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 装備と編成も新たに、特殊斥候部隊は最前線へと舞い戻った。敵戦車師団が本格的に動き出す初夏までは未だ時間的余裕もあり、それまでにある程度の優位を得たい所である。

 積雪と春の雪解けに主力が阻まれている間は、独裁国家軍は消極的な作戦を取らざるを得ないだろう。こちらとしては寒さの厳しい内に、あわよくば戦車師団を筆頭とした敵主力を削る事が出来れば、中長期的に見て大きく勝利へと近付く。

 当然お互いの前線陣地を跳び越しての奇襲作戦は、両軍ともに数多の立案、試行錯誤を繰り返していた。列島の作戦としては、南の山岳地帯、北の針葉樹林帯、そして飛行部隊による空爆と、それに伴う空中戦闘を囮にしたグライダーでの突入。小競り合いを繰り返しながらも、痛烈な一撃を与える機会を耽々と窺っていた。



 程なくして特殊斥候部隊にも、針葉樹林帯を突破しての奇襲作戦が伝えられる。社会主義残党軍と連携しての森林戦を行いながら、後退したと見せかけて更に背後へと回り込む。

 一度補給の為に後方へ退がったのも、敵方に特殊斥候部隊が後退する可能性をちらつかせる意図を含んでいた。勿論そう簡単に油断などしてくれる筈も無いが、それでもこういった繊細な駆け引きが後から功を奏す事も十分有り得る。

 そんな訳で剣聖も白い外套に身を包み、部隊員と共に敵地奥深くへと侵入して行った。当然の事ながら、特殊任務に慣れていない旅人は技術班非戦闘員の面々と共に留守番および後方事務である。



 戦線から更に北へ進むと、海氷に閉ざされた海岸線へと出る。社会主義残党軍の案内で断崖が開けた地点へ辿り着くと、特殊斥候部隊は海氷の上を更に北へと歩き出した。

 辺りの氷塊を見回しながら、いつだって損な役回りである事を、疲労困憊の諜報員がぼそりと嘆く。後方の拠点での久々の休息も、諜報員だけは片付ける仕事が山積みで反って普段より重労働だったらしい。割合仲の良い憲兵上がりと一緒に、抱える任務が一つだけなんてこれ以上の幸せは無いと零しているのを剣聖も何度か聞いていた。


 陸影が殆ど見えなくなるまで北上すると進路を西へ変え、更に進むと今度は南下する。一面氷しかない場所なのに、案内役の兵士には陸地の位置関係が手に取るようにわかるらしい。

 数日を氷上で過ごし、漸く戦線の向こう側へと上陸すると、決行日に合わせて移動を開始した。



 ちょうど同じ頃、東部戦線南方の山岳地帯では、列島軍山岳部隊の精鋭が山脈越えを試みていた。装備の軽量化と防寒機能の向上により、以前は不可能とされていた山脈越えも現実的な成功率を見込めるようになったのである。更には軍事大国から世界有数の登山家チームを招聘、軍隊未到達高度でのノウハウを吸収する。

 作戦開始までに十二分な訓練を行った彼らは、他方面の作戦に合せて山中へと入って行った。





 その日、列島軍は日没を待って大規模な攻勢を仕掛けた。地上部隊は各所で敵陣地への侵攻を開始し、辺り一面塵煙に包まれ星明かりさえ遮る程である。

 空戦部隊は戦線後方を脅かすべく大量の戦闘機、爆撃機を投入。二手に分かれての大編隊は、その威容を大陸中へと見せ付けんばかりである。

 各編隊の隊長機とその支援機達は、先の東南諸島の戦いでその名を轟かせたエース達。列島のエース機を相手に決して単機で闘ってはならないと、当時の軍事大国空軍内で常識となった程の者達である。


 対する独裁国家空軍も、列島に勝るとも劣らない兵士と機体を揃えている。戦場の性質の違いはあれど、二度目の世界大戦勃発以降の撃墜数では独裁国家空軍が圧倒的であった。

 これは列島軍が海や島々を舞台に戦っていた為、航続距離が長く出撃回数が少なかった事にも起因するが、それを置いても敵空軍の実力は計り知れなかった。また、飛行場と戦場との距離が短い陸地では、例え撃墜されても脱出したパイロットが徒歩で生還する事など珍しくも無い。とあるつわものなどは撃墜された後に走って基地まで帰還し、すぐさま出撃して自分を撃墜した相手を撃墜し返したという武勇伝まで持っている。加えて陸での戦闘と連動した作戦となる為、その点でも独裁国家軍の方に一日の長が有った。


 迅速な発進を終えた独裁国家の戦闘機編隊が、次々と迎撃を開始する。海戦と違ってお互いの策敵による読み合いの要素が異なる点なども、大陸での空中戦の特性であった。

 編隊同士が会敵すると、各機体は上下左右に散開、それぞれに援護し合いながらの激しい格闘戦が始まった。お互いの機体特性を踏まえ、上空からの一撃離脱と旋回性能を活かしての差し込みを狙う列島軍旧式戦闘機。それらの攻撃をエンジン性能と下降速度の差で避ける独裁国家機。合わせて上空から接近した独裁国家の支援機が、強力な機銃を列島機の背面へと喰らわせた。

 装甲の薄い旧式機は瞬く間に大破、パイロットは生死を確認するまでも無く炎に包まれる。

 しかし今度は友軍を殺した敵機の側方から、列島の最新鋭機が襲いかかる。最新鋭機の尾翼下方には赤色の鳥を模したマークが多数。列島軍最強のエースの一人、この飛行部隊の第二小隊長であった。


 火を吹く機銃に飛び散る金属片。逃げる間もなく鉄屑と化す支援機を置いて、独裁国家戦闘機が速力を上げる。それを逃すまいと小隊長は、新型機に積まれた世界最高のエンジンを全開にした。

 機体性能の差は、両機の間隙を見る見る内に埋めて行く。射程に捕えた小隊長機が、機銃の照準をその中心へと合わせる。が、逃げる独裁国家機は射線を避けての左急旋回。小隊長も追うが、今度は機首を上空へ向けた急激な上昇、そのまま縦に半回転すると、失速を利用して錐揉みへと移行した。

 ここで単純に追いかければ、こちらの機体では失速後のリカバリーが間に合わず墜落する。かと言ってそのまま宙返りしたとして、今度は背後に回り込まれてしまうだろう。しかも突出した小隊長とは反対に、遥か遠方に複数の敵影が確認出来る。何れかはこちらへやって来るに違いなく、小隊長は舌打ちしながら宙返りを途中で切り上げ、友軍の戦闘空域目がけて退却するより他無かった。

 その場を離脱して行く小隊長は、その後方遥か下、独裁国家機が地面すれすれで鮮やかに体勢を立て直すのを眺めていた。

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