王庭の微笑 〜便利屋シェケルの業務日誌〜
と~や
第一章 ジョンの記録
第1話 アンドロイドはオーナーを見送る
今日のミオは機嫌が良い。今年流行りのシュガーピンクに染め上げた無重力ポニーテール(ふわふわ頭、と私は呼んでいるが)を鼻歌に合わせて左右に揺らしながらコンソールに向かっている。惑星ホウヅカの入港手続きをしているにもかかわらず、だ。
普段ならば、親指の爪を噛みながら眉をこれ以上ないほどに寄せ、イライラを隠さない刺々しい口調で画面の向こうの係員に文句をいいながらキーの上に指を滑らせ、私が苦言を呈すまで押し問答を続けるのだが、今日は私が入室したことにも気がついていない様子だ。
ましてや鼻歌など、過去に例がない。
惑星ホウヅカは珍しい星というわけではない。観光と芸能が主たる産業のリゾート地だ。富裕層の別荘地にもなっていて、お得意様も多いのだが。
短命な政権乱立の影響で、手続きの窓口も書類の様式も訪れるたびに変わり、毎度たらい回しに遭う。手数が余計にかかる分、フリーの運送屋にとっては避けたい場所の一つだ。
しかも、船長自身のバイオコードを要求する古風な手続きは変わらないため、私が代行することも出来ない。
ゆえに、今回もホウヅカへの配達と聞いて、ミオは思い切り顔をしかめた。規定料金の三倍という条件を相手が飲まなければ、到底引き受けなかっただろう。『三倍でも少ないくらいよ』と渋るクライアントに言い放つ程度には敬遠する。
にもかかわらず、これほど機嫌がいいのは他に何か理由があるに違いない。
「ずいぶんと機嫌がよろしいのですね、ミオ」
手続き完了の通知とともに牽引ビームの合図が宙港から送られてきたのを確認して、私は声をかけた。座席をくるりと回転させて振り向いたミオのポニーテールが、遅れて広がる。涙型の青いピアスがキラリと光った。
「あら、いたの? ジョン。全然気が付かなかったわ」
「それ自体が珍しいですよ。何かあったのですか?」
「え? ああ、そりゃそうよ。なにしろ三倍のお仕事だもの。それに」
そこで言葉を切って、
「ホウヅカ王庭公園への入場許可証が手に入ったのよ」
と声のトーンを跳ね上げた。久々に見る笑顔だ。
「王庭公園ですか? ホウヅカの王政はすでに廃止されたとありますが」
「ええ、ずいぶん前にね。王城とその周辺はその後公園として整備されたんだけど、観光客向けに公開してるのよ。しかも植物保全のためとかで入場規制がかかってるからチケットもプレミアついちゃって、あたしなんかに手の出せるような代物じゃないんだよね。まあ、それもこの星にとっては重要な観光資源だから仕方ないけど。それに今も王族が住んでるって噂もあって、セキュリティ厳しいらしいのよ。でね」
ミオは鼻を膨らませた。自慢したい時の癖だ。
「年に何回かは一般公開されるんだけど、今年は王族の結婚式があったとかで、当別公開中なんだって。市民以外は予約チケットがなきゃ入れないんだけど、キャンセルが出たとかでチケット回してくれたのよ。あの係員、なかなかやるわよね。こんなチャンス、二度とないわ」
「そうですか。それはよかったですね。しかし、ミオがそういうものに興味があるとは存じませんでした。
「まあ、ちょっとだけね。そうそう、あんたは留守番ね」
ミオはそう言いながら宙に浮かぶドリンクボトルを引き寄せた。
「今回も下船許可はおりませんでしたか」
「うん、アンドロイドって聞いた途端、電池切れで不法投棄されたり自爆されたりする例が後を絶たないから全面禁止の一点張りでさぁ、融通効かないったらないわ。ほんと石頭。いつの時代のアンドロイドよって感じ。相変わらず時代遅れな星よね」
「仕方がありませんよ」
私は人真似の微笑みを浮かべた。
「今までもヒト以外の入星をを拒否する星はありましたし」
「それはそうなんだけどさぁ」
眉を寄せたミオは思案顔だ。あまり良くない兆候、とここ二年ほどの経験で判断する。
「どうかしましたか?」
「んー、なんかひっかかるのよ。以前、あんたをのせる前の話なんだけどさ。確かこの星から医療用と護衛用のアンドロイドの大量発注があったんだよね。他所の運び屋から一枚噛まないかって誘われてさ」
まあ、ユニオンの仕事とかち合ったから諦めたんだけど、とミオ。
「では、入星制限が始まったのは比較的最近のことなんですね」
「そうだと思う。あれは確かシドに桜を送った年だから、二年前ね」
シド、というのは辺境の星サンドマンに住む商売状のお得意先だ。以前、配達中に砂嵐に遭遇し、その星の二ヶ月(惑星サンドマンの一ヶ月は標準日の四十五日ある)足止めを食らったことがあった。
私は軌道上の母線でミオの帰還を待ち続ける羽目に陥り、以来あまり近寄りたくない場所の一つだ。とはいえ、お得意様なので、年に何度も行く羽目になるのだが。
仕事は選べない。全てはミオの言うとおり、だ。
「規模は大きくありませんが、王庭の騒乱というのが記録に残っていますね。内乱のようです。アンドロイドは衛生兵代わりに使われたのではないでしょうか」
コンソールに指を滑らせ、ミオの前にスクリーンを展開する。
「へぇ〜、なになに? 王族の一員と称するホーデン公が王政復古を唱えて始めた騒乱、ねえ」
ミオが読み上げる。
「王政が廃止されたのは六十年前。王家の現当主の祖父の代ですね」
「六十年も経って王政復古? そんなに当時の政治形態がダメダメだったわけ?」
「そのあたりはあまり詳しく記録が残っていませんのでわかりませんが、そういうことではなかったようですよ」
ネットで拾える当時の情報を見る限りは、一方的にホーデン公が暴走した結果、という見方が強いようだ。
ミオは自分でコンソールに指を走らせて情報を読み漁っている。
「ところで、ミオ」
「なぁに?」
表示された記事を熱心に読み耽るオーナーに、私は少し迷った挙句、口を開いた。
「ドッキングはもう終わってますが、降りなくていいのですか?」
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