3-1
剣士達の住む地域には、五つの国がある。二つの小国と、二つの中堅国と、一つの大国だ。
剣士達の住む国は、このうち三つの国と国境を接している小国である。東側には何度も戦争をしている、ほぼ同規模かつ好敵手の隣国があり、北東では、これまた敵対関係にある大国と接している。そして北側には、同盟関係にある中規模の国があり、更にその北側に、同盟国の同盟国があるといった具合だ。
西側の同盟国三つと、東側の大国と隣国がそれぞれ手を結ぶ形で、この地域のバランスは保たれている。大国はこの地域全体を手中に収めようと隙を窺っており、同盟国側はそれを阻止すべく結束しているのだ。
同盟国側は、仮にいずれか一国でも落とされれば、他の二国もそのまま占領されてしまうだろう。反対に、もし大国の唯一の味方である隣国を落とすことが出来れば、包囲網を敷いて大国を倒すことも見えてくる。が、近年は大国の勢いが盛んで、同盟国側は防衛に手一杯であった。
ある日のこと、同盟国に大国が攻め入ったという知らせが届いた。大国の大将軍が、大軍を率いて侵攻したらしい。
同盟国は一国では到底守りきれないため、剣士達の国にも援軍を要請した。隣国が呼応して攻めてくる可能性もあるが、ここで同盟国を潰されれば次は自分達の番である。
そこで、自国防衛と同盟国防衛とお互いの面子を考慮して、若様を援軍の総大将として出陣することが決まった。剣士達の初陣の時に、若衆隊の前身である近侍隊を率いて戦った、あの若様である。
援軍の総指揮は城の剣術指南役が執り、二人と関係の深い若衆隊も援軍の一部として出陣することとなった。
同盟国領に入ると、早馬が戦争の情勢を知らせて来た。
大国軍は早くも砦を二つ落とし、その後の野戦で同盟国軍の先鋒を打ち破り尚も進撃中とのこと。これは同盟国側の予想を遥かに上回る速さであり、大国の大将軍の武勇に因るところが大きかった。
大国の大将軍は、身一つと己の智謀だけでのし上がった万夫不当の英雄である。たった一騎で敵の一個中隊を蹴散らしたとか、その策略と剛腕によって百倍の勢力差を覆したとか、武勇伝にも事欠かない。先年大将軍に抜擢されてからというもの、大国の隆盛は目覚ましく、大国軍の士気たるや並々ならぬものであった。
同盟国は正攻法ではとても敵わないので、援軍の到着を待つべく西方の出城に
若様の隣で報告を聞いていた指南役は、現在地から北東にある砦を攻め落とすことを提案した。大国に落とされた同盟国の砦の一つで、今は大国の兵が占領している。
もしそこを落とすことができれば敵の背後を脅かすことになり、そうなれば大将軍率いる大軍も退かざるを得ないだろう。砦を拠点に糧道を断つなり、挟み撃ちにするなり、そのまま大国に攻め入ることだって不可能ではない。
しかしこれは、成功すればそれこそ戦局を決定する一打になるが、だからこそ難しい作戦でもあった。当然、敵もここが重要な拠点になることは承知している筈であり、狙われる可能性も大いに考えるだろう。恐らく敵の精鋭中の精鋭で、しかも大将軍の信頼に足る武将が守っているに違いなかった。
更には、ここを攻め落とすのに時間を掛け過ぎれば、同盟国がそのまま敗れ去る可能性も高まってくる。かと言ってここを放っておいて敵本軍に攻めかければ、今度は自分達が挟撃されることになる。
若様は迷う事なく指南役の案を受け入れると、全軍に進路を告げさせた。
北東の砦に到着すると、早速攻撃を開始した。何せ時間との勝負である。既に日は中天を幾らか過ぎ、影が少しずつ長くなってきていた。
一日攻略が伸びれば、それだけ敗北の可能性が高くなる。いつも冷静な指南役でさえ、流石に僅かながら焦っているように見えた。
砦はなだらかな丘の頂上付近に建っており、堅牢な石壁に囲まれている。石壁の上には弓兵がずらりと並んでおり、壁上から投げ下ろすための石なども豊富に見える。
物見の情報によると、砦の東側の壁の一部が少し崩れており、攻め入るならそこが容易に思われた。恐らく大国軍が砦を攻めた時に破壊されたのであろう。だが、当然そこは敵兵も重点的に守っているようだ。
指南役は敢えて東側を避け、西側から攻撃を開始した。弓を射かけ合い、梯子を壁にかけ、一斉に砦に取り付いた。
しかし、敵兵の妨害はかなりのものであった。こちらに比べて少数とは言え良く統率されており、鮮やかな連携で攻め手を押し返した。日が傾き出しても一向に攻略の糸口は掴めず、指南役は一旦兵を収めて陣を敷いた。
