第4話 アンドロイドは拘束される

 何が起こったのか、記憶メモリー記録レコードも残っていない。

 再起動した時には視界を遮られ、四肢も動きを封じられていた。

 口を開こうとしたがこれも封じられていて動かない。観測可能なものは聴覚と触覚、嗅覚のみとセルフチェックの結果が告げる。

 体に触れるものは他にない。宙に浮いているようだ。

 幸い、私のボディはあの衝撃にも耐えたよあうで、その他全ての機能に問題はない。欠損部位もなし。

 操船ネットワークが繋がっていれば何が起きたかは把握可能だったのだが、通信席から離れた場所にいるようで、接続は切れている。

 ホウヅカのローカルネットへの接続はぎりぎり残っている。ということは完全に外宙に出ているわけではないようだが、いつ切れてもおかしくない。通信を維持したまま沈黙する。

 船のセキュリティだけでなく自分のセキュリティレベルも上げておくべきだった。これは次回の教訓としよう。


「起きたようだな」


 聞き覚えのない、合成音声のような野太い声がすぐ近くから聞こえる。


「ガセネタだと思っていたんだがな、まさか本当にこの船に乗っていようとは。我々の目を盗んで星から出ようとするとは、なかなか根性があるじゃないか」


 どうやら誰かと勘違いしているようだ。


「それにしても今回はずいぶんおとなしいな。以前脱走した時はひどく手こずったというのに。観念したのか? それとも、念入りに計画した脱走計画が阻止されてそんなにショックだったか?」


 そう言われても、口が塞がれては答えようがない。口を解放してくれればいくらでも反論できるのだが。


「まあいい。おとなしくしておいたほうが身のためだぞ。もっとも、暴れるようなら薬で眠らせるだけのことだ。おっと、つまらん抵抗は考えるだけ無駄だぞ。貴様の危険性はよく知っている。おとなしくしていればこれ以上痛い目に合わずに済むが……分かっているだろう?」


 ここにミオがいたらこう言うだろう。

 『なんとまあ、陳腐なセリフを良くもそれだけ並べ立てたものね』と。


「おしゃべりはここまでだ。貴様にはまだ役に立ってもらわねばならんからな。連行しろ」


 足の方に張力を感じる。目隠しをされたまま宙を運ばれるというのは気持ちのいいものではない。


「将軍、小型の降下艇が積載されているようです」

「ふん、放っておけ。小娘はシャトルで地上に降りたのだろう? 他に乗員はいないと聞いている。何も出来やせんよ」


 扉の開閉音とともに声が途切れる。

 妙なことになった。

 船を占拠した輩はミオの動向を把握しているようだ。

 入港時に申請しているととはいえ、詳しい引き渡し場所と日時は、依頼人の安全のため、当局にも伝えない。

 いつから監視されているのだ?

 いつから通信を傍受されていた?

 入港許可申請時と入港手続き時以外で、ホウヅカの人間に私という存在が観測されるチャンスはない。

 もし当該人物が星からの脱出を企んでいて、逃げるためにこの星に乗ったのであれば、わざわざ当局に顔を晒すはずもない。私なら決して外から見えない場所に身を隠す。

 むしろ、入稿しようとする船に載っている時点で、同一人物でありえないことは明白だ。当該人物の所在が長らく不明というなら分からなくもないが、男の口ぶりからはそうは思えない。

 おそらく、船に私が乗っているという情報しか持っていないのだ。

 となれば、この男たちが当局の関係者である可能性は低い。

 当局の介入だとすれば、入港を許可したとしてもミオを自由に行かせるはずがない。即拘束、尋問、逮捕のフルコースだ。

 そもそも過去何度もこの星には来ているし、今回も入星申請している。その時点で拘束されているはずだ。

 牽引している人物が立ち止まったのだろう。反対の方向に張力がかかる。


「はい、了解しました」


 不意に声が聞こえ、体の方向が変わる。横から縦へ。何かがつま先に触れた瞬間に力を込めて蹴り、その反動で上に飛び上がろうとしたが、キツイ一撃が後頭部に振ってきた。


「馬鹿め、そのまま転がっていろ」


 重い音に続いて金属の擦れ合う音、空気の抜ける音。エアロックの扉の音に似ている。


「お、新入りが来たか。やれやれ、ずいぶんひどい輩だとは思わんか? 道連れは若いおなごがええと言うたのに。老い先短いジジイの最後の希望くらい、叶えてくれても罰は当たらんぞ」


