サイドストーリー 『想いの強さ後編』

『再会』



高宮に就職したのは偶然じゃない。

紀人さんを射止める為。そう言っても過言じゃない。


コネ入社は事務職に。それがこの会社定番。

そんな中、オジサマのコネを使い入社した私。

そして、見た目重視の総務部秘書受付課へと配属された。

それは異例の事らしい。



紀人さんへの想いが、私をキレイにさせる。

くたびれた女より、極上の女の方が良いに決まってる。

紀人さんの中の『幼い梅』から脱出したい。


高校を一年休学し、周りとは一歳の歳の差が出てしまった。

休学していた期間、暇さえあれば勉強をした。

全ては良い大学に入るため。


いくら生活に不十分していないとはいえ、私大に入れるほど豊かではない。

国立一本に絞り、勉強してきた。

そして紀人さんに見合う女性になる為に。


柊の育児をしながらの学生生活は本当に苦しかった。

可愛い息子の話を友達には出来ない。

でも、これが私が選んだ道なんだと、今出来る事を精一杯してきたんだ。

国立大学に入学し、言い寄ってくる男をスルーする技術を学んだ。


紀人さん以上の男性はいないんだもん。


その分、女の子たちと仲良くなり、女子力を磨く技術を得た。

自分の魅力を最大限に引き出すメイク。

体形にあったファッション。


そしてオジサマの計らいで高宮へと就職した。

全ては紀人さんを射止める為。


執着と言われるかもしれないけど、私は紀人さんしか見えていなかったから。




「林田さん、今度の合コンこない?」


受付仲間の同僚に声を掛けられるのは日常茶飯事。


「ゴメン、あんまり興味ないんだ」


そう答えるのが鉄板。

早く帰りたい。

小学生になった柊は生意気に育ってしまったけど、私にとっては可愛い息子。

常にアンテナを張り、紀人さんが参加する飲み会を狙う。

合コンには興味がない。

あくまで飲み会限定。

そんな私をすみれは玉の輿ハンターを呼んでいるけど。



でもその時は突然訪れる。

それは大学時代の友人が働くクラブの新規オープンパーティー。

このクラブ、著名人などが多く通っていたクラブのナンバーワンホステスが新規にオープンさせた店。

友人はホステスとして働いている。


「オープンの日だけでいいから賑やかしに来てほしい」


そう切願され、すみれを誘って初日に遊びにきた。

でも、前方に彼を発見してしまった。


煌びやかな衣装に身を包んだ女性に腕を取られ歩く紀人さん。

連れてきたすみれには悪いけど、私は紀人さんを目指し足を進めた。


「こんばんわ紀人さん」


いつも以上の営業スマイルを楽しそうに話す二人に向ける。

紀人さんは困惑顔で、煌びやかな女性は悔しそうな顔をしている。



「一緒にいいですか?」


返事も聞かずに紀人さんの横に腰を下ろした。


「えっと……」


紀人さんは私が分からなかった。

それに少しショックを受けながらも、笑みを崩さない様に口角を上げた。



「ちょっと、失礼しますね」


煌びやかな女性は紀人さんに断りを入れながら、席を立つ。

その際、私をジロリと睨んでいたのには気づかない振りをした。


「で、君は誰かな?」


紀人さんは営業マン。

他人を不快にさせるような言葉は言わない。



「忘れちゃったんですか?」


さも悲しそうに口にだす。

紀人さんの眉間に皺が寄る。



「どこであったんだろう?こんな若いお嬢さんには本当に縁がないから」


紀人さんは困ったようにそう言いながらビールに口を付けた。

十年前の話をするか、私が梅だと言うべきか。

私の顔を覗き込む様に見つめる紀人さん。

その真剣な眼差しに鼓動が早くなるのを感じた。



「……ふふふっ。たぶんそのうち分かると思うよ?」


そう私は『林田梅』と言う名前を隠し、紀人さんに近づいた。



「こんなに綺麗な女性を忘れるはずないんだけどな」


大人の駆け引きのように対応する紀人さん。

彼の中で私は大人の女性と認識されたんだと、一安心した。



「一緒に飲みましょう」


ビールを二つ注文し、グラスを合わせる。

紀人さんの話に耳を傾け、真剣に聞き入る。

