人格のこと)だと老師が言っていた。ミオがそう呼んだことは一度もないが。


『何をするつもりですか?』

『安心したまえ、君には何もしない。ああ、いや。オーナー情報を書き換えて私の手元に置いておくというのもいいな。君は興味がないようだが、君の外見自体には価値がある』


 スピーカーの声は愉快そうに笑う。


「そう簡単には行かんぞ」

『問題はない。この二つのデータと、前オーナーの死亡証明書があれば、正式な手続きができる』

『……今、なんとおっしゃいましたか』


 宙港ネットワーク経由で船の操作系に侵入する。船内セキュリティを強化していたおかげでゲートを外からこじ開けるのに手こずった。今後は緊急のためのしかけを施しておくことにしよう。

 閉鎖されている船内ネットワークの一部を気づかれないように切り離し、支配下に置く。

 普段は使わないエアロック付近の無線音声通信が耳障りな高周波を撒き散らしながら起動した。人間には聞こえない音だから気づかれる心配はまずない。船内操船ネットワークに繋いで、宙港ネットワークを開放する。目の代わりに船内の監視カメラのモニター映像を手繰ると、与圧服のままの老師は丁度エアロックの真ん中に上下を保ったまま浮かんでいた。私自身が浮いている位置も確認する。


「おい、お前さん、なんかやっとるんか?」

『老師はそのままで。ミオに対して危害を加えるものは排除します』


 エアロック内の重力を地上モードに切り替える。私は右肩から落ちる形で着地した。


「もっと優しく降ろさんか」

『申し訳ありません。緊急事態ですのでご容赦ください』

「緊急もへったくれもあるかい。身動きできんのは変わらんのだぞ? 奴らの出方を見てからでも良かったろうに」

『そういうわけには行きません。ミオの敵は排除します。老師はもう動けますか?』

「わしは大丈夫じゃ」

『なかなか楽しいことをする』 


 スピーカーから声が降ってきた。楽しそうに笑いながら。


『船の全権を奪還させていただきます』


 AIにしかけられた逆ロックとトラップを解除、再起動の前に権限設定を逆転させて、完全に支配下に置く。

 ルミネのペルソナが愛想を振るのが鬱陶しい。


『無駄なことを』

「おい、無茶をするな。お前さんには十分な冷却装置がないんじゃぞ? 長く続けると……」

『心配ありません』

『じき終わろう。問題ない』


 スピーカーからそれだけ流れ、途切れた。


「何……?」

『老師』


 手首をひねって電子錠を振り落とし、目と口の遮蔽物をはがすと、ようやく口を動かせた。


「なんちゅう馬鹿力じゃ。そんな力があるならなんでおとなしく捕まっとったんじゃ。早う助けんかい」


 周りを十分警戒しながら、まだ座り込んだままの老師に歩み寄る。


「ミオに禁じられていますので。後ろを向いてください、拘束を解きます」

「どうした、どうなったんじゃ」


 私はおそらく、ミオがよく口にするところの『妙な顔』をしていたのだろう。

 手首をさすりながら立ち上がった老師に、こう告げるしかなかったのだから。


「この船には私たち二人以外、誰も乗船しておりませんでした」

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