【番外編】旅の行方
「sumire! Du suivant……(すみれ、次の……」
「Oui(はい)」
十一月に入ったドイツは日本の十一月より寒い。
持ってきた薄手のコートでは少し心もとなくなってきた。
ドイツに渡り、拠点をドイツ南部のバイエルン州バイエルン・シュヴァーベン地方に構えた。
ココには有名なノイシュヴァンシュタイン城がある。
ドイツ語で「新白鳥」という意味。
メルヘン王と呼ばれたルートヴィヒ二世。
戦争に敗れた事をきっかけに、政治への関心を無くし、彼は築城にのめり込んだ。
ファンタジックで幻想的な城。
メルヘン王の夢が凝縮された館だ。
シンデレラ城のモデルとしても有名で、日本からの観光客は後を絶たなかった。
私に任された仕事は日本語のガイドと英語のガイド。
ドイツではドイツ語が主流、観光地だけあってスタッフは語学堪能者ばかり。
私のつたないフランス語でも話は通じなんとか生活は出来ていた。
知り合いの居ない土地。
不安も多い。
そんな私を支えてくれているのは古城に対する想いと、週に一度くる瑞希からのメール。
遠い日本から私を心配してくれている。
当初は辛いなら帰ってこいと必ず書かれていたけど、最近はドイツに興味深々と言った風に、情勢や物価、色々な質問を投げかけてくる。
私の仕事は城のガイド。
完全予約制なので、一日の予定は付きやすい。
一般見学は四~九月の春夏は九~十八時、十~三月の秋冬は十~十六時。
その他、研究者や修繕作業員は別途作業時間が決められている。
古城研究が主だとガイド部長に雑談した事がきっかけで、バイエルン州政府に研究者としての申請する事になっている。
これが通れば、私は一般には見学を許されていない特別なエリアに自由に入れることになる。
それは、久美教授と会ってから話をする事になる。
本来ならば、日本から申請し、その許可が出てから専用のビザを取得する。
『研究者』の肩書きは自称じゃダメなんだよね。大学や研究機関の後ろ楯があってこそ『研究者』と認められるから。
日本の大学経由ならば簡単に申請は下りるんだと思う。
でも、今ココにいる事は瑞希以外知らない。
久美教授が来る十二月まで、誰にも知られてはダメだと。
自分でどこまで出来るのか、それを私も知りたいし。
『すみれ、もう到着するみたいよ』
『はぁい。行ってきます』
フランス人のアンナの声に返事を返し、私は城門前へと向かった。
日本人観光客はだいたいが麓から馬車で登城する。
ロマンチックは雰囲気を演出し、城を目の当たりにした時の感動、私の胸にも深く刻まれた。
「ノイシュヴァンシュタイン城は、王が存命中に完成しました。
しかし全てが出来上がった訳ではありません。
今回は出来上がっていた部屋順にご案内させていただきます」
十六名の日本人観光客。
ツアーの一部に組み込まれていると言っていた。
「こちら本館二階のいわゆる『赤の廊下』です。
ここには使用人の部屋が五部屋あり、一つの部屋を二人の使用人が使っていたと言われています。
赤の廊下の先には、上の階へと続く『王の階段』があり、高さ68メートルの北の塔の内部にあたります」
日本人観光客は行儀良い。
ダメだと言った事はしないし、列から離れる事もない。
質問も少なく一生懸命、私の話しに耳を傾け、ガイドブックに目を通し、撮影が許可されている場所では有得ない位のシャッター数を刻んでいる。
三十分ちょっとのツアー。
細部までみたら時間は足りない。
壁や天井、細部の装飾。
本当はもっと観てもらいたい。
「あの……」
ツアーが終わり、お土産が売っている城門付近で解散となる。
ツアー客の一人が珍しく私の元にきた。
「はい、何でしょうか?」
「日本の方ですよね?」
「そうですが」
二十代後半の男性。
手にガイドブック、背中にはリュック。
「この後って、お時間ありますか?」
「え?」
「いや、あの……自分、一人で旅をしていて」
これはナンパなの?
日本人からナンパされたのはココに来て初めて。
フランスのダンディーなオジサマや、イタリアの陽気な男性。
女性を口説くのが挨拶と思っている人達から声を掛けられる事はあったけど。
「もっと城の事を知りたくって、ついでにこの辺りで美味しいレストランとか教えて貰えたら……」
「十七時過ぎで良いですか?」
久々の日本語、そして下心無さそうなこの男性。
つい、オッケーの返事をしてしまった。
日本語が恋しくなっている。
いくら毎日ガイドで日本語を話しているとはいえ、日本語が恋しい。
そして太田と名乗る男性。
メガネをかけ、無造作に流した髪、細身で身長が高く……どこか瑞希に似ている。
瑞希が恋しい。
それは認めたくないけどね。
太田さんとは十七時半に麓で待ち合わせし、私は仕事に戻った。
太田さんとの待ち合わせはノイシュヴァンシュタイン通りを下りきった場所。
ホテルの中のレストラン。
ドイツの本格家庭料理が味わえる場所。
ガイド仲間に紹介され、足を運んだ。そして城勤めの私たちにとって大事な食事を提供してくれるホテルだった。
太田さんはノイシュヴァンシュタイン城に凄く興味があると言っていた。
話しを聞くうちにその訳が分かった。
このノイシュヴァンシュタイン城を築城したルートヴィッヒ二世は異性を愛する事が出来ない。その為、世継ぎを残す事が出来なかった。
現実逃避するように築城し、空想世界を再現したのがこの城。
そして最期は精神病だとみなされ、ベルク城という近くの城に軟禁されてしまった。
その翌日、ルートヴィッヒ二世は水死体で発見される。
一緒に付き添っていた医師も一緒に。
他殺か自殺か。
それは現在も謎とされている。
十七年もの歳月をかけて建設されていたノイシュヴァンシュタイン城に滞在出来たのはわずか百日余りだったと言われている。
オペラに心酔し、芸術を愛し、ファンタジーな空想の世界に逃げ込んだ孤独な王。
「ルートヴィッヒが何を考えていたのかが気になって仕方ないんです」
太田さんはそう熱く語った。
周りに求められる自分。
自分の中にいる本当の自分。
その狭間で苦悩するのはいつの世も変わらないのだと改めて思った。
太田さんは明日の登城するといい、またガイドをお願いしたいと言われ、握手をして別れた。
久しぶりの日本語。
そして古城にまつわる話。
初めて会った人だったけど、いい人みたいだし。
ココに来て日本人と食事を一緒にしたのは初めてで。
気分転換になったけど、さらに日本が恋しくもなった。
帰宅し、太田さんの事をメールに書く。
きっとあの人は異性を愛せない人なんだと。そんな風に書いてしまった。
瑞希はなんて返事をしてくるかな?
瑞希と私を繋ぐのはメールだけ。
だんだんと寒さが厳しくなってくる。
厚手のコートが欲しくなる。
瑞希のぬくもりが恋しい。
抱かれた夜を想いながら今日もベッドへと入った。
END
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます