1-5 レベル1のデート

 次の日の今日も星宮灯里ほしみやあかりは顕在していた。

 カウント二〇を迎えても星宮は当たり前のように今日を過ごした。

 高杉陽太たかすぎようたは二〇で終わりではないかとゾッとしていたが、二一という数字も難なく迎えた。

 学校へ行き、放課後は部活動にでも参加するようにモンスターと対峙した。

 平地まで誘い出すことも困難だった。最初の一回で成功したのが奇跡とも言える。

 星宮のカウントが二九を迎えたにも拘わらず成功したのは最初の一回を入れて三回だけ。

「三回に一回は成功してる」

 星宮は嬉々として笑ったが、誘い出すことに成功しているだけだ。そこから先は決まって敗北する。

 陽太の攻撃ではモンスターにダメージを与えることが出来ないのだ。

 岩のような固い肌に阻まれ刃が通らない。攻撃をすることには成功するのだが、その攻撃でダメージを与えることが出来なければ意味がない。

 目を狙うにしても近づく必要がある。だが、目に近付いた途端に陽太の頭は丸呑みにされる。

 戦いの結末はいつもそこまでだ。そして、その戦いはいつも一分にも満たない。

 三〇秒もてばいい方だ。星宮も途中から一分という時間を諦め、一五秒で戦いに参加するようになった。だが、当然十分な時間ではない。疲弊した体では満足に動くことも出来ない。

 それこそ死ぬ気で戦わないと勝てるものも勝てないだろう。だが、星宮の頭はマヒしていた。

 次頑張ればいい、と投げやりになり始めた。陽太が倒れれば降参だとでも言うように武器を放棄し、あっさりと食われるのだ。

 それを責めることが出来ない。陽太もまた潔くなっていた。

 まるで、本当にゲームでもしているみたいだ。だが、これがゲームであると思えば思うほど、冷静な部分が分析を始める。

 コンティニューには回数制限がつきものだ。それが九九なのか五〇なのか三〇なのか。

 陽太にはわからない。ただ九という数字に怯えている。そして、星宮が九という数字にたどり着くとわずかに安堵していた。

 少なくとも星宮がたどった道程までは、陽太は今日を迎えられる。その保証を突きつけられているようだ。

 それが唯一、陽太の心に安らぎをくれた。そして、二九回目の戦いに敗北して迎えた三〇回目の今日。

 星宮は朝から陽太の家に来た。

 姉の凛子りんこが出かけた後に庭先で、おいしい若妻の召し上がり方、君と僕はビンビンビン、俺のカルピス苦いけど飲むか、エッチな幼馴染の大きなボイン、ショートヘアの似合う素人たちを次々に燃やすのは毎日の日課だ。

 儀式にも似た行動だった。陽太にとっては一〇回目の儀式。星宮にとっては初めての出来事だった。

 玄関先で驚いたように足を止めた。真昼間から焚火をしている少年の後姿は、一見すると狂気的に映る。

「なにしてるの?」

 不安げに揺れた星宮の声に驚きながら陽太も振り返る。朝から星宮が現れるということにも驚いたが、星宮の格好に驚いた。

 いつでも動けるようなスポーティな格好ではない。まるで、これからデートでもしに行くような装いだ。

 可愛らしい色合いの服。短めのスカート。星宮らしいボーイッシュな一面を残しながら、しっかりと女子であることを認識させられる。

「な、なによ」

 その手にはその恰好とは不釣り合いな黒い大きなバッグが掲げられている。

 その中に物騒な刺のついたバスケットボールが入っていることを知らなければ、ただの女の子だ。

 今まで化粧をしている姿も見たことはなかったのだが、星宮の頬はさくらんぼのように赤く、唇はシルクのように滑らかに輝いている。

「午前中だけ付き合ってよ」

 耳にまで化粧をしたのかと思った。そう思わせるほど、星宮の耳は赤くなっていた。

 

