第39話 ミオはアンドロイドの話を聞く
下に降りると、男たちはすでにソファにそれぞれ腰を落ち着けていた。
「ごめん、お待たせ」
「いえいえ、女性を待つのは男の務めですから」
……えっと、今だれが言ったのかしら。思わずぐるりと見まわすと、どうやらスーの相方、ナッチって言ったっけ。まるでホストみたい。
スーはさっさと彼の隣のソファを陣取った。
あたしは一人掛けのソファに腰を下ろす。
「で、どこまで話したの?」
ちらりとハルを見やると「君を保護してここまでの話はざっくりと話したよ」と返ってくる。
となると、こっちがそれについて補足をする必要がなければ、あとはジャンの話を聞くだけだ。
「じゃあ、話しなさい、ジョン」
「わかりました」
「ちょっと待って」
口をはさんだのはハルだ。
「何?」
「彼……の名前はジョンなのか? ジャンって呼んでなかったかい?」
「どっちでもいいの」
「え?」
ジャンを見ると、彼はハルに向けてにっこりと微笑んだ。
「私の名は未登録なのです。起動時にミオが名づけを拒否しましたので。ミオが私を呼ぶ度に呼出名として仮登録しております」
「なんだそりゃ。……なんで名前つけない」
「そんなの、あたしの勝手でしょう?」
むっとして唇を尖らせる。
本来なるべきだった人の名前を付けるのがいいんじゃないのか、なんて乙女チックな思考がほんの一パーセントぐらいあったことは認めるけど、実際の理由はそれじゃない。
「あんたは彼をモノ扱いしてるわけか」
「別に。……人かどうかなんて考えたことないわよ」
余計なことにずいぶんつっかかる。ハルを見ると、眉根を寄せてひどく不快な顔をしている。
「じゃあ、なんで彼に執着する?」
「執着? してないわ」
「自分の物に手を出す奴には容赦しない、と言っていただろう?」
「それは執着じゃないわよ。あたしの権利を主張してるだけ。……もういいでしょ。始めて、ジャン」
「わかりました」
強引に押し切ると、不服そうな顔でハルは黙り込んだ。
◇◇◇◇
あたしがシャトルに乗ってからあとの話をジャンは時系列順にきちんと説明してくれた。
さらに、現時点で判明していることについても説明をくれる。
「つまり、あんたを狙ったのは二派あって、片方は将軍と呼ばれた人間に率いられた一団。これはあんたを保護というか誘拐しようとしたわけね。船で襲ってきたのもこいつらで、もう一派が正体不明」
「私はオメガと呼んでおります」
「オメガ。これはあんたの購買契約書を手に入れたうえ、あたしの死亡証明書を欲しがった」
「はい」
「あたしの首に賞金かけたのもこいつだと?」
「はい。将軍はもともとミオではなく私を探しておりましたから」
「でも、それってあんたの賞金首情報が出た後での話よね?」
「はい。私の賞金首情報は、将軍に遭遇する少し前でした。ですが、船に乗り込んできたのは私狙いだったと考えられます」
「じゃあ、あたしの賞金首が出る前ね」
「それに、彼らは私をオリジナルだと誤認しておりました」
「ちょいまった。オリジナルってなんのことだ?」
口をはさんだのは最初にあたしに声をかけたあの優男だ。
はっと気が付いたようにスーとハルがアイコンタクトをしている。
「それは――」
「さっきも名前がどうのとか未登録とかモノとか、よくわからねぇこと言ってたよな。よくわかんなかったからスルーしてたけどよ。……どういうことだ?」
スーが口元を引きつらせて額に手を当てている。ハルも肩をすくめて口を閉じた。ダイはといえば、知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。
つまり、ナッチはジョンを人間だと思ってここまで接してきたってこと、よね?
