第2話 便利屋は異変に敏い

 ミオの乗ったシャトルが離床したのをモニター越しに確認後、物資の搬入をアンドロイドたちに指示して船内のチェックに向かう。

 前の仕事の際に破損したブロックの被害は思ったよりも深刻で、未だにブロック事閉鎖したままだ。

 入稿申請した際に外壁と該当区画の全交換を宙港の技術スタッフから勧告された。

 曰く、入港許可は出すが修理をしない限りは出港許可を出せないとのこと。

 それを聞いてミオが噛み付いたのは三十二分前のことだ。


◇◇◇◇


「この仕事が終わったらゼン爺のドックでオーバーホールする話はついてるのよ。ゼン爺のドック、知ってるでしょう? ここから目と鼻の先よ。そこまでこの船で行けないとでも思ってるわけ?」


 モニターの向こうの係員が気の毒に思えるほどの勢いでミオはまくし立てる。


『しかし、規則でして』

「何が規則よ。あんたたちが私腹を肥やしたいからやってるだけでしょうが。地獄耳のミオさまをなめんじゃないよ。知ってんだからね、入港した船に片っ端から難癖つけて、正規料金の三倍の修理代ふっかけてるって。ここが地上なら納得いくわよ? あんな状態で大気圏脱出なんかできやしないもの。当然よね? でも。ここは宇宙で、あんたたちの言い分は通らない。破損箇所は緊急マニュアルに則って応急措置してあるし、何の問題があるっていうのよ」

『いや、しかし、その』


 色々間違いを指摘したかったが、こんな状態のミオに話しかけたらどうなるか、私は過去何度か学習している。

 故に、私は観測モードに切り替え、ミオの後ろで沈黙を守ることに徹する。時折係員がこちらをちらちら見るのでモニターに写り込んでいることが分かるのだが、ミオの左手が拳に握られている以上、近寄るのは不可能だ。


「今のやり取り、全部録画してあるんだけど、それでも言い張るつもり? 即座にネットに流せる準備は出来てるのよ。さっさと手続きなさい。それともなあに? あんたたちがこのクライアントに頭下げて謝ってくれるわけ? 目ん玉が飛び出るような違約金、もちろんあなたが払ってくれるのよねえ? 特急料金払ってまで今日の配達を待ってる客がいるんだ。とっとと許可出しなっ!」


 ミオがモニターにつきつけた配送票を見た途端、係員の顔色が悪くなったのはここからでも見て取れた。


『し、しばらく、お待ちくださいっ』


 アヒルの鳴き声のような、とよくミオが称する声を上げて、映像が途切れる。

 ミオは忌々しそうに片耳のヘッドセットを外して叩きつけた。


「あーったくもう、いっつもいっっつも、この星だけは腹の立つったら。三倍でもやっぱり少なすぎたわ。成功報酬に上乗せ貰わないと割に合わないっ。いつまで経っても待機レーンから動けないわ係員は役に立たないわ、入港料も宙港使用料も燃料も高騰しちゃって……なんなの? 燃料がゼン爺のところの五倍って、ありえないわ。どんだけぼったくってるのよ。これでボッタクリじゃないってんなら、戦争でもおっ始めようって算段かしら。そんなニュースは聞いてないけど」

「ミオ、あ」

「もーちょっと待って」


 口を開いた途端、ミオは人差し指を立てて自分の唇にあてがった。右手はコンソールの上を滑っている。次々とスクリーンが開いて行く。


「あら、嫌な予感的中かな。この星だけ物価がべらぼうに上がってるわね。観光の星だから、輸入の量が多いのはいつものことだけど、ここ数ヶ月は異常な増え方してるわね。ハイシーズンならわかるけど、今は違うし、入星者数の推移を見ると、むしろ観光客の足が遠のいてる感もある」

「危険な兆候ですね。他の情報もその可能性を否定していません」


 ミオの意図を汲み取って、連盟のデータバンクからこの星に関するデータを漁る。だが、公開されている情報自体が少なく、大した成果は得られなかった。

 宙港経由でホウヅカのローカルネットワークにもアクセスできることから、通常の通信網は維持されている。制限されているようにも監視されているようにも思えない。


「もうちょっと詳しい情報が得られればなにか掴めそうなんだけどな……」

「連盟に参加していて且つこれほど情報の少ない星は珍しいですね。独裁や王政のままの星ではよくあることですが」

「それと戦争中の星もね。交戦規定に則って情報の非公開が認められているから」

「その場合でもアーカイブには過去の開示情報が残っているはずですが……ありませんね。そもそもの情報が少ない星なのかもしれません。もしそうでないとするならば、この星は戦争状態か、あるいは戦争中と同じレベルと認定された内戦状態である可能性が高い、ということになりますが」

「可能性の話だけど、備えておくに越したことはないわよね。……ま、こんな傷だらけの船、だれも盗んだりしやしないと思うけど」


 ミオは少し寂しそうに笑う。彼女にとってはこの船は家と同じだ。傷だらけのままの家を見るのはやはり忍びないのだろう。


「承知しました。船内のセキュリティレベルを引き上げておきましょう。それとミオ」

「なあに? その話はもうおしまいよ」


 展開したスクリーンを全て閉じ、ミオは顔を上げた。


「いえ、ゼン老師にコンタクトを取ってみたのですが、応答がありませんでした。最近の情報だとゼン老師のところも物価の上昇は見られているようで、五倍というわけではないようです」

