0-2 夢と現実の狭間を生きる人
ニュース見た?
うん、近くの山だって。
あれホントにクマ?
わかんないけど、すげぇ形してたよな。
うんうん、お化けかな。
お化けなんているかよ、宇宙人かも。
そっちの方が嘘くさい。
でもさ、どっちにしても見てみたいよな。
「おい、そこ!授業に集中しろ!」
はーい、と気怠そうな声が響いた。
クラスではそこかしこでニュースの話題でもちきりだった。
思春期の多感な時期である。未知との遭遇を嬉々とする者は多い。
当然、
やはりアレをクマと見ていた者は誰もいないのだ。だから、といって漫画の主人公のように探しに行こうなどという思考回路にはならなかった。
素っ気ないふりをしているのは陽太と隣の席に座る
月野は小学校の頃から厨二なのだ。中学二年生になってようやっと成りを潜めるようになったが、その頭の中身は小学校の頃から進歩していない。
一生懸命黒板に描かれた小汚い文字をメモしているふりをしているが、おそらく近所の山に現れた生物の絵でも描いているのだろう。
想像するに皮膚は黒く、目は赤い。後ろ脚は小さく、前足はゴリラの腕のように太く鋭い爪を持っている。挙句吹き出し付きで「深淵の闇が・・・」とか書いているに違いない。
それが上手であればまだ見られたものだが、よく絵を描く癖に月野画伯の画力は幼稚園の頃から進歩していない。
容姿端麗、成績は下の下、運動音痴。中学一年生にしてモテ期を謳歌すると同時に性格に難ありという烙印を押された挙句に男子から敵視されている。
彼曰く「一般人には我が放つ仰々しくも禍々しい気を気取ることは出来まい。しかし、その邪気を何かとはわからずとも感じ取ることは出来るのだろう」と不敵に笑っていたが、そんなことを無邪気に言えるのは彼くらいだ。
そんなことを思い出しながらぼんやりと月野の横顔を見ていた。
それに気づいた月野は過去のモテ期到来を彷彿とさせるような爽やかな笑みを浮かべて見せたが、彼の頭の中は深淵よりも闇が深い。いや、むしろ明るすぎてまぶしいと表現した方がいいのかもしれない。思わず目を背けるという意味では闇よりもしっくりくる。
今年の春もその爽やかな笑みを校内で振りまいてしまったがゆえに貴重な紙資源を月野の下駄箱に投函するという暴挙に及んでしまった女子生徒が多かった。
ひぐらしが鳴き始めた頃、月野がピンクの便箋を破り捨てるという行為を目撃する回数が減り始めたが、いまだに彼が放課後に女子生徒から体育館裏へと拉致される姿は目撃される。
どんな断り文句を並べているかは知らないが、彼の特殊なキャラのおかげで失恋の傷は浅いように見える。
クラスメイトの中には彼の毒牙に自ら掛かった者もいる。
背が高く運動が出来る。女子バスケット部のエースでもある。
ショートヘアの似合う美人なのだが、男子よりも男気のある姿が女子からの人気のタネらしい。
一時期は星宮も同性愛者という疑いを掛けられたこともあったが、陽太の失言により男子からの人気が急上昇中だ。
小学校からの付き合いで美鈴とも仲がいい。それだけの関係だったのだが、先日の誕生日に美鈴と共にプレゼントを贈ったのだ。
ボーイッシュとは程遠い愛らしい女子が好きそうなぬいぐるみをプレゼントしたのだ。
ただタイミングが悪く、さっさと済ませてしまおうと投げやりに陽太はプレゼントを渡すことになった。
それも美鈴の計らいで陽太と星宮に仲良くなって欲しかったらしい。
教室のみんなの視界にばっちり入るポジションで、差し出されたぬいぐるみを美鈴が選んだ、というフレーズ付きで手渡すと星宮は学校で守り続けてきたキャラクターを崩壊させた。
まるで、幼い少女のようにぬいぐるみを抱きかかえ、頬を朱に染めて小さな声でありがとうと述べていた。
どきゅーん、と心臓を撃ち抜かれた男子は多い。もちろん、元々確固たるものだった女子からの株も過去最高値へと達した。
それ以来男子からは尊敬と愛嬌を込めて筋肉乙女と呼ばれているが、本人にそれを面と向かって言うと彼女の隆々とした筋肉の洗礼を受けることになる。
そんな筋肉乙女は不運にも月野の後ろになった。
誰もが星宮のような女が深淵の使者を名乗る月野の毒牙に掛かるはずはないと思っていたのだが、月野の何気ない乙女イチコロスマイルの餌食になってしまった。
その事実を知っているのは星宮から直接恋愛相談を受けた美鈴と、それを美鈴から聞いてしまった陽太だけだ。
「なぁ、陽太」
ふいに体を乗り出して月野はにやりと笑った。
嫌な予感がした。月野のノートの端っこに見える赤い目をしたゴリラが深淵を歌っている。
「今宵は魔物退治と洒落こむぞ」
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