第3話 アンドロイドは留守を守る
あれから冒頭のシーンまでの二十分、戦争の物品チェックに勤しんでいたおかげで物資の搬入は実にスムーズに進んだ。
ミオがいつまで留守にするかは聞いていない。だが、王庭は夜景が絶品だと言っていたことから、それを見るまでは戻らないだろうと推測できる。
シャトルの予約履歴をたどればおおよその帰投時間はわかるが、暇になる時間を計算するのは有意義な仕事とはいい難い。
いつもならゼン老師と3Dチェスをして時間を凌ぐのだが、今回はその相手もいない。
先ほど、連絡しておいた警ら隊からは船がなく本人もいない、との連絡があった。
特に急いで探す必要もないので、それ以上の捜索は依頼せず、伝言をゼン老師宛に残しておくだけとした。気がつけば折り返しの連絡が来る。
物資搬入アンドロイドからの作業終了の連絡に、コックピットに戻る。
カーゴハッチを閉じればあとはミオからの連絡待ちだ。宇宙に上がって待っていれば良い。
宙港にこのまま繋留しておいても良かったが、着床ベースの少ないこの宙港では得策とは言えない。入港待ちの船の列に場所を明け渡すのが正解だろう。
入港して分かったことだが、多くの着床ベースでは船の修理が行われていて、空きがほとんどないのだ。これでは入港待ちの列は進まないだろう。速やかに明け渡すべきなのに。
合理的でない。
ミオの帰投まで数時間は余裕があると見て、通信席に座る。
今の時代、操船アンドロイド専用の無線ネットワークを構築してあるのが一般的だ。常時リンクしておけば、航行システムもセキュリティも通信も全て把握ができる。わざわざコックピットに戻って操作する必要も、人と同じUIを使う必要もないのだが、ミオが禁じている。曰く、『気持ち悪い』のだとか。
言葉は悪いが、要するに自分の目で確認出来ない状態で操船可能なことが『気持ち悪い』のだという。
故に、ミオが長く船を開けるときにしか使わない。
そもそも、この船はいまどき珍しく人間が一人で操縦するように作られている。この物理リンクもゼン老師に後付けしてもらった機能だ。補助AIは搭載されているが、外側からの制御が考慮されていないタイプだ。権限設定も固定で、コアな部分へのリンクはAIが許可しない限り出来ない。載せてある
それでも、ないよりはマシである。
コンソール下の専用スペースに手を差し込み、船の制御コンピューターにリンクする。
搬入物資のチェックリストに目を通しつつ、ハッチ閉鎖を指示したところでアラートが上がった。
『船の修理チームが乗船を求めています』
船のAIが告げる。私は眉をひそめる。ここでの修理の予定はない。
船外カメラの映像を拾うと、数体の修理用アンドロイドに混じって人影が見えた。
与圧服のヘルメットから見える白髪混じりの前髪、猫背に年季の入った丸眼鏡、深いしわの刻まれた四角い横顔。贈られてきたバイオコードを確認して、音声を船外スピーカーにつなぐ。
「ゼン老師、どうしてこちらに?」
『おお、ジャンか。まあ、いろいろあってな。乗船許可をもらえんかの』
「ミオの許可がありませんので、修理チームを乗せることは出来ません」
『相変わらず融通がきかんのう』
老師は横を向いたまま、左手を小刻みに動かしている。この船を熟知している老師が、船外カメラの位置を知らないはずはないのに。
「申し訳ありません、オーナーの命令ですので、ゼン老師といえどもお載せするわけには参りません」
『そうか。それじゃあ仕方がないの。ミオはいつ頃戻る?』
「伺っておりません」
『ま、それも仕方がなかろ。しかし、シドからの預かりものがあったんじゃが』
「申し訳ございません、命令ですので」
重ねて拒否すると、ゼン老師は苦笑を漏らした。
『そういえば、この間の3Dチェスの決着が着いておらなんだの』
「ええ、オーナーの帰りを待つ間にお手合わせをお願いしようと思っておりましたので、大変残念です」
『今からでも構わんぞ? 実は骨董品のチェスボードが手に入ってな』
「それは修理に伺った歳にでも拝見します」
『そうか。仕方ないの。せっかくここに持ってきておるのだが』
老師が右手をカメラに向けて差し出すのが見えた。
十センチ四方の黒い箱が手のひらに載っている。
「老師、私に骨董趣味はございませんが……」
続く言葉を紡ぐことは出来なかった。激しい衝撃を観測後、視界がブラックアウトした。
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