第一章
1-1
城の剣術指南役の元へ、一人の若い剣士が訪ねてきた。若いと言うよりも、まだ子供であると言った方が正しいかもしれない。
指南役と対座した剣士は、一枚の書状を懐から取り出した。指南役はそれに目を落とすと、暫しのあいだ瞑目して黙っていた。ゆっくりと視線を上げ、剣士に二三質問すると使用人を呼び何事か言い付ける。剣士は席を立って礼を言い、使用人の後について行った。
剣士は指南役に弟子入りし、屋敷に住むこととなった。屋敷には稽古場が隣接しており、指南役の弟子達はそこで日々の稽古に励む。ここには剣以外の物も沢山あり、稽古の際には弓や槍も使用した。馬も多く居て馬術を習うこともあったし、組み手や学問もした。
しかし剣士の出来はと云うと、どれも
そんな状態であったが、幸いなことにいじめに遭ったりはしなかった。元来真面目な性格なので雑用等は率先して行ったし、
皆から好かれるということは無かったが、誰かにひどく嫌われることも無かったのである。
そんな剣士にも、親友と呼べる存在は居た。
親友は明るい性格で、真面目で面倒見も良く誰からも好かれていた。指南役の知り合いの兵法者の子で、剣士より半年ほど前にここへ来たらしい。
剣士とは同期な上に同い年なので、何かと一緒に行動することが多かった。また、二人とも時間が空けば何かしら修行をしていたので、その点でも気が合ったようだ。
この頃は、剣士にとってとりわけ平和で幸せな日々であったと言える。
屋敷へ住み始めて数年が経ったある日、城からの召集があった。隣国との戦争に参加するためである。
説明によると、指南役と高弟達は殿様に従って前線へ
この土地では初陣の際に率いる部隊として、若い者ばかりの
剣士も近侍隊に配属されることになったが、驚いたのは親友が同隊の副隊長に任命されたことだ。親友の腕前や人望からすれば妥当とも言えるが、剣士とは数か月しか年齢が離れていないのである。
剣士は親友の名誉を自分のことのように喜んだ。が、実は内心では、自分も戦に連れて行って貰えることへの安堵の方が大きかった。何せ未だに剣以外はまともに扱えず、戦働きなどとても出来そうにない。とりたてて戦場に出たいわけでも無いが、親友が副隊長なのに自分は留守番というのは嫌だった。
戦の準備をした後、近侍隊は集合した。
剣士は動きやすい白小袖の上に、簡素な鎧と兜を身に着けている。腰には赤子の頃から慣れ親しんだ刀と、支給された脇差を帯びる。隊の中ではずばぬけて軽装だが、それでも何やら動きがぎこちない。軽装とは言っても具足を含めるとけっこうな重量になるのである。
隊には見知らぬ顔も多かったが、隊長も副隊長も見知っていたため緊張し過ぎるということは無かった。隊長はこの国の家老の息子で、稀代の天凛と噂されるほどの逸材だ。剣士と同じ稽古場にもしばしば顔を見せることがあったため、何度か会話を交わしたこともある。本来なら前線でも十二分に活躍できるのだが、初陣の若様に華を持たせたいのであろう。近侍隊は若様の指揮で戦うことになるが、実際の細かい指示は隊長達が行う。
若様と合流して初陣の儀式を済ませた後、まもなくして出陣となった。整然と隊列を組み、隣国との国境へ歩を進める。
剣士はと言えば、副隊長である親友の指揮下に入ることとなった。若様が近侍隊全体を率いて、その下で隊長が騎馬を、副隊長である親友が歩卒を統率する。
道中で親友は、自分が率いる歩卒に対してそれぞれの役割と決まり事を確認した。その際剣士には、常に副隊長の傍を離れないよう命令した。
その日の昼過ぎには戦場へ到着した。
既に両軍は、なだらかな山間にある小さな盆地を挟んで対陣していた。これまでに前衛の小競り合いはあったものの、未だ本格的な戦闘は始まっていない。両軍睨み合う形で、お互いに機を見ている状態である。
近侍隊が本隊への報告を済ませ、その左後方に陣を張っていると、自軍の右翼前方から大きな
右翼の戦闘に連動するように、全軍待ち望んでいたように活気付きだした。
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