「それは、私がアンドロイドだから、です」
あたしが口を挟もうと口を開く前に、ジャンが自ら言った。
「え……嘘だろ?」
ナッチは立ち上がるとジャンの前に行って腕を触り、ほっぺたを引っ張った。
「これがアンドロイドの感触かよ。どう見ても人間だろ? 微笑んだりさぁ」
「それは最高級アンドロイドだからです。髪の毛も皮膚もオリジナルのDNAを使った特注ものなので」
「百歩譲ったとしても、飯食ったりコーヒー飲んだりしてたろ?」
「その部分は生体部品を使っていますから」
「……ちょっと理解しづらくなってきた。……とりあえず、ジャンがアンドロイドだってことはわかった」
納得したのかしてないのかわかんないような顔をして、ナッチは元の席に戻る。
「じゃあ、話を戻すわ。あたしに賞金を懸けたのはオメガで、将軍はジャンのオリジナルを探してた」
「はい」
どうやら宙港ステーションであたしの後ろに立ってたジャンの姿が係員のモニターに映ったことから情報が漏れたらしいところまでは把握できた。
「で、今度はジャンに賞金がかけられた」
「はい。私が町で将軍と遭遇する直前にかけられました」
「ってことは、オリジナルの死亡通知が出たあとね」
ジャンがちゃんと時系列順に話をしてくれたおかげで、どのタイミングで何が起こったかがわかりやすくて助かる。
手元に紙とペンを引き寄せて、メモっていく。
「それはおそらく、オリジナルのそばにいる人間からのメッセージだろうな。自分はまだ生きているっていう」
「その可能性は高いと思われます。実際にネット上で流れるオリジナルについての情報は死亡説否定に傾いていますから」
ハルの言葉にジャンはうなずいた。
「だろうねぇ。街中でもすっごい騒ぎになってたものねぇ」
「ああ、追われてるはずの俺らなんかまったく眼中になかったもんな。おかげですんなり逃げられて助かったけど」
スーとナッチも頷く。
「そういえばジャン、町から脱出するときに手引きしてくれたアランって」
「はい?」
「軍関係者なの?」
「いえ、違うと本人は言っていました。ただ、オリジナルの協力者ではあると思われます。それと……私の賞金首情報をオメガが出したという可能性もまだゼロではありません」
「オメガが……? それはなぜ?」
ハルに促されてジャンは続けた。
「諸々の可能性を排除して検討した結果です。ただし、ミオやあなた方からいただいた情報を加味する前の検討結果ですが。私を探す者は将軍かオメガ、および不正入星の件で当局の三者のみです。オリジナルの存在を隠したい将軍が大っぴらにするはずがないし、当局があのような高額賞金を懸けるはずがない。ゆえに、オメガの仕業だと判断していました。新たな情報を得た今では、先ほど言ったようにオリジナルからのメッセージという可能性が高いと考えていますが、オメガから、オリジナルを探しているというメッセージとも取れます。あれほど大々的に広告を打てば、潜んでいるオリジナルも動く可能性はありますから」
「んー、それはぁちょっと違和感あるかなぁ」
口をはさんだのはスーだった。
「え?」
「ちょーっとタイミングが良すぎるのぉ。オーナーさんに生死不問の高額賞金が掛けられたでしょぉ? まあ、それを『生きてたら倍額出す』って情報にすりかえたのはぁあたしなんだけどねぇ」
「そうなの?」
「んふ、感謝してよねぇ。それに、オーナーさんに賞金ハンターたちが向かないように、あたしが
あー、確かにそんな気はしたけど、その前にユニオンの末端メンバーに居場所特定されてたからあんまり恩恵なかった気がする。
まあ、おかげで地下空洞に逃げたんだけどさ。
「それからすぐよね、もっと高額の賞金首情報が出たのってぇ。……まるでさぁ、オーナーさんから目をそらさせようとした感じに取れない?」
「……え?」
にやりとスーは笑う。
そんなことをあたしができるはずもなく、当然ジャンにもできないわよね。としたら。
ハルとダイに顔を向けると、ダイは知らん顔をしたまま、ハルはいつもの笑顔を浮かべたままだ。
「そんなことできるのって、あんたたちぐらいよね。……どういうこと?」
「なんで俺らだって決めつけるわけ? さっきも話した通り、オリジナル本人からのメッセージかもしれないし、オメガが出したのかもしれないんだろ?」
「考えてもみなさいよ。オリジナルは将軍の手から逃げてるんでしょう? いくらブラックネットが闇取引に応じるからって、無理があるわよね? ダイ」
「なんだよ」
「あんたが言ったのよ。高確度の情報は、ブラックネットの運営側が賞金提供者の身元を確認してるって。そんなところにオリジナルがのこのこ出てって自分の賞金情報を出そうと思うかしら」
「……俺たちは無関係だぞ。本当に知らない。単なる偶然だ。それに忘れてないか?」
ダイは眉尻を上げてあたしをにらみつける。
「あの時、彼――オリジナルと同じ顔をしたアンドロイドがこの星にいるだなんてこと、俺らは知らなかった。なのに、どうしてあんたから目をそらすためだけにそんなヤバい橋を渡んなきゃならねえんだ?」
そうだ。
あの賞金首のことをあたしが知っていると聞いて、二人とも目を丸くしていた。あたしが連れてるジャンの話にしたって、知らなかったわけで。
……ううん、あたしのことは助けてもらった翌日の時点すでに調査済みだった。船のことも何もかも。だとしたら、アンドロイドが一体乗っていることや、彼の顔についての情報だって調査済みであってもおかしくはない。
少なくとも、あたしの船に乗った――オリジナルと同じ顔をした人間については、情報が出回ってたはず。
「アンドロイドじゃないと思ってたなら……あり得るわよね?」
「何……?」
「あたしの船にオリジナルと同じ顔をした人物がいる。その情報自体は掴んでたでしょ? あたしの船に乗り込んできた将軍とかオメガがその存在を知ってたんだから。違う?」
まっすぐダイの目を見つめると、しばらくあって視線を外した。
「確かに、情報は回ってきてた。でも、あんたから目をそらすためにあいつに賞金掛けるとかするはずがねえ」
「んー、そっか。ざんねぇん。違ったか」
スーが肩をすくめ、ちろりと舌を出す。
スーは知っている。ハルが何者で、ジャンのオリジナルが何者なのかを。
この場で知らないのはおそらくナッチとあたしのみ。
あたしの知らない何かを知っているから、納得したのだろう。
「納得してもらえたのならいい」
まだ不機嫌そうな顔のまま、ダイはうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます