第37話 ミオは答えを導き出す

「うぁっ」


 落ちる! ととっさに手を出して目の前にあるものにつかまろうとした。でもここは地底で、地上じゃない。ましてや無重力でもなくて。

 地上なら草でも生えてて。それをつかんでセーフとかあるけど、ここは日が当たらないから何も育たない。岩場に手が当たっただけで、手ごたえはなく、岩で切ったのか手のひらが熱い。ずるずると滑り落ちたあと、足元がぽっかり空いた。


「ミオ!」


 剣呑な雰囲気で対峙してたダイが駆け寄ってくるのが見えたけど、間に合わなかった。

 あの展望台といいよく落ちるなあ、今回は。

 足元が暗くてどれぐらい落ちるのかわからないのだけが救いだ。

 フリーフォールの起こす重力に魂を引っ張られながら、あたしはぎゅっと目を閉じた。

 できれば今後も船に乗れるように怪我しますように。

 いつ来るかわからない衝撃に覚悟を決めながら、二度とホウヅカの仕事にかかわらないことを固く誓った。


 ◇◇◇◇



「ミオ」


 誰かが呼んでる。


「ミオ、息をして」


 息、してるってば。ほら。

 ……あれ? 呼吸音が聞こえない。体が動かない?

 なに? あたし死んじゃったの?