 ゼン老師の声だ。異摘もよりは気弱に聞こえる。こちらを誰何する言葉がないことから、新しく増えた囚われ人が誰で、口をふさがれていることは分かっているのだろう。

 そもそも、老師が現れたのが始まりだった。

 入港の時点から監視されていたのだとすれば、彼の異例な出現が無関係であるはずがない。


「さて、困ったのう。身動きは取れんし、このままでは二人揃って真空に放り出されて一巻の終わり、じゃな」

『何をのんきなことを言っているのです』


 仕方なく声を出すと、ゼン老師のうろたえたような声が聞こえた。


「何じゃお前。喋れるのか。というか、一体どこから声を出しておる。不気味じゃぞ」

「企業秘密です」


 口を動かさずに声を発するのは不気味だからとミオに禁じられているが、そうも言っていられない事態だ。


『ということは、老師は目隠しされていないんですね?』

「あ? ああ、そうじゃ。」

『事情を聞いている余裕はありそうですか?』


 扉が締まってからは空気の漏れるような音はしていない。今のところすぐ処分するつもりはないようだ。閉じ込めるだけが目的ならば、まだ時間はある。


「どうじゃろうのう。お前さんがひと暴れするというなら時間はなさそうじゃが」

『私にとってはミオとこの船が最優先事項ですから、ミオに危険がない限り暴れることはできません』

「そう言うと思うたよ。まあ、時間はありそうじゃから話してやろう。わしが現れた時、驚いとったじゃろ?」

『ええ、留守にしているのは知っていましたが、ここで会うとは思いませんでした』

「ややこしい船の修理依頼があっての」


 ゼン老師の言うところの『ややこしい』は、大抵が法に触れる輩絡みのことだ。この辺りだと、観光客狙いの海賊まがいのことだろう。


「で、出張修理の帰りに奴らのいざこざに巻き込まれての。流れ弾で船をやられて、幸いパトロールに見つけてもらえたんじゃが」


 老師のところに行ったパトロールからはそんな報告はなかった。


「自力で家まで戻れんでのう。パトロールに引っ張ってもらったんじゃが、費用がべらぼうでの。ほれ、このところ燃料代が高騰しておるじゃろ? で、燃料代を稼がにゃならんなってな。交渉の末、パトロールの紹介で、宙港で修理の下請けをすることになったんじゃ。で、最初に頼まれたのがこの船だったってこったよ」

『そうですか。そのパトロールはおそらく偽物ですね。そもそもミオはここでの修理は断りましたから、老師が呼ばれる理由がありません』

「じゃろうの。来てみればミオの船だし、おかしいとは思っておったんじゃ。それに、話を長引かせろとの指示でな。ピンときた。じゃが、まさかお前さんがターゲットだったとはのう」

『ブロックサインには気がつきましたけど、間に合いませんでした。あんな方言の強い手話、よくご存知でしたね』


 船乗りの間でしか使用されていない片手手話。しかもこの星系では全く使われていない方式だ。様々な通信方法がインプットされている私でさえ買い得に時間を要したほど難解に崩されていた。


「お前さんなら気がつくじゃろうと思うての。それに、他の者が読めたら意味がなかろ?」

『間に合わなければ意味がありません。それはそうと、まだ隠し通路があるんですね?』

「あ、いや。あれは隠し通路じゃない。ほれ、後ろの方に潰れた区画があるじゃろ? 電気系統までイカれたと聞いておったから、警報の類も死んでいると踏んだんじゃが、当たりじゃったようじゃな。まあ、わしが何も言わなくとも、奴らはそこから入りよったが」

『宙港の関係者が修理を強く進めてきたのは、そういう被害が増えているからですか?』


 修理か襲撃か。

 どちらが先かは分からないが、セキュリティの死角をついた船荒らしの増加と、係員の強硬な態度は関係があると見て間違いないだろう。

 近隣の宙域で襲撃されてこの星に降りると、別働隊が待ち構えているのだ。

 係員の勧める修理に応じれば修理屋が、応じなければ別働隊が来る、というところだろうか。

 修理を宙港でせずに宙に上がると、おそらく待っているのは二度目の襲撃とその結果。

 当局としてはあくまでも深刻な被害に遭う船を減らすのが目的なのだ。でなければ当局も一枚噛んでいることになる。どちらにせよ、この星に入る船は金を落とすことになる


「そうかもしれんの。観光船が減ったのも、その辺りが原因じゃろう。この星は警察機構が全く機能しておらんから、賊を抑えることもできん役人は腐っとるし、住人も続々脱出しておると聞くし、不穏な噂ばかりが流れとる」

『それと私が拘束されていることと、何らかの関係があると?』


 あるはずがない。

 修理を断ったことで賊が侵入したのは分かる。が、将軍と呼ばれた男の話とは食い違う。私の拘束が目的だとはっきり告げたのだ。


「さあ、それはわからんがの」

『で、老師はどうか可愛rがあるんですか?』

「わしは巻き込まれただけのただの通りすがりの老人じゃ」


 あなたほどトラブルを引き寄せて歩く年寄りはいない。それも嬉々として寄っていく老人は。

 嬉しそうに目を瞬かせた老師の顔が容易に想像できる。

 私はつけないため息をつき、重ねて尋ねた。


『ところでゼン老師。その話、何パーセントが本当です?』

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