2-3

 親友はその頃、塞内に潜入していた。

 荷物の輸送に紛れて入り込んだが、屋敷や寺院の方は警戒が厳しくて近づけなかった。仕様が無いので、他の信徒に紛れて塞内の雑務をこなしながら機会をうかがっていた。

 すると程なくして、塞の奥の方が急に慌ただしくなった。塞中の兵が屋敷へ向かって走っていく。何事だろうかと気にはなったが、それを確認している暇は無い。

 これは好機とばかりに塞門まで行き、番兵を殺して門を開け放つ。そのまま門の一部を壊して閉じられないようにし、合図の狼煙をあげた。


 親友は続いて、状況を把握すべく奥へ向かった。あわよくば、どさくさに紛れて教祖を討つつもりであった。塞内は屋敷へ向かう者と門へ向かう者でごった返している。

 信徒達は口々に何事か喚いていた。その中には、世界の終わりだとか鬼が出た等と言う者まで居た。奥から逃げて来た雑兵を問い詰めると、教祖が鬼に殺されたと叫びながら泣き崩れる始末だ。親友は信徒に紛れつつ、寺院の隣にある屋敷まで急いだ。


 屋敷の中に視線を遣ると、親友の目に驚くべき光景が飛び込んで来た。大きな部屋の中央に、蝋燭の明かりに照らされた、血塗れの剣士が居たのである。

 剣士は玩具でも扱うかのように、教祖の死骸をつんつんとつついている。その周りには夥しい数の敵兵の死体が、部屋の外まで折り重なっていた。

 剣士は死体の観察を続けながら、教祖の仇を叫んで向かって来る信徒を返り討ちにしている。その無邪気なまでの残虐ぶりは、正に悪鬼そのものであった。

 飛び散る血潮に表情一つ動かさない剣士の姿を目の当たりにして、これら全て剣士が殺したのだと、親友は現実に理解せざるを得なかった。

 親友はそれと共に、初陣の時の剣士の姿を思い出していた。自分が意識を失っていた間、剣士は敵兵を斬っていたのだと悟った。傷一つ無いのに血で染まっていたのは、全て返り血だったのだ。当時はそんなことはあり得ないと、皆と同じように死骸の下にでも隠れたのだろうと思っていたのだが。


 剣士は親友に気が付くと、酷く驚いた顔をした。そして知られたくないことを知られた時の、ばつの悪そうな顔をした。それは親友の知っている、いつもの剣士であった。

 二人は一旦屋敷から離れ、建物の裏手へ隠れた。塞内には既に若衆隊が突入しており、残った教兵を追い回している。

 親友は周りに意識を向けつつ、俯いている剣士に尋ねた。

 何故剣士が一人でここにいるのか。

 剣士は申し訳なさそうに目を伏せた。

 続けて、教祖とその取り巻きを全て一人で斬ったのか聞いた。

 剣士は極僅かにだが、ゆっくりと頷いた。

 親友は更に、何故強さを黙っていたのか聞いた。

 剣士は俯いたまま、どうせ誰も信じないと思ったと、小さな声で答えた。

 それらを聞いて親友は、剣士に、軍への報告は全て任せるように言った。本当の事を話せば、軍規違反だけでなく、危険人物として処理されかねなかった。



 隊長達が塞を制圧し終えると、剣士達も合流した。

 隊長には、教兵達に同志討ちをさせるべく立ち回ったと報告した。そして機を見計らって突入して斬りまくったと。また、剣士は親友に連れられて一緒に潜入したことにした。

 この一件で、周囲からの親友と剣士の評価は大きく上がることとなった。


 親友は剣士に、手柄を横取りするような形になったことを詫びた。

 剣士としては手柄など全く興味が無かったし、庇ってくれた事への感謝でいっぱいであったが、親友はやはり気にする性質だった。そこで親友は、塞の中にあったという戦利品の腕輪を剣士に渡した。大手柄であった親友に、特別に褒美として渡された物である。腕輪は数珠のように、宝珠が二十個程連なっていた。他の名誉は分けることはできないが、せめてこれを渡さないと気が済まないらしい。

 経緯はどうあれ、剣士は親友に貰えたというだけで、何だかすごく嬉しかった。そしてこれより後、剣士はこの腕輪を生涯外す事が無かった。



 一揆の鎮圧から帰ると、剣士と親友の朝晩の稽古が様変わりした。二人で居る時は、剣士は遠慮なく好きなように剣を振るった。親友はそれに付き合うこともあれば、近くで書を読むこともしばしばであった。


 それから暫くの間、一揆や盗賊の討伐など、何度か出陣することがあった。その際剣士は何度か、親友の指揮下において単身で多数の敵を相手にした。

 剣士の力量は本人でさえ分かっていない部分があったので、親友と共にどの程度のことが出来るのかを把握するためであった。そのため、秘密にはしていたものの、若衆隊の歩卒の中には剣士の強さを何となくうかがい知る者も居た。


 城下での鍛練の時なども、剣士の様子はかなり変わってきていた。剣を用いれば、ほとんど負けることは無くなった。それも、教えられた形や構え、刀法を守った上でのことである。また、弓や槍等も、少しだけ上達してきた。まだまだ使い物にはならなかったが、以前のような壊滅的な腕前では無くなってきていた。

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