若様は各部隊長と士官を集めて軍議を開いた。剣士も、親友のお付きと言う事で末席の後に控える形で参加した。
まず口を開いたのは指南役で、この後の動きの大筋を話した。
今日正面から攻めて見せたのは布石としての意味合いが大きく、今後の方針は二つある。
一つは、砦を諦めて敵本軍に向かったと見せかけて砦内の敵を誘き出し、それを叩くこと。もし誘いに乗らなければそのまま敵本軍を攻撃する。
もう一つは、このまま西側を攻め立て、頃合いを見て東側の石壁が壊れている所を一気に攻める、というものだった。
それを聞いて、若衆隊隊長が口を開く。
若衆隊の騎馬隊に他部隊の騎馬を一部加え、それを別働隊として敵本軍に向かうのが良いのではないか、と提案した。
戦力的にも一撃離脱の戦闘を仕掛けるには丁度良いし、砦の敵も上手く釣れる程度の軍容になる。その間、本隊は一部の兵を伏せつつ、砦の敵軍を足止めするかのように攻め立てれば、どちらに転んでも作戦は成功と言える。
この意見は満場一致で賛成され、若様と指南役もそれを許可した。そして作戦の細部を詰めるべく、また皆で意見を述べ合った。
皆が話し合い出すと、剣士は親友の背中をつつき、何事か小声で伝えた。
親友はとんでもないとでも言いたげな顔をしたが、剣士の顔を見ると諦めたように視線を卓に戻した。嘘や大言など吐いたことも無い剣士が、控えめな笑顔と共に恐ろしいことを平然と言ってのけたのだ。
親友は作戦の内容と現在の情勢をもう一度整理したが、剣士が背中をつつき、今度は無言で頷いて来たのを見ると、意を決したように軍議への発言許可を求めた。
発言が許可されると、皆の視線が親友に集まり、場は静まり返った。既に親友の智謀は、初陣の活躍と一揆鎮圧のお陰で周知のものとなっている。
親友は皆に、今から直ぐに夜襲を行うことを、落ち着いた口調で提案した。砦の南東の林に歩兵の精鋭を伏せた状態で、本隊に西から攻めかけてもらう。その間に闇夜に紛れて東側の崩れた石壁から突入するというのだ。
机上の空論に過ぎないことは皆分かったが、親友の半ば駄目元の提案振りと、その奥に見える謎めいた自信に、場の空気は固まった。
沈黙を破り、若様が、それは流石に無理のある作戦ではないかと言った。他の者も口々に反対の意見を述べる。
親友はそれを受けて、言葉少なに、同盟国が敗れるのは時間の問題であることと、もし作戦が採用されたら必ず成功させることだけを言った。
それを聞いた指南役は、親友と、その後で虚ろに立っている剣士を見た。二人の師であるがために、
剣士の持つただならぬ素質を、この時点で僅かながらでも感じていたのは、親友を除いては指南役だけだったろう。
指南役は、親友の案を支持する旨を言った。更には責任は自分が持つとまで言い切った。
指南役がそうまで言っては、他の者は従うより他無かった。若様でさえ、一度確認のために聞き返しただけで後は何も言わなかった。皆からの、指南役への信頼であった。
陣中は静まり返ったまま、皆音を立てないよう支度した。
親友は若衆隊に所属する同門僅か十余名を引き連れ、南東の林に向かった。更にその後方には指南役の部下の隊が回り込むことになっている。合図と共に若衆隊が突撃し、その後から続く手筈であった。
林に隠れてしばらくすると、西門の方から喊声が聞こえてきた。
剣士は、紺色の小袖を着ていた。こんなこともあろうかと持ってきていたのだ。いつもの白では、流石に目立ちすぎる。あとはいつも通り、腰に下げた白木の鞘の愛刀が一振り。左手首に親友から貰った腕輪を光らせながら、ふらふらと砦の東壁に向かって歩いて行った。
それに気付いた敵兵が、弓を射かける。剣士は躱すでもなく、ゆらりと歩いただけで矢は当たらなかった。それを見た敵兵は、これでもかと一斉に矢を射かけた。剣士はそれら全て、居合い抜きに斬って捨てた。夜であることも相まって、敵兵達には何が起こったのか皆目見当が付かなかった。
剣士は何事も無かったかのように、砦上に声をかけた。
向こうの林に伏兵が居たから気を付けた方が良い、と。
そう言って林を指さすと、それを合図として、わーっという叫び声と共に若衆隊が飛び出した。
当然砦上の兵達は皆そちらへ目を遣った。そして敵襲に備えるべく行動に移ろうとした時には、剣士の姿は消えていた。
敵兵の何人かは慌てて探そうとした。が、既に剣士は石壁の崩れた部分を跳び移り、砦壁上に刀を抜いて降り立っていた。
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