【完全新作 前編】

会いたい。

寝ても覚めても貴方に会いたい。







ドイツでの独り暮らしも慣れてきた。

久美教授とドイツで再会し別れてから、早1ヶ月が過ぎた。


雪解けしたこの国は、春を知らせ芽吹き始め白かった屋根は、ドイツならではのカラフルな外装だったのだと、改めて感じ異国なのだとなんだか寂しい気分になった。



久美教授は12月に入りすぐにドイツにやってきた。

私がガイドとして働いているのをみて、苦笑いしたのは言うまでもない。


研究者としての申請を相談すれば、すぐに現地の研究機関を紹介してくれた。

ガイド部長からの推薦もあり、現在は許可がおりるのを待っている。


久美教授はドイツには1ヶ月程度しか滞在しない予定だったらしいんだけど、私の為に休暇全てをドイツに費やしてくれた。



昔みたいに久美教授の後ろから見る古城は、魅力的で神秘的で。


時間が過ぎるのは、あっと言う間だった。




「何かあれば遠慮なく連絡するのよ。ドイツに飽きたらフランスに行きなさい。ジェームズは貴女を待ってるみたいだからね」



ジェームズとは、フランス留学中にお世話になった教授。

久美教授とは旧知の仲で、60代には見えない精悍な男性。



「年内はドイツにいると思います。研究者ビザが取れたら、延期すると思いますし」


「困った事が起こる前に連絡するのよ」


起こる前って。

相変わらず無茶苦茶言う人だなぁ。



「あと、知らない人にはついていかない事」


「はいはい。分かってますよ」


「すみれは見た目幼く見えるんだから、本当に気をつけなさいよ」



確かに日本人は幼く見られがち。

二十歳をとっくに過ぎた私を10代だと言ったオバサマがいたのも確か。



「またお会い出来るのを楽しみにしています」


「私も貴女の幸運を願ってるわ」


こうして久美教授は3月の始めに日本へと帰っていった。


そして4月に入り、ガイド仲間の顔ぶれが変わったけど、私は古城にドップリ浸かり、幸せな毎日を過ごしている。




『すみれ、私の息子に会ってくれない?』


城の売店で働くミュンファさんが顔を合わせるたびに私にそう言う。



『ミュンファ、すみれには決まった彼がいるんだから』


『会いにこない男より、近くにいてくれる男の方が良いに決まってるわよ。エリー、あなただってそうだったでしょ?』



エリーはアメリカ国籍のガイド仲間。

彼をアメリカに残し、単身ドイツにきた。

目的は私と同じ古城研究。


そして、理解を示さない彼をフリ、地元の出版社に勤めるドイツ男性と現在交際中。



ミュンファさんはいつも優しく、まるでドイツでの母みたいに感じる。

久美教授にさえ、縁談を提案した肝っ玉母さんだもんね。




『理解のない男より、近くの男だよ。うちの息子は……』


ミュンファさんの息子自慢は、永遠に続く。


瑞希とは相変わらずメールで連絡を取っている。

会いたくないといえば嘘になる。

でも、今の生活を手離したくない私には、この距離感で満足するより他ない。


瑞希からの情報だと、伊波の家は私を探してはいないみたい。

周りの人には、海外留学した。と説明し、伊波の今後は宙に浮いたままになってるんだって。


後継者問題もあるけど、伊波には優秀な社員が沢山いる。

血族が継ぐという風習は無くなって良いとも思うし。


勝手している私が心配するのは筋違いだろうけどね。





【4月の下旬にまとまった休みが取れそうなんだ】


瑞希から来たメール。


【もし、すみれの休みが取れるならば、どこかで会わない?オレがそっちに行ってもいいし】


嬉しい。

ただ、その一言。


【休みの申請してみるね。私はどこでもいいよ】



瑞希に会える。

それが、とっても嬉しい。






あのメールから、毎日ウキウキしてしまっている自分がいる。

一日が長く感じ、一週間は一ヶ月の様に長かった。


瑞希はドイツに来てくれる事になったんだ。

私の暮らしている場所がみたい。そんな言葉が添えてあった。


狭いアパートに瑞希を呼ぶのは躊躇われるから、ホテルに泊まる様には言ったんだけどね。




『休暇をとるなんて初めてだね』


『日本から友人が来るので』


休暇申請を承認してくれたガイド部長が珍しく声をかけてきた。



『旅行でもするのかい?』


休暇申請は一週間。

瑞希がドイツにくる日程で、丸々休みをとった。



『まだドイツの三大名城をみていないから、行ってこようと思って』



私がガイドをしている、ノイシュヴァンシュタイン城、ドイツ屈指の美麗なシルエットを持つホーエンツォレルン城、そして深い森に鎮座するエルツ城がドイツの三大名城と呼ばれている。



『他も観たいんですが、時間に余裕がないから……』


『そうか、ではホーエンツォレルン城のガイド部長に話を通してあげるよ』


『え?』


『日本人は働きものだと聞くけど、すみれは本当によくやってくれてる。私からのプレゼントだよ』



ガイド部長の好意に胸が熱くなった。

不馴れな土地での生活は、失敗ばかり。

でも、努力をみてくれている人はいるんだと、とても嬉しくなった。



『ついでに城に泊まれるように交渉してあげるからね』


『え!城に泊まれるんですか?』


『ああ、今もホーエンツォレルン城は普通に使われているからね』



ホーエンツォレルン城は、ドイツの皇帝を生み出したプロイセン王家のホーエンツォレルン家が居城として使っていた。


ネオ・ゴシック様式の気品あふれるシルエットは、霧に囲まれたら、更に際立つ美しさをみせる。



『楽しんでおいで』


ガイド部長はそう私に微笑んでくれた。



【次話に続く】

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