第38話 ミオはスーと話す

「ふあぁ~。いい湯だったぁ」


 白いタオルで髪の毛をまとめあげ、男物のバスローブを身にまとってあてがわれた部屋に戻る。

 船の簡易シャワーが普通のあたしにとっては、温泉と見まがうほどの広い湯船のあるお風呂なんて、それこそ慰安旅行以来かもしれない。

 これで冷たいビールがあれば最高なんだけど、今からジャンの話を聞かなきゃならない。風呂に入れる時間をくれたのはあたしが泥だらけだったからで、当分アルコールはお預けだ。

 部屋には二つのベッドがあり、片方にはあたしとよく似た髪型をした女性が座っている。

 確か、ジャンが連れてきた現地人で、スーって言ったっけ。女性二人にあてがわれた部屋だからここにいることは間違ってない。

 でも、それだけじゃないなって彼女の目を見たらわかった。


「ダイさんから着替え預かってきましたぁ」


 あたしが「何の用」って聞く前にすかさず答える。口調は語尾を伸ばして鼻にかける男に甘えるような口調の癖に、すっごい目端の利く人だ、この人。


「ありがとう……ございます」


 見た目はかわいいんだけど、年齢が読めない。そりゃあたしもそれなりの年齢ではあるけど、あたしより上か下かがすごく微妙。なので敬語を使っておく。

 置いてあったのは未使用パックのままの女性ものの下着。それから男物にしては少し小さ目なつなぎとTシャツ。なにこれ、胸のマーク、どこの企業ロゴだろう。見たことがない。サンダルはだめになってたから靴下と、これも小さ目の安全靴。


「ほんとにつなぎでよかった? って何回も確認されましたよぉ。あ、Tシャツはあたしの替えなんでぇ」


 さすがに女性とはいえあまりよく知らない人の前で素っ裸になるわけにはいかない。一式を脱衣所に持ち込んで、早業で着替える。

 髪の毛だけ新しいタオルで拭きながら部屋に戻ると、彼女はさっと立ち上がってあたしを化粧台に誘導する。


「髪の毛乾かすの手伝うねぇ」


 いらないとも言えたのだけれど、互いにパートナーがいる状態で二人だけで話せる機会はなかなかないだろう。

 ブローの音がなかなかうるさいけれど、カモフラージュには適切だろう。

 あの二人のことだ、このセーフハウスだって音を拾ってないとは限らない。


「ジャンを助けてくれてありがとうございます」

「いいのよー。あれはお仕事だから」


 仕事。そういえば二人の話をまだ聞いていない。ジャンから詳しく話はされるだろうけれど、ハルとダイに聞かせられない内容は口にしないだろう。


「あたしとナッチは襲撃屋なのね。依頼を受けて指定の船を偽装攻撃して、襲撃する。依頼主があたしたちを撃退して、守ってもらったお姫様と仲良くなる。えっと……吊り橋理論って言ったかな。そういうお仕事」


