第十章 幕間

幕間 サンドマン

「ここにいたのかよ」


 地下第三層のプラントエリアで今日の食材を選んでいたシドは降ってきた声に顔を上げた。高い位置にあるキャットウォークに相棒であるマシューの赤いシャツとアフロヘアが見える。


「ああ、今日は新しいレシピに挑戦しようと思ってな。どうかしたか?」


 しゃがんでいたシドはそう答えると立ち上がり、膝についている黒土を払い落とす。ほんの少しの土とはいえ、ここサンドマンでは入手困難な物質だ。おろそかにしてはいけない。


「今はフリータイムだろ。なのに俺を探しに来たってことは、問題でも発生したか?」


 就業時間はとうに過ぎている。食材を選びにここまで降りてきたのもだからであり、あとは晩飯を作って食ったら休むだけだ。

 マシューは肩をすくめているようだが、いかんせんこの距離では表情までは読みづらい。


「……とにかく上がってきてくれ。ここでは説明しづらい」

「わかった」


 あのマシューが言いにくそうにするというのが意外で、シドは目を見張る。

 ここには自分とマシューの二人しかいない。誰かが聞いているわけでも監視しているわけでもないのに言い淀むのが妙に引っかかった。

 仕方なく、今日の献立を収穫済みの食糧でできる簡単なものに変更することに決め、シドは出口へと向かった。


 ◇◇◇◇


 コックピットに戻ると、マシューは自分の席に座っていた。


「悪いな、呼び出して」

「いや。……で?」


 この大男がわざわざ地下第三層はたけに呼びに来るのは何かあったからに違いない。実際に、シドと顔を合わせても顔も見ず、冗談の一言も出てこないのは結構深刻な問題だからだろう。


「この間さ、妙な封筒が紛れ込んでたろ?」

「ああ」


 シドは眼前に広げたモニターを食い入るように見つめるマシューに視線をやる。

 あれは自分が送り返したことになっていて、それで済んでいるはずなのだ。


「どうも二通目がこっちに紛れ込んでてさ。まあ、相変わらず読めねえ文字で書かれてるからアレなんだけど」

「そうか」


 こちらを見ることなくマシューが差し出した封筒を取り上げる。前と同じ宛先、差出人。


「いちおうなんでこんなもんがウチに紛れ込んでくるのかクレームつけて調査させたんだけど、ホウヅカとかって星かららしいんだよ。前にも一通届いて、すぐ二通目だろ。メールやメッセージと違って物理的にある手紙だから、配達に時間かかるだろうから、どれぐらい前に送ってきたものかはわからねえけど」


 ホウヅカ、と相棒の口から出て、どきりと心臓が高鳴るのをシドは眉根を寄せてやり過ごす。


「ふむ。……で、これは前と同じで送り返せばいいのか?」


 指先で表裏をひっくり返して目を通しながらシドは口を開いた。


「ああ、そうしといてくれ。それにしてもこの配達屋は使えねえわ。ごうつくばりだけどまだミオのほうがきっちり仕事する分ましだ」


 ごうつくばり、の言葉に苦笑を浮かべる。確かにミオの提示する金額は他所より割高い。だが、それはこちらが必要とするタイミングに必要とする物資を確実に届けるからこその金額であることはシドもマシューも知っている。

 他所の配達屋では三日で届けられないものも、ミオの船なら二日で届くのだ。だからこそ高くても頼まざるを得ない。定期的に長い磁気嵐に覆われるここサンドマンでは、嵐の止むタイミングでなければ通信もできないし船も昇降できない。そのタイミングで届かなければ自分たち二人がここで死を迎える物資だってある。

 だからこその便利屋シェケルなのだ。

 ミオがぼったくっているかどうかはともかくとして、依頼を失敗したことは今までの取引では一度もない。

 たまに嵐の予報を読み違えて帰るに帰れなくなったことはあったけれど、そのほとんどはミオの故意による事故だろうとシドは読んでいる。

 船に同乗しているクルーには気の毒な話だが。


「で、まあこれは重要でもなんでもない話。もっと深刻な問題があってな」

「ん?」


 マシューは別の画面をモニターに呼び出していた。


「実はよ、ミオに連絡がつかねえ」

「……何?」


 どきりと心臓が高鳴る。

 彼女はホウヅカに行っているタイミングではなかったか。思わず時計の宇宙標準時を確認し、ホウヅカのローカルタイムを呼び出す。


「次の嵐までに配達してもらわなきゃならねえ物資を注文したいんだが、どうにもな。船への通信自体は届いてるっぽいんだが、応答がない」

「……ユニオンに問い合わせてみたか?」

「ああ。最後に連絡があってから四十八時間は過ぎているらしい。どこにいるのかも現在地は不明。……最後に通信があったのはホウヅカだと」

「何だって」


 マシューはくるりと席を回してシドの方を向いた。


「この手紙といいミオといい、なーんか気になるんだよ」


 黒い瞳がまっすぐシドを見つめる。シドは眉間のしわを増やす。


「で、ユニオンは何て言ってる?」

「信号が確認できた地点に人を送るってさ。電話にも出やがらねえし……なんかに巻き込まれてんじゃねえのかと思ってよ」

「……だとしても俺たちはここから動けないぞ」

「わかってらぁ」


 けっ、と吐き捨ててマシューはシドを睨みあげた。

 シドは腕組みを解いて自分の席に座った。まずやるべきは物資の入手ルートの変更。ホウヅカの件は二の次だ。


「物資の手配先をアンダバン兄弟商会に変えて手続きしてくれ」

「おい、シド?」


 どちらにせよ自分たちは動けない。ミオに何かあったとしても、伸ばせる手はないのだ。


「次の磁気嵐が来るまでに物資が届かなきゃ俺たちもお陀仏だ。……そっちが最優先に決まってるだろ」

「……このキザ野郎が」


 マシューは俺をひと睨みしてから手を動かし始める。

 ミオのことを心配に思わないはずがない。少なくない時間、ここで共同生活した相手であり、一番大切な運び屋でもある。

 シドは別の画面を呼び出して手を滑らせる。

 ホウヅカで何かが起こっているのなら、情報を集めるしかない。

 脇に置いた封筒にちらりと目をやる。

 船長席ここから通信するわけにはいかない。あとで私室から通信を送っておこう。少なくとも、現地にいる彼のほうが正確な情報を握っているだろう。

 隣でマシューが吠えている。配達屋からの返事が芳しくないのだろう。一度に運ぶ荷物はそれなりの量だし、種類も多岐にわたる。普通の配達屋の船では扱いきれないものもある。

 ミオは、いつも自分の持つコネクションを総動員して期日に間に合うように品物を発注し、運んでくれる。だからこその便利屋シェケルであり、ミオなのだ。

 だが、それは今回はあてにできない。

 品物の注文自体はミオがいつも買い付けている商会とも顔なじみだから無理言って頼むことはできる。問題は輸送だ。


「アンダバン兄弟商会だけで無理なら一括じゃなくて個別にしたらどうだ?」


 頭を抱えるマシューに一言口を添えると、奴は目を丸くした後にやっと笑って親指を立てた。

 もちろん、個別に配達屋を手配すればその分コストは上がる。……おそらくミオに頼むよりも上がるが、船長であるシドの命令があれば、問題はない。

 ガンガン手を動かすマシューを尻目に、シドは画面に流れてくるホウヅカの情報を、眉根を寄せて読み込んでいった。

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