5-1
剣士は抜刀隊の隊長として、旧隣国領の平定に何度か出陣した。南東部に逃げ込んだ、旧国主率いる残存兵力を叩くためである。
発案当初、抜刀隊は選りすぐりの精鋭を集め、戦場での華々しい戦果を挙げるための隊であった。しかしいざ発足してみると、他部隊からの左遷者や落ちこぼれの新兵、更には他国から寝返った者や前科者など、言ってしまえば掃き溜めの寄せ集め部隊となっていた。他の将達が、剣士に手柄を奪われるのを嫌って根回ししたのである。
お陰で抜刀隊は、どちらかというと貧乏
見捨てた訳では無かったが、そこに気を使う必要が無いと感じてしまったのだろう。剣士が、どんな命令でも顔色一つ変えずにこなしてしまうのが良くなかったのかもしれない。
この頃には軍の部隊編成も、ほぼ一新されていた。
指南役は上将軍となり、親友は文官としての地位を持ちながらも上将軍付きの軍師となった。若衆隊も開散され、隊長は将軍格に、その他の部隊員も各々配属先へと移った。中には抜刀隊に配属される者も居たが、それらは皆、どちらかと言うと日陰の者達であった。
剣士は部隊員達の面倒見が良い方では無かった。平時でもほとんど一人で居たし、あまり人を寄せ付けなかった。にも関わらず、部隊内での人気は中々のものであった。
部隊の統率等は全て副官任せであったが、剣士の戦闘能力がずば抜けており、ほとんど一人で任務を終わらすこともあった。危険な戦線へと投入されることも多かったが、剣士のお陰で被害を出すことが驚くほど少なかったのだ。敵襲もいち早く察知し、後退時には殿軍を一手に引き受けたりもした。
他の将士達の思惑とは裏腹に、剣士は手柄を挙げ続けた。いや、手柄を挙げざるを得なかった。
厳しい戦線へと向かわされれば、剣士が働かなくては部隊の者達に損害が出る。かと言って命令を拒否すれば、他のどこかに損害が出る。そうなれば大国に、先の戦争の痛手を治癒する時間を与えてしまうことになる。ひいては戦争が泥沼化し、結果犠牲は更に大きくなる。
親友ならそう考えるだろうと、剣士は思っていた。
どんな命令でも、剣士が拒否することは無かった。その命令が、親友の義祖父である大臣の周辺から発せられていることも、剣士には何となく分かっていた。親友が、それを見て見ぬ振りせざるを得ない状況にあることも、感づいていた。戦の犠牲を減らし、この後の大国への進攻を見据え、着々と手を進めなければならないのである。
剣士は、旧隣国軍の最後の掃討戦にも参加した。山城に籠った旧国主達が、徹底抗戦をしたのである。
その時の攻城戦は、とりたてて惨憺たる有様であった。敵味方に多数の死者を出しながら、尚も戦闘は続いた。
険しい山上にある城は、三方を段崖に囲まれ、残る一方の山道には巨大な山門を備えていた。山門はからくりで動き、厚さ三尺三寸(1メートル)もある鉄製の扉で出来ている。
加えて旧国主は、このままでは死にきれないとばかりに、必死の覚悟を決めていた。大国に亡命したという一族を想い、一分一秒でも長く抵抗することが己の使命であると信じた。時間を稼げばそれだけ相手は疲弊し、反対に大国は力を取り戻す。そうすればもし自分が死んでも、大国と血縁関係にある一族の者達は悪いようにはされないだろう。もしこのまま戦い続けることができれば、大国からの援軍が来る可能性すら出て来得る。
食料は年単位で確保してあり、武器も豊富に揃っているので、全く有り得ない話でも無い。外部に潜伏する旧臣を始めとした支援者とも、段崖に縄の付いた籠を落とすことによって、少量の物ならばやり取りも出来た。
そして何より、この山城の堅牢さと言ったら、どんな軍勢を相手にしても早々落ちる物では無い。三方の断崖に面した城壁には返しが付いており、よじ登ることは不可能である。もう一方には高く高くそびえ立った城壁と、唯一の進入路である鉄製の山門。
実際、今も山門の向こうから攻め手のざわめきが聞こえるが、守備兵達は慌てることもなく淡々と対処している。自分の戦いはまだまだこれからだと、旧国主は何度も頷きながら巨大な山城を見回した。
ちょうど、旧国主が山門に視線を落とした時である。鉄製の門扉に、黒い線が一本、斜めに入ったような気がした。気のせいかと思って目を凝らすと、今度は足元くらいの高さに、真一文字に線が入った。
旧国主は
しかし、まさかと思った。この城の山門は、厚さ三尺以上もある鉄製の扉である。人間が刀で斬れるような代物では決して無い。いや、例え化け物だろうと、あの門を切断するなんて有り得ないだろう。
そんなことを考えていると、今度は縦に一筋、三本合せて丁度直角三角形になるように、上から下へくっきりと線が走った。
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