4-2
国境まで来ると陣形を整え、大国軍の到着を待った。
こちらの方が小勢なので、国境の山の尾根を上手く用いて布陣した。騎兵を三部隊に分け、それぞれ指南役と若衆隊隊長と親友が率いる。歩兵は老将と若様が率いて、老将を前衛に山の下の平地に陣取った。尾根の先端を右手にして、丁度尾根と歩兵とで平地を遮るような形である。そして左翼に隊長、中央に指南役、右翼に親友の部隊を配置した。
剣士はといえば、親友が右翼に展開する途中に、尾根の中にぽつねんと残された。暇だったので、剣士はぼーっと空を見上げて座っていた。外套があるので暖かい。
配置を終えて暫くすると、大国軍が到着した。
大将軍は敵の布陣を見るや、尾根とは反対側からの攻撃を決定した。確かに尾根を制圧すれば、この戦はかなり有利に進めることが出来る。若衆隊隊長率いる左翼に比べて、尾根側に居る右翼の方が陣容も劣っていることは傍目にもわかる。しかし、この大事な地形を守るのに敢えて強兵を用いないということは、即ち罠と見るべきであると大将軍は見破ったのだ。
勿論、ここまでは親友の想定通りであった。大将軍が誘いに乗って尾根に来れば、待ち構える剣士に散々な目に遭わされただろう。もし看破されたとしても、裏の裏をかくことによって思い切った部隊運用が可能となる。
剣士の運用については指南役と相談の上、出来る限り敵方に情報が漏れることの無いよう心掛けている。見通しの良い場所での斬り合いや、目撃者を取り逃がすかもしれない戦場は避けるのだ。
剣士の強さは大国にまで聞こえてはいたが、それは未だ噂の域を出ない物であった。何しろ相手は大国の大将軍である、切り札の使い所は慎重にならざるを得ない。
大国軍が、隊長の居る左翼側から攻撃を開始した。
先頭に立つ大将軍は巨大な白馬に跨っており、配下の精強な騎馬部隊と共に無敵の呼び声を欲しいままにしている。側近達は各々が百人力の力を持つと言われ、大将軍に至っては読んで字の如く万夫不当の大槍使いである。個々の強さに大将軍の用兵と智略を加えて、部隊同士の戦いで敵うものは無いと言われている。
若衆隊隊長も、戦闘が開始されてすぐに大将軍の恐ろしさを理解することとなった。隊長も稀代の天凛を持ち、厳しい鍛練と度重なる実戦を乗り越え、既に国内に並ぶ者は居ないと自負している。大将軍何するものぞと打ってかかったが、重い一撃に撥ね返され、側近の波状攻撃に遭い、あわや命を落とすところであった。実際、指南役の騎馬隊が側面から割って入らなかったら、もう数合で討ち取られていただろう。
今度は指南役が大将軍に打ちかかるが、これもやはり打ち勝つことはできない。しかし経験と技術と、揺ぎ無き精神を力として、互角とは言わぬまでも良い勝負をした。
それを見た隊長も流石の大器である。一切気後れすることなく、一人で敵わぬのならと指南役と力を合わせた。
周りの兵達も続き、馳せては打ち合い、ぶつかってはまた駆けるといった壮絶な騎兵戦が繰り広げられた。騎馬隊の精鋭同士、一騎当千の指揮官同士の激しい戦いはお互い一歩も譲らなかった。
時を同じくして歩兵隊の戦も始まっていた。
大国軍の方が数では勝っていたが、尾根側に居る親友の騎馬隊が上手く立ち回り、こちらも一進一退であった。敵の騎兵を牽制し、時には正面からぶつかりながら隙を見て敵歩兵隊を崩した。
老将の統率も手堅いながら熟達しており、押しては退き、崩れたと見せては押し返した。
しかし時が経つにつれ、騎兵戦においても歩兵戦においても、やはり大国が少しずつ押し始めた。
指南役も隊長も、大将軍の部隊相手によく戦っていると言えた。部下達も敵の精鋭を相手に必死に喰らいついている。双方の命を削りながら、馬同士槍同士のぶつかり合いが更に続く。
だがどうしても、如何ともし難い戦力差がじわじわと戦局に響いてくる。歩兵の兵力差を埋めるため、親友の騎馬隊が多めにそちらへ回っているのが大きかった。もし歩兵の数が同等であったなら、もう少し戦況は変わっていたに違いない。
