1-4 レベル1の惨敗
再び訪れた今日にため息を吐き出した。
てっきりものすごく怒っているのだと思ったのだが、そうではないらしい。ただ、怒っていることに違いはなかった。
放課後、星宮は当たり前のように陽太の家にやってきた。
「パラドックスを見つけるの。そのためには毎日同じことをしなきゃダメ。私達みたいな人が現れるのを待つの」
星宮のカウントは一九を指している。九という数字が随分と不吉に思った。
カウントが二〇を刻む保証はない。これまでは当たり前のように過ぎていったかもしれないが、この節目に恐怖を覚える。
他の仲間が現れるのを待っていられるような時間などないのだ。
陽太がよほど情けない顔をしていたのだろう。星宮は気さくに笑い声をあげた。
「あんなのと正面からぶつかり合ったら負けるのはわかったでしょ?次は失敗しないようにすればいい」
的外れな答えだったが、陽太に笑顔を取り戻すには十分だった。
星宮は今までの経験を教えてくれた。
まずモンスターと戦うことにおいて、モンスターの攻撃は森の中では機敏で牙を使った攻撃をメインとして来る。森の中での戦いが長引けば、森の中だろうと攻撃のバリエーションが増えていく。
道を塞ごうと木を倒すこともあった。枝を引きちぎり、投げつけてくることもあった。
平地になると攻撃のバリエーションは限られてくる。
スピードは落ち、腕を使った攻撃がメインとなる。よほど近づきすぎなければ、かみついてくるようなことはない。
腕の攻撃も大振りだ。しっかりと見据えていれば避けられない動きではない。ただ、その分の威力は底知れない。
人間の体など容易に吹き飛ばされる。その時に生きていたとしても打ち所が悪ければ、その一撃で死んでしまう。だが、その一撃さえ回避できれば、攻撃を与える隙は十分にある。
「その隙を突ければ、目の一つや二つ、潰すくらいは出来る」
一八回の死。その中で彼女が与えたのは一撃だけ。致命的な一撃だ。だが、それだけだ。
隙を突くということがどれほど難しいことなのかを静かに理解する。
当然だ。一分耐えろと命じられた陽太が三秒で殺されたのだ。
モンスターと対峙した時の一秒がどれだけ長い時間なのか。陽太は身をもって知っていた。
時計は一六時半を指している。太陽が傾き始めた。柔らかな西日が世界を徐々に赤く染める。
再び狼煙は上がったのだ。
「そろそろ行きましょう」
星宮はそう言って刺のついたバスケットボールに手を伸ばす。
それに倣うように陽太もまた鞘に手を伸ばし立ち上がった。
二人は沈黙した。今日で、今日を終わらせると心に誓った。
星宮は森を駆け抜けた。最小限の動きで木々を避け、モンスターの攻撃を回避した。
星宮が合図する。それを見て、陽太も走り出す。だが、後ろでどさりと音がして立ち止まった。
星宮が転んだのだ。剣を抜くのも忘れて陽太は駆け寄る。だが、それよりも早くモンスターが星宮の体の上に着地した。
めきめきと骨が砕かれる音が響いた。星宮は一瞬だけ苦悶の表情を浮かべたが、すぐに動かなくなった。
陽太の足も動かなかった。
モンスターが再び木に腕を食い込ませ、体を持ち上げ、陽太に狙いを澄ます。
陽太は剣を構える。だが、足はいつでも動けるように小刻みに震わせる。
ぐぐ、と全身を一度後退させるとバネの要領でモンスターは体を発射した。
一撃目。陽太はすかさず横に飛びのき、それを回避する。剣を握りしめているだけで精いっぱいだった。とてもじゃないが、攻撃をする暇などない。
二撃目。ポールダンスのような要領で、掴んでいた木を一周する。爪の食い込んだ木が、バキバキと悲鳴を上げた。
射出。斜め上から飛び込んでくる牙。陽太は再度足を振り回すが、間に合わなかった。
左足首に鋭い痛みが走ったと理解したのは、足を引きずられ宙ぶらりんになった時だった。
あとはいつも通り。眼前に迫るのは鋭い牙とぎょろりと歓喜に満ちた赤い瞳。そして、またベッドの上で目を覚ました。
星宮のカウントが二〇になる。
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