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風徒教は孝道や忠道といった「道」を司る神を信仰する、非常に穏やかな宗教である。この国でも風徒教の信者は数多く存在し、生活の一部として溶け込んでいる。剣士が赤子の時に捨てられていた寺も、風徒教のものである。
しかしどんなに素晴らしい教えを説いても、中には過激な解釈をする者が居る。そしてその過激な解釈を都合の良いように民衆に信じ込ませ、焚きつけるのだ。
剣士達の初陣から暫くは平和な日々が続いていたが、ほどなくして再び戦火は
そんな噂話が街中に溢れだした頃、城からの召集があった。
召集の命が届いた時、剣士の所属する若衆隊は丁度部隊訓練を行っていた。剣士も副隊長である親友に率いられ、槍を握って部隊員と共に指示通り駆け回っている。
隊長が全隊に集合をかけ、これから出撃することを告げる。国の北西部で宗教一揆が発生したので鎮圧に向かうらしい。
戦後で兵員の余裕も無く、既存の部隊は隣国への備えで運用しづらいため、まだ任務を帯びていない若衆隊に白羽の矢が立ったのであった。一般に一揆の兵は装備も弱く練度も低いので、適任とも思われたのだろう。
かくして若衆隊は、隊長に率いられて北西目指して出陣していった。
近隣の農民の話によると、一揆の勢力は教祖を中心に団結し、山塞を拠点としているらしい。山塞は、元々風徒教の寺院だったのを改造したものである。
風徒教の僧侶として修行をしていた教祖は、ある時から神のお告げを受けたと言い出した。そして勝手に教兵を組織し、従わない僧侶を皆殺しにしてしまった。
今では、神の加護を受けた教祖は無敵であるというような噂さえ流れ、都合の良い教義に
若衆隊は山塞の近くまで来ると、真向かいにある小高い丘に陣取った。後方にはこの辺りの警備隊の砦があるが、一揆により敗走して空城になっていた。
交渉の余地が無いことは事前に伝え聞いていたので、直ちに戦闘を開始する。敵は山塞に籠るかとも思われたが、教祖自身先頭に立ち、打って出て来た。
教兵達は、装備はちぐはぐで訓練も十分で無いことは明らかだったが、
小細工無しに、両軍正面から当たった。
通常、正規兵に比べて脆弱な一揆兵は、ゲリラ的な戦法を取った方が利口である。
実際一揆の兵達は弱かった。しかし信仰による一種のトランス状態となっており、その点厄介であった。身体の一部を斬られた程度では怯まないのである。
加えて教祖の指揮が絶妙であった。天凛名高い若衆隊隊長とも十二分に渡り合い、付け入る隙を与えない。教兵達は死をも恐れずに、教祖の号令を必ず守った。教祖はそれを武器に若衆隊を押し包み、撃滅せんとした。
絶対的な数の差も響き、若衆隊は徐々に劣勢に立たされ、じりじりと後退させられながら消耗していった。
日が暮れて砦に引くと、若衆隊の隊員達は嘆いた。
一揆の兵達はおかしい、本当に神に護られているのではないか、と。隊長までも意気消沈しているし、親友も俯いたままだ。
剣士はそんな中、一人のんびりとしていた。剣士も槍を持って戦闘に参加したが、剣士が槍なんぞ使ったら味方の方が危ないので、親友の命令で後方に隠れていたのである。
だが剣士は、のんきな顔をしながらも戦のことを真剣に考えていた。そして色々と考え込む内に、一つの疑問が次第に大きくなっていった。
神の加護とやらは、本当であろうか。幾ら精神力が強かろうと、神に護られていようと、人は致命傷を与えれば死ぬのではないか。
その考えは、初陣の戦闘で少なからぬ自信とともに己の内に根付いていた。しかし現実に若衆隊は教兵に苦戦を強いられ、更には教祖は不死身だという噂さえ蔓延している。果たして自分に斬れるのか、斬ったとして殺すことができるのか。
それを知るには、実際に斬ってみるのが一番であった。そう思うが早いか、剣士は一人ふらふらとその場から消えていた。さっさと防具を脱ぎ捨てると、白の小袖に、新調した白木の鞘の愛刀だけという出で立ちになる。そのまま山塞目指して歩き出すと、夕闇の中へ消えていった。
親友はふと、剣士が居ないことに気がついた。辺りを見回し、どこにも剣士の姿が無いことを確認すると、更に数秒俯いて黙り込む。そして意を決したかのように、隊長に向かって口を開いた。
このままでは最悪全滅も有り得るから、そうなる前に自分が山塞に潜りこみ内側から崩す、と。
もちろん隊長は止めたが、親友の決意は固かった。剣士が居たらついてくるであろうから、居ない時を見計らって話した。
隊長も他に良案があるわけでもなく、親友の策に望みを託すより他無かった。山塞の近くまで軍を動かし、
親友は奪った教兵の服を着ると、頃合いを見て山塞へと向かって行った。
一方の剣士は、ゆっくりと山塞まで歩いた。山塞に着くと至って普通に門番に話しかける。
自分は旅の武芸者だが、今日の戦を見て教祖に興味が出たので是非会ってみたいのだと告げた。
断られたら斬るだけだったし、適当に話した。しかし驚くべきことに、塞に入って教祖に謁見する許可が出てしまった。
剣士は門番や信徒達にじろじろと見られながら、門をくぐって塞の中に入っていった。そして案内に連れられて、奥の屋敷へと向かった。
その頃、山塞の寺院に隣接する屋敷で、教祖は一人考え事をしていた。
教祖ともなると、実に色々な事を思案しなければならない。国から派遣されてきた軍隊の事から今後の教団の運営指針など、その大半は実務的な物ばかりであった。
教祖がちょうど、新しいお布施による資金調達を思案していたところへ、報告が一つ来た。旅の武芸者を名乗る者が、教祖に是非会いたいと言うのだ。何でも今日の戦の指揮ぶりに感じ入って、どんな人物か興味を抱いたらしい。
門番が言うには、服装は至って簡素だがどこかに気品を漂わせ、綺麗な刀を
それを聞いた教祖はしめたと思った。もしかしたら何処かの資産家の子か、由緒正しき血筋の者かもしれないからだ。もしそうであれば入信させて洗脳し、金にしろ権力にしろ大きな後ろ盾を得ることができる。
敵の間者である可能性ももちろん考えたが、会ってみてその可能性を捨て切れなければ、処刑して味方の士気を上げるのに使ってしまえばいい。
教祖はそう決めると、自らの居る屋敷へと招くよう指図した。
連れて来られた剣士を見て、教祖は成る程と思った。兵士にしては小綺麗すぎるし、貴族を装う間者にしては鋭さが微塵も無いと感じた。
どのように取り繕おうと、何かを成さんとする者には特有の緊張感や、身体の内側に一本芯のような物があるものだ。しかし眼前の若者にはそういったものが微塵も感じられなかった。この年齢で間者としての境地に達しているとも思われないし、何より本当に無邪気な立ち居振る舞いだ。道楽剣士という表現が最も似つかわしいような、そんな様子である。
一応更に反応を見ようと、入口の僧へ目配せした。僧は剣士に向かって刀を預かると言い、手渡すよう促した。
すると剣士は困った顔をしながら、これは形見の品で他人の手に渡すわけにはいかないと言いだした。
それを聞いて、僧達にも周りの教兵にも少なからぬ緊張が走る。
が、教祖はそれを聞いて逆に安心した。教祖自身も腕に覚えはあり、
教祖は帯刀を許す旨を伝えると、剣士を屋敷に上がらせた。もちろん周りには屈強な護衛を従えてある。
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