 二人乗りをしたことがない、と星宮灯里ほしみやあかりが仁王立ちで宣言した。

「だから?」

 歩き出そうとしていた高杉陽太たかすぎようたは足を止めて振り返った。

 星宮は不服そうに両目を釣り上げ、じぃと陽太を睨み付けた。

「察しなさいよ、バカ」

 ふん、と荒々しく鼻息を吐き出すと筋肉乙女は肩を怒らせてむんずと歩き出した。

 陽太は疑問符を浮かべながら、星宮の背中を追いかけた。

「なに?どういうこと?」

 肩を並べると星宮は耳を赤くして睨み付けるだけで、何も答えなかった。

 ただただ当惑する陽太だったが、直に頭が冷静になると現状の分析を始めた。

 なぜ星宮がおめかしなどしているのか。

 陽太は星宮が重度の厨二病と名高い美少年、月野卓郎つきのたくろうに片思いをしていることを知っている。

 では、なぜか。

 電撃のような衝動が走り抜けた。

 今日は星宮にとって三〇日目の今日である。

 コンティニューの回数制限の上限が来たのだと陽太は理解した。どういう仕組みかはわからないが、彼女に虫の知らせが届いたのだろう。

 星宮は戦って生き抜くことを諦め、最後の日を楽しもうとしているのだと理解した。

 スポーツ少女と謳われ、筋肉乙女として生き、本来の少女としての本分を忘れていたのだ。

 それゆえに彼女は今になって、最後に訪れた今日を少女として生きることを決めたのだと思った。

「星宮」

 存分に付き合ってやろうと決めた。

 ふいに星宮の名前を呼び、その手を握りしめた。

「へ?な、なに?」

 茹蛸ゆでだこのように首から上が真っ赤になっている。

「今日は・・・その、可愛い、な」

 どもった。けれど、言った。

 星宮は陽太の手を振りほどき、あらん限りの力で陽太の頬に握りこぶしを叩きつけた。

 

 中学生の男女が駅前で歩き回っていると人目を引いた。ましてや星宮は化粧をしているとそこそこに美少女である。

 見る人が見れば恋に落ちたとしても不思議ではない。

 ゲームセンターでは店員から逃げ、ショッピングセンターでは警備員にマークされ、商店街に向かえば警察官に追われる始末だった。

「最悪」

 駅前から少し離れた公園で二人はブランコに座っていた。

 デートと呼ぶには随分と慌ただしい逃走劇を繰り広げた。まともに楽しむことが出来たものは一つとない。

「まぁ、仕方ないか」

 星宮はブランコに揺られながら散々文句を吐き終えると満足したように呟いた。

 何といってもそこそこに充足はしていた。

 ゲームセンターでパンチングマシーンの威力を競い、ぎりぎりで陽太が勝利し、負けず嫌いの星宮でエアホッケーで陽太を惨敗させた。

 ショッピングセンターでは星宮のキャラクターには似合わない可愛らしいアクセサリーを購入していた。

 猫のシルエットのイヤリングだ。ピアスは高校生になってから空ける予定なので、今はイヤリングで我慢すると涙ながらに語っていた。

 他にも物欲しそうに見つめていたが、あいにく小遣いは雀の涙ほどしかないらしく、渋々諦める形になった。

 商店街では星宮は常連らしく、八百屋のオヤジに大根を押し付けられ、肉屋のオバサンには昼間から男連れて歩くなんてさすがだとか褒められていた。

 星宮はけらけらと笑いながら、それらに応えていた。

 不満も十分だが、満足も十分に得られた。

 それゆえの不安。

 清々しいほど冴えわたるような笑みを浮かべる星宮の横顔には満足であると書いてある。

 もう悔いはない。そんな言葉が聞こえてきたような気がした。

「ねぇ、お昼にしよう。私、行きたいお店があるの」

 そんな陽太の心配をよそに星宮は歩き出した。

 ふいに星宮がどこか遠くに行ってしまうような気がした。思わず伸ばした手は星宮の手を掴んでいた。

「ふぁ!?な、なによ」

 星宮は声を裏返らせながら振り返った。

「今日を終わりにしよう」

 自分でも驚くほど力強い声が出た。星宮は一瞬戸惑ったように視線を彷徨わせ、恐る恐る陽太の目を見た。

「そしたら、またこうやって遊びに行こうか」

 星宮は蚊の鳴くような声で、うん、と短く答え、逃げるように陽太の手を振りほどいた。

「は、早くいこ」

 そう言って星宮は陽太に背を向けて走り出した。

 うなじまで真っ赤になった星宮の後姿を見て、陽太も頬が熱くなったのが分かった。

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