しかし戦では今有る戦力が全てであり、それをもってどうにかするしかなかった。
歩兵隊がじりじりと押され始めると、
それを見逃さない大将軍の騎馬隊が、歩兵隊の横に出来た間隙を突かんと動く。もし押されている歩兵隊が側面から騎馬に襲われれば、総崩れは必定であった。
しかし、この動きを事前に知っていたかのように、指南役の隊が横合いから妨げて進路を変えさせた。回り込んでいた隊長の部隊が更に押す。
たまらず大将軍は馬首を変えた。
そこへ、親友が騎馬隊の一部を引っさげ、待ち構えていたかの如く突撃してきた。
三対一の戦いとなった。
親友の突撃をかろうじて
親友も隊長も指南役も、この一局を作り出すために長い期間をかけて準備して来た。あらゆる戦局をシミュレートし、それぞれにおいて最善の手を網羅してあったのだ。この三人が今現在の、この地方の騎兵の最高戦力であることは間違い無かった。それらが完全なる連携のもと、大将軍を取り囲む。
指南役が打ちかかると同時に隊長が側面を突き、親友が背後を脅かす。大将軍はそれを打ち止め、避け、どうにか馬を前へ出す。しかし態勢を整える間もなく、今度は親友が打ってかかる。それに対応すればまた指南役が、隊長が、挟みこむように馬首を押えに来る。
流石の大将軍も、最早逃げるか、その首を差し出すしか無いかと思われるほどの猛攻であった。三人に追い崩され、まだ馬上で戦っているのが信じられないような壮絶な死闘である。大将軍は身体を傾け、体勢を崩し、しかしまた立て直しては大槍を振るった。
遂に大将軍が、大きく体勢を崩した瞬間であった。それを囲む三人は、好機と見るや渾身の力で同時に襲い掛かる。
大将軍は、もはや避けることは出来なかった。三方から繰り出された槍を、一つを受け止め、一つを避けたとしても、必ず一つは急所を逃さないだろう。相手が皆それほどの手練であることは、容易に理解できた。
だからこそ大将軍は、一つに注力し諦めの境地を持ってして、死中に活を見出すより他無かった。左手から突かれた指南役の槍を、右手に持っていた大槍で受け止める。右から迫る隊長の槍は、左手で抜いた脇差で軌道を逸らす。しかし、背後から突きだされた最後の一槍は、大将軍の身体に深々と突き刺さった。
槍は、大将軍の身体を突き抜けていた。大将軍の背中を貫いて、腹から穂先が生えている。
流石の大将軍も、腹に風穴を開けられてはもう戦えまいと、三人は思った。が、その認識は甘かった。
大将軍は、槍を避けられないと悟るや、己の肉体で受け止めたのであった。いや、身体の中で受け流したとでも言うべきか。
背後からの槍を、感覚と殺気だけを頼りに、臓器を傷つけることなく貫通させた。そしてその穂先を、脇差を手放した左手で、万力のような力で握っていた。
次の瞬間、隊長の身体が馬上から吹っ飛んだ。大将軍が、右手に持つ大槍の柄で思い切り突いたのだ。それも、受け止めていた指南役の槍を撥ね返しながらである。そのまま大槍を片手で後方に振り回し、柄で親友を薙ぎ払う。
親友は焦った。今手に持っている槍を一捻りでもできれば、大将軍の内臓はずたずたになる。
しかし、動かない。これが本当に人間の力かと疑う程の怪力であった。硬質の岩石にでも突き立っているように、ぴくりとも槍を動かす事が出来ない。
親友はまさしく断腸の思いで、槍から手を離さざるを得なかった。そして悔しさに目を見開きながら、紙一重で槍撃を避けた。
大将軍は白馬を走らせながら、自分に突き立った槍を真っ直ぐ引き抜いた。その槍を指南役に投げ付け、生じた隙を利用して馬首を返して駆け出す。刀を抜いて迫って来ていた親友も、大槍の圧力に押しのけられた。
大将軍は今戦っていた三人には目もくれず、老将率いる歩兵隊へと突っ込んで行った。追いかける指南役は大将軍の側近に阻まれ、更に側近の数名が大将軍に付いて中軍を割って行くのを見た。
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