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 この日の戦では左翼こそ大きな損害を出したものの、全体で見ればそこまで悲惨な負け方では無かった。城の剣術指南役率いる右翼の部隊が殿しんがりとして追撃を防いだのと、砦に控えていた後詰ごづめが迅速に対応できたのが大きかった。右翼の退却戦においては、かえって敵軍の損害の方が大きかった程だ。



 剣士達が砦に入ると、近侍隊の隊長達がやってきた。彼らは追撃を上手く退け、損害もほとんど無かったようだ。砦の後詰への第一報も、隊長の従者によるものであった。

 親友は隊長と一緒に本営へ行き、報告を済ませた。明日の戦では近侍隊は騎馬のみ出陣し、親友は騎馬隊の副隊長として出撃するらしい。

 剣士もついて行きたかったが、騎馬での出陣となると確実に足手まといになるので諦めた。そもそも防具はおろか刀一本に血塗ちまみれの小袖しかないという格好だったから、出陣したい等とはとても言い出せない。先程も、通りがかった雑兵が剣士の格好を見て、防具を脱ぎ棄てて逃げて来るなんて蜥蜴とかげみたいな奴だと笑ったのだ。

 しかし例え剣士が、その刀で多くの首を挙げたことを話したとしても、誰もそれを信じないのは明白であった。返り血についても死体の下に隠れていたなどと言われるに決まっている。

 結局剣士も含めた歩卒の面々は、砦の部隊の補充要員として残ることになった。なにせ人数が随分減っていたし、負傷者の数も夥しかったのだ。動ける者達はそのまま、砦を守護する武将の指揮下に入った。



 次の日、味方の出陣を見送ると、剣士は非戦闘員に混じってひたすら雑用をしていた。剣士の格好を見た砦の警備担当が、この体たらくでは到底使い物にならないと判断したのである。

 剣士以外の雑用のほとんどは負傷者か老人であったため、剣士は人一倍働いた。怪我人の看護から飯炊き、武具の手入れや砦の補修などいくらでもやることはある。

 そうしている内に時間は過ぎ、夕日が山陰に隠れる頃には味方の大勝を告げる早馬がやってきた。



 更に次の日の昼過ぎ、友軍は早くも引き揚げを開始していた。

 敵軍が深夜のうちに撤退を開始し、未明にはほとんど引き揚げてしまったらしい。こちらとしても初日の損害が大きかったため、あえて深追いはしなかったようだ。

 剣士はというと、負傷者を載せた輜重しちょうをせっせと押していた。

 聞くところによると、昨日の戦闘では若様率いる近侍隊が大活躍したらしい。隊長は大将首を挙げ首級をいくつか獲り、他の者達も大いに武功をあげた。

 また、近侍隊の活躍は副隊長である親友の献策に因る所が大きかったとか。近侍隊の功は、それを率いる若様の功でもあるので、若様本人や殿様はもちろん重臣達も大いに喜んだ。そのため隊長を筆頭に、副隊長や部隊の者達まで今後の去就をあれこれ噂される程だった。


 城下に戻ると早速戦後処理と論功行賞が行われた。左翼の部隊が大きな損害を受けていたため、それを中心に全軍の再編成が必要であった。

 その際近侍隊は、正式な一つの部隊として残されることとなった。幾名かは他部隊に移ったものの、組織構成はほぼそのままに、若衆隊わかしゅうたいと改称されたのだ。

 若衆隊の隊長はそのまま近侍隊の隊長が引き継ぎ、副隊長に関しても同様であった。通常、近侍隊は初陣が終わると解散されるのだが、今回は特別武功が大きかったためにこのような処置が下ったらしい。お陰で剣士もそのまま若衆隊に所属することになり、親友の直属として働くこととなった。



 戦が終わって一週間が経つ頃には、剣士は以前とほとんど変わらぬ生活をしていた。ただ一つ変わったことと言えば、空き時間の雑用を後輩に譲り、瞑想に耽る時間が出来たことくらいである。

 というのも、先の戦の影響で、周りからの剣士への視線が変わったのである。特に後輩達にとって、此度の親友の活躍は憧れのまとであり、親友と一緒に居ることが多い剣士も格好良く見えた。また、最初のうちは装備を捨てて逃げた臆病者とからかわれたりもしたが、いつの間にか、そんな状態になっても親友を見捨てなかった忠義者という評価になっていた。

 もしかしたら親友が何か言ってくれたのかもしれないが、剣士が敵兵を二十近くも殺したことについては、親友を含めて未だ誰も知らなかった。

 ともあれ、城からの召集が無い限りは別段これまでと変わったことも無く、日々鍛練に励むのみであった。


 ちなみに剣士の鍛練中の様子はと言うと、相変わらずの惨状であった。剣以外の物は幾ら練習しても上達の兆しさえ見えない。若衆隊の部隊訓練も始まったが、どうにか付いて行くのがやっとであった。戦場で磨いたはずの剣術でさえ、ようやく中の上と言ったところか。

 戦後数日の間だけは立ち合いの相手を圧倒することも何度かあったが、それもすぐに無くなった。能ある鷹は爪を隠すなどと言うが、剣士の場合はそんなつもりは毛頭無い。いつも一生懸命に剣を振るい、立ち合いに関しても一切手を抜くことなく打ち合った。

 しかし、そうだとすると一つの疑問が浮かび上がってくる。あの戦場での圧倒的な強さは一体何だったのだろうか。もしかしたら剣士にとって、剣術と戦と殺し合いとは、未だどれも全く別次元の物とでも認識されているのかもしれない。

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