私の知らない紀人さんがそこにいて、魅力たっぷりな男性として認識せざるを得なかった。



「なんで結婚されてないんですか?」


未だ左の薬指に指輪はない。


「簡単に言えば、欠陥人間なんだよ」


自傷気味に笑った紀人さん。

ううん、違う。

そうじゃない事を私は良く知っている。



結婚式当日に消えた花嫁。

紀人さんが知らない事実を私は知っている。

彼女は玉の輿を狙っていた。

狙いを定めた彼女は紀人さんをまんまと捕まえた。


でも、それ以前に交際していた男性との仲は終わった訳じゃなく。

結局、彼女はお金より愛を選んだ。

他人の愛を犠牲にしてまで。

紀人さんは欠陥人間なんかじゃない。

愛情深い優しい人。


お酒の力は偉大で、紀人さんはビールグラスを空にすればするほど、私に優しくなった。

人肌が恋しいと思うのは誰しも同じで。それは一夜限りの関係を意味しているのかもしれない。


それでもいいと思ってしまう。

紀人さんの心の隙間を少しでも埋められたら。



隣に座る紀人さんの肩に少し寄り掛かる。

紀人さんの匂い。

安心する。



「一緒に店を出ようか?」







クラブを出てから、一緒にタクシーに乗り込み紀人さんのマンションへとやってきた。


玄関を入った途端、抱きしめられ、激しいキスを浴びた。

まだヒールも脱いでいない。

壁と紀人さんに挟まれ、息をつく間もなく舌が絡み合う。


紀人さんの手は私の腰から尻へと移動し、勝手知った様にスカートの中へと侵入してくる。



触れられた場所はすぐに熱を持つ。

ヒップラインを手の平で撫でるようにストッキングを脱がされ、紀人さんの指は割れ目を確認するようにゆっくりと侵入してくる。


激しいキスのせいで、酸欠状態。

くらくらとする。

そして甘い痺れが身体を駆け巡り、口から零れる声にならない声が玄関に響いた。



「ごめん……優しく、できないかも」


切羽詰まったその声に心を揺さぶられる。

膝辺りまでしか下ろされていないストッキングと下着。

私の背後に場所を陣取った紀人さんは有無も言わせぬ勢いで無理に入ってきた。



「あ……いっ……っあん……ん、あん……」


恐ろしい程の痛みが私を突き挿す。

それもすぐに解消されることを私は知っている。


ガクガクと震えはじめる膝。

支えられていなかったら、床へとダイブしているはず。

壁に手をつき、後ろから抱擁されたまま激しく突かれる。



嬌声が響けば、紀人さんは私の口に指を這わす。

その指を舐めるように舌を絡ませる。


「っふ……ダメだ。ゴメン」


その言葉と一緒に吐き出されたソレ。

寸前で引き抜かれたソレは私の腿を伝い下へと垂れていく。



「ゴメン」


紀人さんは私を優しく抱きしめてくれた。

そして、手を引かれ部屋の中へ。



「一緒に入ろう」


そう言われ、バスルームへと一緒に向かった。


ストッキングも下着も使い物にならない。

それを確認した紀人さんは「大人気ないよな」と言って恥ずかしそうに笑った。


人生二度目のセックスは玄関。

なかなかの経験。


そして三度目はバスルームだった。



湯気の立ち込める閉鎖された室内。

大きな呼吸音と卑猥に満ちた喘ぎ声。



紀人さんは私を丁寧に洗ってくれた。

そして、紀人さんのソレは大きく上を向いている。

そっと手で包み込めば、息を呑む音がした。


紀人さんの足もとに跪き、上目使いで彼を見る。

喉が上下するのが分かった。



私は初めて口に含むと言う行為を体験した。



バスルームから出ると冷たいペットボトルに入った水を渡された。

口に含めば、喉がカラカラだった事を知る。

バスタオルを身体に巻き付けたままの水を飲む私たちはどこか滑稽。


「すぐ洗濯すれば乾くから」


そう紀人さんは言い、私の下着たちを洗濯機に放り込んだ。

ネットに入れて欲しいとは言えないよね。


そして目が合えば、紀人さんの言わんとしている事がわかってしまう。

私は紀人さん手に指を絡ませ、キスをねだればバスタオルが床に落ちる。


抱きかかえられベッドへと寝かされる。


「君とは初めてシタ気がしない」


紀人さんの口から出る言葉。

そしてその唇は私の全身にキスを落としていく。