 こちらの表情をあっという間に読み取って、聞く前に答えてくれる。


「でぇ、落とした船にジャンが載ってたの」

「落とした……」

「あっ、大丈夫よー、駆動系には影響ないように攻撃してるから」


 それを聞いてあたしはほっと胸をなでおろす。シュガーポットが大破してるとなると、母艦に戻る方法を考えなきゃならないところだったけど、それは回避できたみたい。


「でもね、その依頼自体が偽物でねぇ。お代をまだ支払ってもらってないのねぇ」

「……船の持ち主から取ろうってことね?」


 彼女のいいたいことを察知して、表情を消す。

 ところが鏡の中に映った彼女は首を横に振った。


「あのね。……ジャンに送ったメッセージに添付されてた地図。あれが欲しいの」


 地図。

 あたしがつけたものじゃない。送信はダイに任せたし、誘導地図を付けると言ったのもダイだ。あたしのものじゃない。

 だが、高額なキャッシュでなくクレジットでもなく、それを指定してきたということはそれだけの価値を生むものだということは間違いないだろう。

 少し考えたふりをしてから、あたしは小さくうなずいた。


「引き渡しはあたしが船に戻ってからになるけど、それでいい?」

「んー……それだと、延長料金かかりますけどぉ。料金回収に出張る費用とかも含めてぇ」

「あなたたちとジャンとの契約内容は?」

「オーナーを見つけること。対価はそのあとで」


 眉根を寄せて顎に手を当てる。柔らかなブラシと温風が気持ちよく頭皮を刺激していくけど、それを味わってる余裕はない。


「じゃあ依頼は完遂されてるわけね」

「そうなりますねぇ……ただ。面白い情報を手に入れちゃったんですよねぇ、あたし」


 鏡の中で彼女が妖艶にほほ笑む。


「ジャンってあの王族のコピーなんですねぇ」


 くすりと笑う彼女に、あたしは目を閉じた。

 なるほど、彼女はすでに関係者なわけだ。

 これから下に降りて、ジャンからここに至るまでの話を聞いて、二人からも確認が取れたらバイバイのつもりだったけど。

 このまま野放しにするわけにはいかない。金を積まれれば情報を売るのに躊躇しないだろう。この人は。

 ゆっくり目を開けると、同じようにほほ笑んでみせた。


「そう。その対価も欲しいってわけね?」

「うふふ、話が早くて助かるわぁ」

「どうして知ってるの? ジャン自身も知らなかったでしょ?」

「ええ。……まあ、この話はナッチの前でしないからいっか。彼が、自分がアンドロイドだと証明するために、一度あたしの目の前で機能停止したことがあってねぇ。その時に救急キットを取り付けたらDNA鑑定の結果が出たのよ」


 あたしは目を眇めた。なるほど、これが廃嫡王子死亡説の元凶だったのか。

 彼女を納得させ、協力を取り付けるための行動だと考えれば納得は行く。ジャンが完全停止すれば心停止している人間にしか見えないし、救急キットをごまかせるほどの高性能だという証明にもなった。


「そう。……知ってるなら遠慮しなくていいわよね。ハル。ダイ」


 少し声を張り上げる。鏡の中の彼女は目を丸くして入口のほうを見た。ブローの音が切れる。

 しばらく間があって、階段を昇ってくる足音がした。扉のほうを見ればきまり悪そうなハルが立っている。

 不意に後ろに立っていた彼女が片膝をつくと首を垂れた。

 彼女はこの星の生まれなのだろう。そして、王族についても普通に知っているわけで。

 彼が誰かを知っているのだ。


「やめてってば。……言ったでしょ、僕もダイも普通の人間だから」

「しかし、殿下」

「それも禁止。……っていうか、君の相方には知らせたくないって言ったの誰だっけ? 今後そんな態度をとったら洗いざらい彼に話すよ?」


 何を口止めされたのか知らないが、彼女は立ち上がると不服そうに唇を尖らせている。

 あたしもむっとした顔を作ってハルを迎える。

 大体の予想はついてたけど、今の今まで説明なしだものね。


「アンドロイド――ジャンのことだけじゃない。今回の件が片付いたら諸々の口止め料を支払うってことで納得したんじゃないの?」


 あ、すでにそっちとは交渉済みなんだ。それなのにこっちにその話を持ってきた。あたしからも口止め料を取ろうって算段か。


「それは殿……ハル様との契約でぇ、オーナーさんとは何も契約してませんもの」


 ちろりと舌を覗かせて唇をなめると、彼女は妖艶に微笑む。


「確かにそうかもしれないが、情報が漏れた時点で僕らとの契約は破棄されたとみなすよ? 当然ながら契約違反金は高い。理解した?」


 ハルはちらっとあたしの方を見る。

 それはつまり、あたしが口止め料を払おうが払うまいが、約束を破ればスーたちは破綻するということ。

 これは……あたしに対する迷惑料のつもりなんだろうか。

 スーはとみれば唇を尖らせて不満げな顔をしてはいるものの、小さくうなずいている。


「わかりましたぁ」

「それと、この件が終わるまでは付き合ってもらうよ」

「え?」

「それなんですけどぉ、あたしとナッチが受けた依頼は完遂されてますしぃ。依頼の対価も払ってもらってないのに、それでもここにいろっていうならそれ相応の対価、くださいますぅ?」


 うわ、思ったより図太い。

 表面通りのかわいいというか小悪魔的コケティッシュな女性だと見ていたら怪我するタイプだ。

 ナッチとかいう相方はこのこと、知ってるんだろうか。


「ちっ……今回の一件が終わるまで協力するなら相応の対価を支払う。それでいいか?」


 ハルの苦り切った口調に、スーは妖艶な笑みを返した。


「ええ、ありがとうございますぅ。あとはオーナーさんからいただくだけですわねぇ」

「こっちの支払い条件はさっき言った通りよ」

「はぁい」


 さっきまで渋っていたのにずいぶん素直にうなずく。まあ、そのほうがあたしにとっては助かるけど。


「もういいなら下に来い。皆待ってるから」


 ハルはそう言いおいて階下に降りていく。

 あたしとスーもそのあとを追いかけた。

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