5-2

 剣士も一度は、流石に無理だと断った。だが戦が長引くことを恐れた上層部が、親友を遣わして頼んできたので条件付きで引き受けることとなった。

 その条件とは、大国の大将軍の持っていた大太刀を使わせて欲しいと言う物であった。大太刀は戦後、殿様に献上されて城中で大切に保管されていた。その大きさと扱いづらさ故に、相応の使い手が見つかっていなかったのである。

 それを、使わせて欲しいと言うのだ。体格からして無理ではないかとも思ったが、剣士が言い出したことである。親友は了解の旨を伝えると、城下へと戻って行った。


 日を経て大太刀が届いた。剣士はそれを腰に帯びると、すぐさま山道を登って行った。途中弓を射かけられたりもしたが、気にも掛けずに歩いて行く。

 抜刀隊の面々が、慌てて追いかける。それを見た他部隊の将達も、遅れじと急ぎ出す。俄かに山中が賑やかになり、方々で戦闘が開始された。

 剣士は落石と弓雨の中を、傘も差さずにふらふらと歩く。山門の前まで来るとぴたりと歩を止め、大太刀のつばを左手で押さえた。数秒の間、濃灰色の門扉の前に立ち尽くす。

 一瞬の後、抜き放った大刀を正面に構え、袈裟がけに斜めに斬り下した。分厚い鉄の扉に、斜めに黒い斬傷が付く。

 斬傷がどれほど深いかは、こちら側からでは斬った本人にしかわからない。

 剣士は大太刀を鞘に収めると、今度は居合い抜きに、脛の高さを真一文字に払った。同じような黒い斬傷が、今度は水平に付く。

 そしてそのまま上段に構えると、真っ直ぐと大太刀を振り下した。


 剣士は大太刀を鞘にしまうと、その場に投げ捨てた。自分の付けた三本の斬傷の真ん中を軽く押すと、末広がりの三角柱の鉄塊が滑るように城内へ落ちた。剣士は颯爽さっそうと、山門に空いた穴を通って城中へと入る。穴の断面は、恐ろしく滑らかな光沢を放っていた。

 城中に入ってすぐの両脇に、門を開けるための機構が有るのを見る。これの操作は屈強な兵が数人で掛からないと無理だろう。

 剣士はそう判断すると、開門は他の者に任せて城中を荒らし回ることにした。愛刀を握りしめ、目に付いた者を片っ端から斬って捨てる。門の辺りを中心に、視界に入る敵兵を次々と皆殺しにしていく。

 数十人を斬ったところで、山門の穴から抜刀隊の兵達が入ってきた。副官の指揮で防衛陣を敷きながら、山門を開けにかかる。何人か弓矢に倒されるが、木盾を穴の前に並べて進路を確保する。後から次々と味方の兵が侵入し、山門の機構に取り付いていく。副官の掛け声で皆の力を結集すると、山門は大きく開け拡げられた。



 決着は着いた。旧国主は捕えられ、一族と共に自害して死んだ。守備兵の多くは投降して軍門に下った。

 剣士は山門が開かれるのを見届けると、敵の指揮階級を斬って回った。城内を徘徊し、残された抵抗の意思を一つずつ摘み取って行く。

 そして城全体の制圧が終わる頃には、早々と本軍から離れて抜刀隊の面々と一緒にくつろいでいた。もっとも、一人で寛いでいた所に他の隊員が集まってきただけではあるが。

 いつの間にか抜刀隊の連中も、剣士の真似をするようになってしまったようだ。どうせ手柄を立てても、一時的な褒美を貰えるだけで大きな出世など認められない者達である。それならば稀代の英傑と共に自由な生き方をしたいと、そう思う者も多かった。

 抜刀隊唯一の良心とも言える副官でさえ、そうした者達を本気でとがめたりはしなかった。ただ仕事に戻るよう怒鳴り付ける程度である。

 剣士はその様子を見て、若衆隊が結成されたばかりの頃を思い出していた。



 剣士が自国の城下の屋敷へ戻ると、程なくして親友に子供が生まれたことを聞いた。親友の居る大臣の屋敷を訪れると、剣士は嬉しそうに親友家族を祝福した。赤ん坊は男女の双子であったが、どちらも親友によく似ていた。

 親友の家族は剣士に対しても温かく接してくれた。しかし剣士としては居辛い空間であったので、引き止められるのも断って早めに退散した。

 もうこの頃には、心の奥の黒い塊は冷え切って固まっていた。剣士は、これから死ぬまで、このどす黒い重荷を胸に抱えて生きて行くのだろうと、諦念を噛締めながら屋敷へと帰った。




 国内の平定が終わると、次は大国へと攻め込むため、軍部は再び慌ただしくなっていった。

 軍容を整え、同盟国との調整を終わらせると、全軍を挙げて大国領へと進軍を開始する。大将軍と精鋭部隊の多くを失った大国軍は、以前の精強さを殆ど失っていた。

 指南役を始めとした将軍達は大国の大軍を尽く打ち負かし、敗走に次ぐ敗走を重ねさせた。

 しかし、尚も予断を許さぬ状況であった。

 同盟国の軍が到着する前に、大国の首都を急ぎ攻め落とす必要があったのである。自国だけで攻め落とした場合と、同盟国が加勢した場合では、戦後処理の様相ががらりと変わって来る。

 また、大国の首都の経済力は群を抜いており、出来れば傷を少なくして占領したい。とは言え首都の防衛力はかなりのものであり、一筋縄では行かなかった。



 そんな折、剣士に大きな指令が言い渡された。大国の首都城へ、単身乗り込めと言うのである。

 抜刀隊を城下町に潜ませ、剣士は降伏勧告の勅使として大国の国王と対面する。そして堂々と、降伏せねば今すぐ攻め落とすと伝えて、返答を迫ると云うのだ。

 剣士の名声は、既にこの地域全体に広まっている。一騎討ちで大将軍を討ち取った英雄であり、多くの人々が剣聖と呼んでいた。しかし大国側からすれば、これ程憎い相手は居ない。

 一部の大将軍信者とも言える人々の中には、手負いの大将軍に止めを刺した卑怯者とまで呼ぶ者も居た。大国の国王や側近等も、三人の敵将との戦いで傷を負ってさえ居なければ、大将軍が勝っていただろうと何度も話していた。

 加えて、大国は旧隣国との血縁関係者も多く、隣国の国主の死は、以前大国に亡命した一族も含めたそれらの者達へも当然聞こえていた。隣国の国主の死の大きな要因となったのも、剣士の二度の英雄的活躍であった。

 そんな相手に対して、剣士がここぞとばかりに、完全に上から目線の降伏勧告をするのである。大国側の逆上ぶりは手に取るように予想できた。加えて、ここで剣士をむざむざ帰したりしたら、それこそ大国の威信は地に落ちるであろう。

 だが、もし大国側が剣士の首をねて寄こそうとしたならば、もう思う壺である。それを返り討ちにし、もって合図の狼煙を上げるのだ。


 剣士はこの無茶な作戦を、二つ返事で引き受けた。遂にこの時が来たか、とも思っていた。

 城下にて抜刀隊の面々と幾つか打ち合わせると、殿様から書状を貰い、直ちに大国の首都へと出立した。

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