勝手に出てしまう声を押えるように、下唇を噛めば、紀人さんの指が私の口内に侵入する。


零れる声は甘く、厭らしく。

紀人さんは今まで感じた事の無い快感を私に与え、思考は遮断され、全身に電気が走った。



甘すぎる行為。

まるで愛されていると勘違いしてしまいそうな狂おしい愛撫が私を襲った。

紀人さんしか知らない身体。

激しい痛みは甘い快感に変わり、吐息に似た呼吸は、卑猥な嬌声に変わった。


長い愛撫を全身で受け止め、ギリギリの所を彷徨う。

紀人さんの指が、唇が私を翻弄する。

そして指とは比べ物にならないモノがゆっくりと侵入した瞬間、全身に広がる痺れと一緒に目の前が火花を散らした。



私の身体は完全に紀人さんを受け入れ、彼に合せるように形を変えていく。

息をつく間もなく、続けられる行為。

それを愛と言ってもいいのかな?



「ごめん、張り切りすぎてしまった」


私の隣で荒い息を吐きながら寝そべる彼。

そんな私も肩で息をしている。


「少し眠るといい」


紀人さんはそう私に言いながら髪を優しく撫でてくれた。

初めての事だらけの身体は、力を失い、思考も止まる。

紀人さんに寄り添いながら、混濁した意識を手離した。



目が覚めると隣に眠る紀人さんが見える。

その瞬間、後悔が私を襲った。

一度目は酔っぱらった紀人さんに黙って抱かれすぐに姿を消した事。

そして授かった命を黙っていた事。


二度目の今、紀人さんは私が梅だと知らずに抱いてくれたこと。

それを知ったら紀人さんはきっと後悔してしまうんじゃないか。




まだ間に合うかもしれない。

身体をそっと滑らせ、ベッドから抜け出す。



「どこに行くの?」


その声は優しい。



「か、かえり、ます」


紀人さんの顔を見ずに返事だけをする。


「まだ、早いよ?ゆっくりしていけば」



紀人さんの手がスルリと私を捕獲する。

抱きしめられれば、その体温に溺れてしまいそうになる。



「で、でも」

「でもはいい。今は一緒に寝よう」



顔を見る事は出来なかった。

紀人さんの胸に顔を埋めるように寄り添う。



「君が誰か分かった」



頭を急に叩かれたくらいの衝撃的な言葉が降ってきた。

その言葉の後に、強く抱きしめられている事に気づく。



「遅くなってゴメン」


そっと見上げると紀人さんの笑顔を見える。



「あの夜、抱いたのは幻じゃなかったんだな」



あの夜。

十年前の夜を指している事に気づく。


「ずっと信じられなかった。夢か幻だと思っていた」



紀人さんの口から出る言葉に動揺を隠しきれない。



「信じたくない反面、不思議だったんだ」



紀人さんが十年前のあの日の事を語り始めた。



「朝起きると全裸で寝ていた。

でも君の影はない。

君の居た痕跡さえ見つからない。

夢の中での出来事だったと思うより他なかった。


そして自分が恥ずかしかった。

十九も歳が離れた君を抱いた事を妄想するほど、君に堕ちてしまっただなんて。

夢であって欲しいと思う反面、事実だったとも思いたかった。

でも君はあの日以来、私の前から姿を消した。」



紀人さんの口から思い出が語られる。


「そして昨日、本当にだれだか分からなかった。

君に似た人だと。だからココへ呼び、たとえ一晩でも良いと思ってしまった。

私は変なのかもしれない。

一回り以上歳の離れた君を想い、欲情してしまう。

君に似た人を選んでしまう。

でも、君じゃないからダメなんだ。


私は君を愛しているのかもしれない。」



紀人さんの瞳に映る私。

頬を伝う温かい雫。



「君はまだ若い。それに引き替え私はオジサンだ。

それでも、

それでも良かったら、


これからも一緒にいてくれないか?」


言葉にならない。

溢れ出る涙で視界がゆがみ、抱きしめられる力で紀人さんが目の前にいる事をやっと確認できる。


ただ、ただ頷く事しか出来ない。

紀人さんの告白は思ってもみない事で。



私の長年の想いが実った瞬間だった。




end


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