0-3 悪夢への切符

「ホントに行くの?」

 放課後という時間はあまりにも退屈である。だからといって部活動に勤しむほど、熱血的な青春を送るつもりはない。

 何しろ月野卓郎つきのたくろうが暇を持て余すのだ。彼の相手を出来るのは高杉陽太たかすぎようたくらいのものだ。

 放課後という時間。何となく樹美鈴いつきみすずと二人きりになることを嫌がった陽太は月野を家に招き入れた。

 月野の私服は基本が黒だ。そして、年中膝まで覆うような薄手のコートを身にまとっている。

 最近はシルバーアクセサリにも力を入れている。おかげで目がちかちかする。

 一時期眼帯にもハマっていたが、遠近感がつかめないとかでよく何もないところで転んで膝をすりむいて半べそになったことがあったが、その一見以来顔には装飾の類はない。

 ちなみに、ピアスをするという話もあったのだが、痛そうだから、という理由で却下したらしい。

 陽太の自室へとたどり着いた三人は足を崩して美鈴が用意したクッキーを頬張っていた。

 ちなみに陽太と美鈴は制服である。

「あぁ、アイツは俺を待っている」

 むしろ待っていたのはお前だろうと陽太は心の中でツッコんだ。

「まぁ、俺が行かなくてもコイツ一人で行くっていうだろうし、ついてってやらないとさ」

 美鈴は危ないと言いながら胸の凶器を振り回して制止したが、二人は明後日の方向を向いて断固として美鈴の意見を取り入れなかった。

 月野が行くというのは当然としても、本来なら陽太が行く必要性はない。だが、月野は元々厨二だとしても、陽太は現役の中二なのだ。

 大人の階段を上ることよりも未知との遭遇に対する興味の方がよほど心を動かされるのだ。

 ましてや両親も口やかましい姉の凛子りんこもいない。

 思春期の少年時代は怪しく見えるものほどまばゆく見えるものなのだ。

「えー、じゃあ、私も行く」

 二人の説得を断念した美鈴はにへらと笑った。

「やめておけ、俺とあいつの戦いに巻き込まれたらお前は死ぬぞ」

 戦うつもりなどさらさらない陽太はため息を吐き出した。

「お前が来ると月野が本気を出せないんだよ」

 厨二力の本気を出した月野を見た者は陽太以外にいない。なぜなら、月野にわずかに残された羞恥心が他者の目に怯えているからだ。

 そうだ、とばかりに月野は胸を張った。

 それを見て美鈴は憮然として二人を睨んだ。いつもの美鈴ならば、あっさりと諦めていただろう。だが、最近の女子の成長は早いのだ。

「おっぱい触ってもいいよ」

 バッと二人の顔が美鈴の顔を見て、一瞬視線が下に落ちるのをかろうじて回避した。

「な、なんて魔力だ」

 逃げるように視線を落とした月野は息も絶え絶えにつぶやいた。

 まったくもって同意だ。意識をしていなくても視線が重力に引っ張られるかのようだ。

「いつの間にこんな味な真似を」

 悔しそうに月野は手で顔を覆っていたが、すでに魔法にかかっていたようだ。

 指の隙間から恍惚とした表情を浮かべる月野の目が見えていた。

「ホントだよ」

 チンチンとかウンコとかそんなことでなら爆笑できるのだが、目の前にぶら下がったおっぱいでは爆笑よりも羞恥心がこみ上げてくる。

 陽太の羞恥心のリミッターを知り尽くした美鈴にとって、今の陽太は扱いやすい。

 にやりと意地悪に笑みを浮かべると乳房の魔女は畳みかける。

「じゃあ、にらめっこで勝ったら連れてって」

 勝機が見えた。

 いくら羞恥心の芽生えた男子にとって女子の胸囲に脅威があろうと顔の造形を変える程度容易いことだ。

「いいだろう、貴様に異形なる者の真の恐怖を教えてやる」

 いつもの調子に戻った月野はくくくと笑って右手を震わせた。

「いくよー」

 のんびりとした調子で美鈴は声を上げた。

「笑うと負けよ」

 リズムよく響く歌声と同時に美鈴の動作に気が付いた。

「月野!やめろ!」

「見ていろ!陽太!これが忌み嫌われた禁忌の力、すかるふぇい!?」

 あっぷっぷ、のリズムに合わせて美鈴は胸を寄せた。ただでさえ破壊力のある兵器である。

 目の前で戦闘力が爆発したのだ。至近距離にいた月野のダメージは相当のものだ。

「ぐっへぇあ」

 月野は耳まで真っ赤にして仰向けに倒れた。両手で顔を覆い隠し、ぴくぴくと悶絶している。

「俺の屍をえてけ」

 がくっと項垂れ、思い出したようににへらと顔をだらしなく崩していた。

 負けてはいられない。

 月野の死を無駄にしてはいけないと言い聞かせ、陽太は魔女と対峙する。

 胸を寄せる程度なら耐えられる。美鈴の弱点も熟知している。

 ゆえに先手必勝である。

「笑うとまっけよー」

 月野を倒したことで美鈴はより一層活気づいている。さながらダンジョンのラスボスだ。だが、しょせんRPGに用意された程度の敵である。

 倒せぬはずがないのだ。

「あっぷっぷ」

 先手必勝。

 目の端と口と鼻の穴に指を突っ込み引き裂くような勢いで引っ張り上げる。

 ボスの攻撃はワンパターンだ。想定済みの行動に臆すような勇者ではない。

 一瞬の沈黙。

 美鈴はにこにこしているだけで笑わない。陽太は涙がにじみ出るほどに目を見開き、真正面から勝負している。

 仰向けに倒れたままの月野はそれを目撃した。

 まるで、流麗な線が弧を描くような優雅な動作で美鈴は指先を翻した。

「いかん!防御呪文を唱えろ!」

 そんなん言えるか、と心の中でツッコミ、そして、彼の言葉の意味を理解するのが遅かったことに気が付いた。

「ぐっへぇあ」

 まさか、チラリズムだと。指先を胸元の隙間に滑り込ませ、下着が見えるか見えないかのところまで引っ張った。それだけならまだしもトドメは谷間の小さなホクロだ。

 陽太は少しマニアックだった。

 見事二人を打ち負かした美鈴はガッツポーズを取り、魔物退治への切符を手に入れることに成功した。

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