第3話 プ、プロポーズ?!

「ほら、ここよ」


 家に着くと、れおは口を半ば開けたまま目をキラキラさせて見上げていた。

 生まれてこの方離れたことのないこの家のどこがそんなに嬉しいのだろう、と同じように見上げる。

 姉が生まれる前に立てたって話だから、築三十年は経っているだろう。

 一階は広めの対面式ダイニングキッチンと部屋が三つ。うちひとつは甥っ子が使っている。

 残りは続き間で、ふすまを取っ払えば十六畳の広い部屋になる。これは、家を立てた両親がこだわったポイントだ。

 二階は部屋が六つ。一つは麻紀の部屋。

 その隣は姉の部屋だったが、今は一番奥にある元は父の書斎だった部屋と父母の寝室、それから和室の三部屋が姉と義兄の部屋になっている。

 資料室、と呼んでいるのは父の書斎で、父母が集めた資料などもそのまま残してある。

 姉は父母と同じ宇宙考古学の道を選んだ。

 父母が残した資料も今では姉の研究資料だ。義兄も同じ道を行く者で、似た物同士だ。

 残る部屋は客用として手付かずのままだ。

 一階の二部屋は和室、二階の二部屋は洋室で、ベッドも入っている。一階の和室はいずれ増える甥っ子の兄弟のため、と言っていたが、二年経っても戻ってくる気配はない。

 おそらく、甥っ子が成人しても帰ってこないのだろう、あの二人は。

 それに、その頃にはあの写真のポイントを見つけているかもしれない。

 そうなるともう、一生涯をかけたフィールドワークになる。


「ここに早紀教授がいらしたんですね」


 頬を紅潮させながられおはつぶやく。

 大人びて見えるれおも、その実ただの夢見がちな背伸びしたい少年でしかないのだ。


「中も見たい。いいでしょう?」

「まあ、いいけど。でも姉貴の部屋とかには入れないわよ?」

「いいんです。お願いします」


 れおの真摯な瞳にほだされて、結局麻紀は家の中に彼を案内した。

 一階にはすでに理仁りひとが帰ってきていて、足音を聞いて出てきた理仁は、後ろに立つ少年をじっと見つめた。


「ほら、理仁。ご挨拶は? 彼はわたしが教育実習で行ってた学校の生徒さんだよ」

「こんにちは、理仁くんっていうのか。はじめまして。僕は早瀬れお。よろしくね」

「……りひとです」


 眉根を寄せてぶんむくれた顔の理仁はそれだけ言うととてとてとキッチンの方に向かっていった。


「ああ、そういえばもう晩ごはんの準備する時間か。早瀬くん、悪いけど適当に家の中見てってくれる? でも、部屋は覗かないでね。鍵かけてある部屋も絶対だめだからね」

「はいはい。僕、そんな特技ありませんから」

「どうだか。……というか、無理やり開けようとしたら警報が鳴って警察が来るからやめてね」

「そんなに高レベルのセキュリティかけられてるんですか?」


 びっくりして振り向いたれおに、麻紀は首を横に振った。


「違うのよ。姉貴が誰にも触らせたくないからって、警報装置つけた上に、そのアラートが友人の警察関係者に届くようになってて。一度寝ぼけて鍵開けようとしたら、その人が飛んできて初めて知ったのよ。それに本人にも連絡が行くようになってるらしくて、こっぴどく怒られたわ。だからやめてね?」

「分かりました。っていうかやりませんって。信用ないなあ」

「当たり前でしょう? 君は目を話すと何をやらかすか分かったもんじゃないから」

「れおって呼んでって言ってるのに」


 唇を尖らせてれおはいい、それからくるりと天井や吹き抜けに目をやった。


「じゃあ、上がらせてもらいますね。どこか二階の部屋から外が見える場所ってないですか?」

「二階から? 廊下からは無理だわね。ベランダもないし」

「じゃあ、あとで麻紀の部屋に入らせてもらっていい? 庭の写真も撮りたいんだ」

「写真?」


 見れば、手の中に銀色の四角いものを持っている。

 今時カメラなんて珍しい。大抵は腕輪型端末ですませてしまうのに。


「はい。じゃあ、後でキッチンに行きます」


 そう言うとれおは天井や柱に手を伸ばし、嬉しそうに眺め回し始めた。

 とりあえず害意はなさそうだし、と麻紀はキッチンへ向かった。

 少なくともれおがいる手前、自分が曲がりなりにも料理をしている体裁だけは繕いたい。

 すでに夕食の仕込みに入っている理仁を拝み倒して、料理の手伝いをさせてもらうことにした。


◇◇◇◇


「……麻紀、料理下手?」


 つながったままのきゅうりをつまみ上げて、れおが聞いてくる。麻紀は顔を紅潮させて口を開いた。


「ち、ちょっと包丁の調子が悪かったのよっ。今度はちゃんと研いでおくわっ」

「まきねえ、りょうりへた。ふだんはぼくがぜんぶつくってる」

「理仁くんだっけ。いくつ?」

「八才。小学二年生」

「……大変だねえ」

「もうなれた」

「ちなみに何歳から?」

「六才。まきねえにほうちょうもたせるとあぶないから」

「理仁っ、もう黙ってって」


 麻紀が甥っ子に懇願するように言うと、理仁は唇を尖らせた。


「じゃあ、実習の時のお弁当とか、朝食とかも?」

「まきねえ、ぎりぎりまで寝るから」

「ああああああああ、あの、その」

「別に構わないけど、僕は。料理好きだし」

「は?」


 きゅうりをしゃくしゃくと食べ切ると、れおはにっこり微笑んだ。


「麻紀が仕事して、僕が主夫すれば問題なし。でしょう?」

「なななななんでそんな話になるのよっ! 中学生のくせにっ」

「まきねえ、けっこんするの?」

「しないわよっ! 理仁もれおの話を真面目に聞かないのっ」

「僕は本気だけどな。幸せにするよ? 麻紀」


 うっとりと見つめてくるれおに、麻紀は耳まで真っ赤になった。

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