 あっけないわねえ。

 それにしてもここはどこだろう。

 よく死んだ自分の体を見下ろしてたとかっていう都市伝説があるけど、違うみたいだ。

 誰もいない。

 この声、ジャンだよね。

 あたしはアンドロイドに看取られて逝くのかぁ。


「馬鹿なこと言ってないで起きてください」

「んぁ?」


 馬鹿なこととはなによ、と怒りで目が覚めちゃった。

 仄明るいライトに照らされて白い顔が見える。


「ジャン?」

「はい、オーナー。ようやく会えました」


 これは夢じゃないよね。夢ならシドが出てこないなんておかしいもの。


「君ってほんとに落ち癖あるよなぁ。ぎりぎり間に合ったからいいものの」


 ジャンとは反対側に誰かが立ってる。声からするとハルだろう。途中で別れたときには着てたはずの上着がなくなってる。


「一回目はあんたのせいでしょ」


 ジャンの手を借りて体を起こす。どこか打ったり折れたりしてないかと動かしてみても大したダメージは食ってないようだ。

 強いてあげれば岩にしがみつこうとした両手の切り傷。あと頭が痛いのと。


「あれは不可抗力だって言ったろ? 下にはセーフティネットあったんだし」

「あたし、どうなったの?」


 くるりと見回すと少し離れたところに男女二人が立っている。ハルもジャンも特に警戒してないところを見ると、問題ない人なんだろう。


「下に受け止め用の非常用クッションマット展開したんだよ。……間に合わないかと思った」


 あたしの背後から声がする。ダイの声。後ろを振り向こうとして、首が回らなかった。

 むち打ちっぽい。

 体ごとひねってダイをにらみつける。

 ダイはというと、申し訳なさそうにハの字眉になって、あたしのほうをちらちら見てる。


「……説明してもらえる? ダイ。ハル」

「ああ、もちろんだけど、とりあえずセーフハウスに入ろう。ミオも泥落としたいだろ?」


 そりゃそうだけど、ダイに対する不信感を抱いたままじゃ動きたくない。

 あたしを抱き上げようとしたジャンの手を払いのけて、ダイのほうに向いて座りなおした。

 じっと見上げると、ダイは首の後ろに手をやってから小さな声で「すまなかった」とだけ言った。


「あのねえ……すまんで済んだら警察いらんわっ! あたしは説明を要求してんのよ。さっきの言動はどういう意味なの?」

「それは……」


 ちらりとハルのほうに目をやるダイ。ハルがあたしのほうに向きなおって何かを口に出そうとしたけど、あたしは手と目線だけで押しとめた。


「ハルは黙ってて。 ……ちゃんとした説明がなきゃ、一緒に行動なんてできないわ。いつ寝首かかれるかわかったもんじゃないもの」

「そんなことしねぇ。……あんたを試すようなことして悪かった」

「それじゃ説明になってない。あたしが聞きたいのはねぇ。……あんたがあたしの敵かどうか、よ」


 そう言い切ったとたん、ハルもダイも息をのんだ。

 ジャンの手を借りて立ち上がる。あちこちについた泥を払って両足を踏ん張り、腕を組む。

 ……あ、いつものつなぎじゃなかったんだ。道理で足元がすーすーすると思ったんだよねえ。


「……少なくとも、俺もハルもあんたの敵じゃねえ」

「そう言い切れる根拠は? 証拠は?」

「あんたの首に興味がない」

「それだけ? ……ジャンには興味があるみたいだけど」

「あれは……あんたが狙われる理由だろうと思ってカマかけただけだ」

「嘘。……あんたはジャンが狙われる理由も、狙ってる相手も知っている。そいつがあたしを殺してでもジャンを欲してることも知っている。だから、あの安い賞金首であたしの命を狙ってる。……だよね?」


 じっと見つめるとダイは目をそらした。


「……あんたが賞金首になった理由は、あんたとそこのアンドロイドの関係性が見えた段階で気が付いたのは確かだ」

「あたしから言い値でジャンを買うより安いもんね。合理的だわ」

「そこのアンドロイドを欲しがる人間もある程度は想像がつく。だから……あんたに覚悟のほどを聞きたかった」

「覚悟、ね」

「ああ。あんたに一戦交える覚悟があるかどうかをな」


 ダイがあたしのほうに向きなおってまっすぐあたしを見てくる。眉間にしわを寄せてその視線を受け止めながら、ダイのことばを考える。

 ダイの話から、ジャンを安価かつ確実に手に入れるためにあたしを暗殺しようとしてる一派がいるのは確定済みだ。あたしが賞金首になった理由はそれで間違いない。それ以外にあんな高額賞金を懸けられるほど恨まれた覚え、ないもの。恨みを買った覚えがないとまでは言わないけど。

 その一派は、あくまでもあたしを殺してジャンを手に入れたいと思ってる。金を払ってくれれば譲らなくもないけど、その金も払いたくないってわけよね。賞金首の支払いのほうが安い。

 そいつらが何かを企んでいるだろうことは明白なわけで。

 ダイの言う「覚悟」は、ジャンを守り切ってこの星から出ていくこと、ではなく。

 何かを企んでいるだろう奴らと正面対決する覚悟ってことで。

 その企みごとぶっ潰す覚悟を問われているように感じる。


「あたしさぁ」


 視線をはずし、足元の小石を蹴る。


「あの時。……足元をすくわれなければダイを殺すつもりでいたよ」


 ハルの表情をチラ見する。つらそうな表情。

 それとも、憐れまれてるのかな。あたしはそういう場所にいる人間だからね。


「そのブーメラン一つで殺せると思われたのは心外だな」

「そのうち見せたげる」


 にっこり微笑んでみせてから、すぐ真顔に戻る。


「あたしはあたしの所有物ものに手ぇ出す奴には容赦しない。それがたとえ――手違いであたしのものになったのだとしても」


 言い放ってから、でも今回はユニオンとの回線が使えないのがつらいんだよな、と思い出す。

 あたし個人の戦闘力なんてあるわけがない。ただの小娘だからね。

 でも、あたしは便利屋シェケルだ。使える人脈・物資、なんでも使う。違法すれすれのブツを扱ってるのは伊達じゃない。

 そのためには、母艦にコンタクトできないと困るんだけど。

 くるりと振り向くと、ジャンを見上げた。


「ジャン、船の修理はいつ頃終わるって言ってた?」

「ゼン老師からの連絡待ちですが、事情はご存知なので超特急でやってくれると」

「そう。通信回線は?」

「ここは無理ですが地上に近ければ可能です」


 船との通信さえできれば、あたしにだって反撃の手はある。

 ダイとハルを見て、にっこりと微笑み、言い放った。

 

「これが答えよ」

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