9-3

 遥か遠くで開始された戦闘を横目に、特殊斥候部隊は敵拠点へと急いだ。もし他の突入部隊が侵入に成功していれば、既に作戦を開始している筈である。基地での合流が果たせなかったとしても単独で作戦を行う事に変わりは無く、既に哨戒の一部を暗殺した剣聖達にとって、時間を掛けて行軍する余裕など微塵も無かった。

 高くそびえた針葉樹の森を、寒風と共に目的地へと駆け急ぐ。その先頭には剣聖と熟練の部隊員、社会主義大国残党の精鋭も居る。雪上の行軍において、突入部隊の中でも抜きんでた速度を発揮する者達である。


 逸早く敵の存在を察知した剣聖が、樹木の陰から陰へと身を隠す。合せて他の者も散開、それぞれに潜伏しながらじりじりと距離を詰める。

 偵察部隊と思しき一分隊の、分隊長、通信手、装備を確認。何時の間にか彼らの間に滑り込んだ剣聖が、それら優先目標を一突きに殺す。続いて近場の敵兵を斬り上げ、その奥の救護兵は口元にあてがった通信機ごと顔面を薙ぎ払う。迅速な反応で銃口を向けた残りの兵士は、発砲する直前に周囲からの飛び道具、即ち投げナイフとボウガンで絶命した。

 もちろん発砲された所で剣聖は問題にしなかったが、銃声を上げさせる訳に行かない現状において、頼れる仲間の存在は非常に有難かった。血に染まった戦いの跡を眺めると、敵兵の練度の高さに敬意を払わずに居られない。


 一瞬の感傷をその場に残し、特殊斥候部隊は静かに任務へと足を向ける。その、瞬間であった。

 突然の銃撃。剣聖でさえ全く気付かなかった。完全なる意識外からの狙撃。

 背後からの凶弾は容易に銃声を置き去り、視覚による反射さえも許す事は無い。精確に頭部を狙った銃弾は、一切の認識を無視してその射線を撃ち貫く。衝撃に剣聖は弾け飛び、その身体は雪中へと前のめりに倒れた。撃たれた頭部より拡がる紅の雪が、その絶望の深さを示す。

 同時に全方位から攻撃を開始する、遠巻きに潜伏していた敵伏兵部隊。彼我の距離こそ未だ開いていたが、完全なる敵地での包囲。更には敵狙撃兵の再度の攻撃を防ぐ手立ても無く、特殊斥候部隊一同、潔く此処を死地とし覚悟を決めた。





 同刻、北部戦線南方の山脈。山越えを果たし敵地への下山を試みていた列島軍山岳部隊は、途切れる事の無い猛攻に晒されていた。待ち伏せしていた独裁国家軍親衛隊が、突如として襲い掛かったのだ。

 六合ほどの地点、辺り一面の積雪と岩と切り立った崖が、行軍進路を限定させる場所である。独裁国家軍最精鋭の部隊を相手に、山岳部隊長の取れる行動は決まっていた。

 即時撤退。最低限の装備と爆薬しか持たない山岳部隊に、敵精鋭の相手など出来ない事を瞬時に判断する。高低差による地の利は此方に有っても、再びの登頂と親衛隊との戦闘のリスク差は比べるまでも無い。ある程度の高度まで登れば、敵も追っては来られないだろう。

 山岳部隊は可能な限り工兵を先に退がらせ、迅速な後退戦を開始した。


 親衛隊を相手に並ならぬ善戦を繰り広げた山岳部隊であったが、やはり装備で劣り質量共に純然たる差が有っては勝負は目に見えていた。山岳部隊は僅かな後退だけを繰り返しながら、見る見る内に前衛を壊滅させられた。

 完全なる統制の元に計算し尽くされた動きが、機械的精度の射撃と戦闘技能を芸術の域へと昇華させている。

 山岳部隊長も必死の指揮を執るが、到底及ぶ物では無かった。中衛も次々に撃たれ、山岳部隊長も遂には銃弾に倒れ伏す。

 しかし山岳部隊もただでは死なない。中衛の壊滅を合図として、山頂側から巨大な爆発音が山々に木霊した。先に後退した工兵が、全ての爆薬に点火したのである。

 敵基地破壊用の爆薬は、山肌を破壊し雪崩を起こすのに十分な威力を発揮した。これは作戦前から決められていた行動であり、親衛隊と遭遇した時点でこうなる事は全隊員承知の上である。

 高速で退却を始めた親衛隊を上回る速度で、山岳部隊の最期の足掻きが唸りと共に駆け下りて行く。即死を免れた隊員達の薄れ行く意識の中を、山脈ごと揺らすかのような轟音が響き渡った。