「あら、ゼン爺いないの? 他に予約はないって聞いてたんだけどな。近くの警ら隊に連絡して様子見に行ってもらって。いつものオンボロ船が亡くなってれば出かけてるだけだろけど、爺さん、一人暮らしだから心配なのよねえ。ばったり倒れてても誰も気づかないだろうしさ。嫁か弟子でも取れば安心なんだけど」


 ゼン爺でないとできない改造あるしさ、と小さくつぶやく。


「嫁と弟子ではかなり違いますが。それにメディカルナースが常駐しているのではないのですか? 以前贈ったと記憶しておりますが」


 途端にミオは首を振った。激しく振ったせいで髪の毛がぐしゃぐしゃにもつれてる。


「贈ったんじゃなくて部品代のかたに取られたのよっ。金を払うまでのモノジチだって言って。あれは新品で手に入れた一品だったのよっ。いい金で売れたはずなのに。しかも手持ちの金がなくなったとかで勝手に売り払ってくれちゃって。質屋より悪質よっ!」


 再び左手が拳に握られる。

 借金のかたに引き渡した歳、質草だからと所有権を移さなかったおかげで、ゼン老師から買い取った中古ロボット業者に残債の一括支払いを請求されたのだ。

 ちなみに、最初にミオが差し出そうとしたモノジチは私であったのだが、ゼン老師の『男はいらん』の一言で却下された。

 もしかしたら、売り払われていたのは私のほうだったのかもしれない。その時に、あの残債をミオは一括で払えと迫られたのだろうか。どうやってもあの金額は払えないだろうに。


「ちょっと、いつまで待たせるつもり?」


 ミオは怒りの矛先をモニターの向こうにぶつけることにしたようだ。


「約束の時間に間に合わなくなっちゃうじゃないのっ! 次のシャトルに乗れなかったら、違約金、払ってもらうわよっ」

『大変申し訳ございませんっ、準備が出来次第、ご連絡いたしますっ』

「あら、素直になったわね」

『ところで、依頼主から何か預かったり言伝などを受けたりは』

「そんなこと聞いてあたしが答えると思ってんの? あたしにも守秘義務があんのよ。教えるわけないでしょう?」

「……配送票は見せてましたけど」


 拳が飛んできて、私は壁とキスする羽目になった。学習が足りなかったか。


『そ、それでは、今しばらくお待ちくださいっ』


 再び通信が途切れる。ミオは怒り顔で振り向いた。


「あーったく、うっさいわねぇ。配送票は入港申請の時に提出済みよ。運び屋ユニオンの入星審査が比較的ゆるくて済んでるのは、どこに何を配達するか正直に申告していることが前提なの。違反したらどうなるか、皆よく知ってるから誰も破らない。うちは法すれすれの超低空飛行だけど、違法な物には手を出さない、公にできない品物は運ばない、がモットーなんだから」


 逆さまに浮遊したまま、ミオの説教を拝聴する。


「失礼しました。ですがそれならなおのこと、配送票を見せた時の係員の態度の変わりように説明がつきませんね」

「……言われてみればそうね。さっさと席に戻りなさいよね。あんたが逆さま向いてたら話しづらいじゃないの」


 ぶんむくれたまま、ミオはぷいと背中を向けた。


「承知しました。それにしてもこの星への配達で何もなかったことがありませんね」


 微笑みを浮かべつつ、態勢を整える。許可なく戻ったら蹴りが入ることもあって、命令を受けるまで迂闊には動けないのだ。


「まったくよね。前回といい今回といい……そういやあんたを拾う羽目になったのもこの星だったわ」

「それは私の記憶メモリーにはございませんが」

「ああ、そっか。受取拒否されたから上陸しなかったんだわ」


 ドリンクボトルに口をつけたまま、彼女は視線を泳がせた。

 初めて起動したときのことは覚えている。オーナーが女性だということでささやかながら喜びを覚えたものだ。前後の経緯も何度も聞かされた。維持費もかさむ超高級アンドロイドを放り出さずに乗務員にしたのは、彼女なりの仁義があったからなのだとも聞いた。その点については多大なる感謝を常日頃捧げている。


「それでは、わたしを特注した依頼主はこの星の住人でしたか」

「まあ、そういうことね。気になる?」

「いえ、オーナーはミオ、あなたです。ただ、以前ローザから尋ねられたことがありまして」

「ユニオンの交換手AI? ああ、そういえばあんたに気があるとか言ってたっけ」


 ミオは鼻を鳴らした。行儀のいい振る舞いではないのだが、治そうとしない。


「それは誤解で」

『お、おまたせいたしましたっ、ご案内いたしますっ』


 宙港からの通信に、ミオは手で追っ払う仕草をした。席を外せ、の合図だ。

 私はそっと部屋から出た。

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