4-1

 親友と指南役の予想通り、大国は攻めて来た。だが、幾つか計算外のことがあった。

 その中でも深刻なのが、戦争時期と兵力の大きさである。大国の、前回の戦の損耗からの回復速度は、二人の予想を大きく上回っていた。

 対してこちらは同盟国が未だ回復しきっておらず、国内に厭戦気分も抱えている。かと言って友国を見捨てるようなことは無かったが、大国の側面を牽制するに留まらざるを得なかった。

 それを看破した大国は、国境警備の軍を含めた全軍隊を再編成し、剣士達の国へ向ける兵力を捻出した。そして今が時節と言わんばかりに、力を蓄えていた隣国と呼応して押し寄せて来たのである。



 剣士は親友に連れられ、城の緊急会議に出席していた。

 議場では上座に殿様が座り、その隣に若様が顔を並べる。その左右から手前側には指南役を始めとした重臣が控え、剣士は親友と共に部屋の中程に座している。

 周りを見回すと、会議に出席している者の多くは絶望感を漂わせていた。

 何しろ敵は隣国の全軍と、大国の大将軍率いる精鋭である。隣国の全軍を相手にようやく五分であるのに、その上で大国の相手など出来るはずがない。ましてや天下一の勇将とまで言われる大将軍が、自ら先頭に立って攻め寄せてくるのである。援軍も殆どあてには出来ない。

 各将様々な意見が出たが、どれも皆を納得させるような物ではなかった。自領での決戦を唱える者、こちらから打って出て各個撃破を唱える者、城に籠ると言い出す者も居た。内心では降伏や、もしかしたら寝返りさえ考えた者も居たかもしれない。


 そんな中、親友が発言の許可を得た。会議場が静まると、親友は何時に無く強い口調で語りだす。

 この戦の主戦場は、大国の大将軍の居る所に有る。よってこちらも精鋭をもってして、大将軍を討ち取りに行くより他に無い、と。

 それを聞いた一同は大小様々に驚きを表し、其処此処そこここでどよめきが湧いた。親友は場が落ち着くのを待ち、言葉を続ける。

 この戦を乗り切るには、幾つかの到達点がある。

 一つは同盟国のどちらかが敵本土に攻め入り、大国の首都を脅かすこと。だがこれは他力本願である上に、実現の可能性は限りなく低い。

 もう一つは我が国が隣国軍を打ち破ること。大国軍に足止めの兵を向け、本軍で隣国との短期決戦を目指す。しかしこれは、恐らく一番の愚策であると考える。隣国軍に兵力を割けば、当然その分大国軍が勢い付く。大国軍は戦意の高い精鋭であり、少数で相手しては足止めすら不可能だろう。かの大将軍に本軍の側面を突かれれば、全滅の可能性すら出てくる。

 かと言って自領での決戦や籠城戦を選べば、もし今回の戦を乗り切ることができたとしても、自国の損害が大き過ぎ結局滅ぶより他無くなる。軍勢を一纏めにして敵を各個撃破しようにも、相手は大国の大将軍であり、全軍での進軍は迅速さにおいて大きく遅れを取る以上現実的ではない。挟撃に遭ってこれもまた全滅の憂き目を見るに違いないだろう。

 では、どうするか。

 親友は語を強めて言った。

 もし大国の大将軍を打ち負かすことが出来れば、戦は終わる。大国は退かざるを得ないし、隣国は端から勝ち馬に乗ったつもりなので、そうなればこちらが大幅に有利になる。だから隣国に対しては防衛陣を敷いて堅く守り、別働隊の精鋭をもって大国軍を打ち破る。

 更に言えば、今回の戦は大将軍を討ち取るにはまたと無い機会である。予想を上回る兵力とは言え、これだけの小勢で大将軍が戦場に出ることはまず無い。そして前回の敗戦で傷付いた名誉を回復すべく、普段の大将軍には無い焦燥感のような物も僅かながらあるはずだ。そこに付け入る隙は必ず有る。

 最後に、今後の自国の平穏のために大将軍を討つことは絶対に避けられない大事であると力強く述べ、言葉を締めくくった。


 一同、それぞれの反応を見せた。大筋では肯定だが作戦の成功を疑う者が多数、頷いたり肯定的な顔を見せる者は十名程、そして未だ煮え切らない者や、若い親友の意見に反発を感じる者も少数居た。

 その反応を見て今度は指南役が口を開く。もちろん親友と示し合わせてのことである。

 親友の意見には大方賛成だが、大将軍を相手に勝算は如何程であるのか、皆を代表するかの如く質問した。

 親友は答えて言った。

 策は無数に有り、どのような形になったとしても対応できるようにしてある。一部の将には前々から話してあるが、前回の戦が終わった時には既に大国の侵攻を予期していた。ためにそれに対抗し、大将軍を討ち取るために様々な準備を重ねてきてある、と。

 加えて、もし万が一作戦に失敗したとしても、大国軍の侵攻は大幅に遅らせることになるので、他の作戦のように一撃全滅される可能性は限りなく低い。よって勝敗の可能性と危機管理において、この作戦に勝る物は恐らく無いと思われる。そして当然負ける気は無く、高い確率で大将軍を討ち取れるだろう、と付け加えた。

 指南役はそれを聞いて少し考え込んでから、力強く頷きながら了解の旨を伝えた。

 それから二、三の意見が出、最終的に殿様が肯定を示すと、続いて陣容等を決めた。


 陣容の概要はこうである。

 まず殿様と重臣達の本軍は、東の前線砦を中心に隣国軍に対して防衛陣を敷く。好戦的な気配は見せながらも、絶対にこちらから攻撃せずに守備に徹する。

 そして若様を大将とした別働隊で、北東の大国との国境へ向かう。精鋭含めて動員できる兵力は可能な限りこちらへ回す。若衆隊の面々は勿論、指南役も高弟達を引き連れて北東へ向かう。それに歩兵隊の長たる老将の率いる大隊を加えて、この国の最精鋭の軍容が整った。



 準備が整うと、全軍直ちに出陣した。もちろん守備隊や前線部隊の一部は既に戦地を固め、斥候や伝令はひっきりなしに駆け回っている。

 北東に向かう部隊の中、剣士は親友の馬に乗せてもらっていた。周りの兵は将士から雑兵に至るまで緊張の面持ちであったが、剣士だけはお陰でとても楽しそうにしていた。今回は騎馬での戦いが主になるため、剣士の仕事は少ない。とは言っても、拠点防衛や敵伏兵の殲滅と言った、地点制圧的な役回りを命じられているのだが。

 ちなみに剣士の格好は、今回も戦装束とは呼べない物だった。薄茶色の小袖に紺色の外套を羽織っているのみである。同僚が外套について訊ねたところ、寒いからその辺に売っていた布を適当に買って羽織ったとのこと。首元にぼたんが付いており、落ちないようになっている。あとは腰に白木の鞘の愛刀を、左手に親友から貰った数珠のような腕輪をしている。

 そんな様子だったのでどう見ても一人だけ浮いていたが、特に気にする者も居なかった。最早剣士の強さは周知の事実となっており、親友や隊長だけで無く指南役も認める人物ということで一目置かれていた。

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