 空中戦闘においても、戦闘は佳境を迎えていた。南北の奇襲作戦に合せて二手に分かれた列島軍空戦部隊であったが、その何れもが激戦により大きな損害を出していた。旧型機の多くが撃破、撃墜され、多数の優秀なパイロットを失った。エース機の面々だけは戦果を伸ばしていたが、彼らでさえぎりぎりの戦いを切り抜けていた。

 列島軍最強の一角、最新機を駆る小隊長達も、あわやと言う場面こそ事前に回避したものの、ともすれば撃墜される可能性も十分に有った。敵エースにも単機ならば負ける気こそしなかったが、複数を相手にすれば流石に危ないだろう。実際に独裁国家軍の指揮官機と支援機を相手にした時は、何とか支援機の隙を突いて撃破出来たが、あのまま追い込まれていたら分からなかった。エース達でさえその有様だったので、この戦闘で中堅や新米が見た地獄は相当な物に違いない。






 何故このような事態に陥ったのか。

 正直なところ、列島軍司令部は独裁国家との戦争において、多少なりとも楽観視してしまったと言わざるを得ない。空戦、地上部隊、特殊部隊の全てにおいて、列島軍の有利性を過大評価してしまったのだ。

 確かに三方に戦線を持つ独裁国家が劣勢に立たされている事は、誰の目にも明らかである。しかしそれを補うだけの人材、資源、技術力が揃っており、質の高い列島軍が展開する東部戦線には同じく精鋭を当てて来ている。独裁国家は西と南の戦線も維持する事に成功しており、西部戦線では海を隔てた制空権争いが激しく、南部戦線では補給線を巡る一進一退の攻防が続く。

 また、独裁国家包囲網自体は優れた協力関係を築けているが、協力関係を構成する各勢力の更に内部の調整ともなると一筋縄では行かなかった。列島も東大陸共栄圏内の調整及び反列島勢力への対応に追われているし、西大陸の軍事大国も民主主義国家特有の問題を抱える。南大陸は元々群雄割拠で、独裁国家側に付く勢力も有り複雑な情勢を示す。

 三戦線において連合軍は奮戦していたが、独裁国家の勢いを完全に止める事は出来なかった。もしどれか一つの戦線で優位に立つ事が出来れば他の戦線も楽になるのだが・・・。

 それが見込める戦線はどこか。

 大規模な上陸作戦を企てる西部戦線か。ゲリラ活動と地の利を活かした南部戦線で疲弊した敵を、列島と軍事大国の別働隊が討つ事が出来るのか。それとも東部戦線で、列島軍に残された秘策が有るのか。

 この戦争の行く先は、既に神々でさえ知り得るところではない。






 再び東部戦線北部。動くに動けない列島軍特殊斥候部隊は、物陰にその身を潜めていた。

 何処かで獲物が動くのを待つ敵狙撃手。加えてこの地点を遠巻きに取り囲み、近付いて来る伏兵。動けば狙撃され、動かなければこのまま包囲される。


 数瞬の静寂。

 包囲臨界点に近付かれるより早く、特殊斥候部隊長の号令が出された。号令が出るが早いか、一斉に飛び出す隊員達。

 座して死を待つよりは、戦って少しでも足掻く。彼らの関心事は既に、如何に敵兵を道連れにするかであった。殆ど同時に、社会主義大国残党の精鋭達も行動を開始する。

 合せて発射される、狙撃兵の第二射。タイミングさえわからない、避ける手段も当然無い。ここに居る仲間の何れかは、今この瞬間に死ぬ。それは既に決まり切った事であり、誰しもが宿命と呼ばれる世の理を否応無く理解する。

 劈く銃声。と同時に、甲高い金属音が鳴り響く。が、誰も倒れない。撃ち損じか、いや、そんな筈は無い。初撃から察するに、敵が狙いを外す事など有り得ないのは分かっている。


 誰もが疑念を抱きかけた、その時であった。突如として発生した無限の殺気が、戦場を覆い尽くす。どす黒くも澄んだ、途轍もなく重い何かの塊。

 その殺気の中心には、音も無く直立する剣聖。欠けた愛刀をだらりと掴み、頭部からの流血は顔面を血みどろに汚している。左手には黒銀色の聖剣が、硝煙で鈍る雪明かりを鋭く撥ね返す。

 剣聖がゆっくりと狙撃地点へ向き直ると、音速を超えた銃弾が今度は足先へと放たれた。

 再びの金属音。今度は軽快な、小さな質量物の滑らかな切断の音。何時の間に動かしたのか、剣聖は切先の煙る黒銀刀をだらりと下げている。その表情は血と煙で窺えなかったが、周囲の空気は凍りつき、その場に居る誰もが純粋な殺意に身を竦ませた。

 二つの刀をだらりと下げた剣聖は、夢見心地にふらふらと歩き出す。照準を構える狙撃兵は唯一人、標的の浮かべる確かな微笑を目撃した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る