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大戦真っ只中にあった軍事大国及び西大陸諸国と、列島及び東大陸共栄圏の停戦。その後友好条約が締結され、続いて軍事同盟が成立するのに、さほどの時間は要さなかった。それ程までに、独裁国家の増長は脅威的と言えた。
軍事大国は東南諸島の一部に治安維持機構を残し、全面的に引き揚げた。それも旧来型の支配を目的とする機構では無く、列島と協力して東南諸島を自立させる為の物であった。
最早東南諸島に構っていられる情勢では無く、それならば今後を見越して恩を売り、東南諸島と東大陸全域との交易の土台とする腹づもりであろう。列島としてもこれ以上軍事大国と事を構える訳にも行かず、妥協点として提案を受け入れたのであった。
これから共に戦う以上お互いに譲歩する必要は有ったが、軍事大国の譲歩が思いのほか大きかった為に列島側も安堵した。開戦前の強硬かつ狡猾な外交とは全く異なる辺り、独裁国家の脅威が相当深刻なのであろう。一方の軍事大国としては東南諸島からの全面撤退も有り得た為、外交的には上手く立ち回ったと言える。
さて、当の独裁国家であるが、その勢力と軍備を更に増強し、次の侵攻準備へと取りかかっていた。
西大陸の中央、先の世界大戦の敗国は、大恐慌を経て過激な軍国主義に傾倒した。政治的混乱の中、一人の天才煽動家が政党を拡大、政権を獲得し独裁者として君臨する事に成功する。そうして革新を遂げた独裁国家は、独裁者率いる独裁政党に全権力を結集、その指導のもと周囲の小国を次々と飲み込んで行った。
先の世界大戦の影響で弱腰な列強各国を尻目に、独裁者は外交と演説、プロパガンダを用いてその勢力を瞬く間に拡大させる事となる。また、独裁国家は地理的に軍事大国と社会主義大国に挟まれており、その性質上どちらとも相容れない。為に自然な流れとして、直接的な利害関係が薄く、共通の敵を持つ列島に対して軍事同盟を呼び掛けた。歴史の定石、敵の敵は味方とはよく言ったものである。
そうして列島を二大国への抑えにしておいて、社会主義大国との突然の不可侵条約締結。独裁国家は間髪入れずに西大陸の列強諸国へ宣戦を布告、ここに二度目の世界大戦が勃発した。
この時点での軍事大国は、西大陸諸国への援助こそ行うものの、直接戦争には参加しない事を決め込んでいた。東大陸では独裁国家との不可侵を得た社会主義大国が列島と衝突を繰り返しており、両国のせめぎ合いの最中、軍事大国は列島に対し様々な外交要求を突き付けたのである。
とても受容出来ない要求に列島は困窮、やむを得ず開戦に踏み切る事となった。軍事大国としては他の二国よりもむしろ列島の方が脅威であったし、様々な目算から見ても妥当な選択と言える。東大陸及び東南諸島の莫大な利権をただ奪われる訳には行かなかったのである。
しかし先に述べた通り、軍事大国の目論見は崩れ、独裁国家の増長は各国の予想を遥かに上回ってしまった。
独裁国家は軍備を再編すると、軍事大国および残存する西大陸国家方面の西部戦線、列島と東大陸共栄圏及び社会主義大国残党の東部戦線、そして更なる石油や穀倉地帯獲得を狙った南部戦線へと展開して行った。
多方面に戦線を有する独裁国家は、東部戦線では東大陸内の反列島勢力と結び、南大陸でも西大陸国家に反発する各勢力を仲間に引き入れた。ついでに西部戦線でも、クーデターで革命政権を樹立した半島国家が独裁国家側に味方したりもした。
東部戦線北部。他の戦場と比べ、ここでは地上戦の戦車部隊が少ない。雪と寒さ、延々と続く針葉樹の森が、地上戦の様相をがらりと変えているのだ。そしてこの劣悪な環境へと派遣されて来た列島兵士の中には、やはり特殊斥候部隊の面々も居た。
東南諸島での作戦終了後直ちにこの地へ派遣された彼らは、密林戦ほどとは行かないまでも中々の戦果を挙げた。この地に潜む社会主義大国の残党と連携し、独裁国家軍相手に神出鬼没の襲撃を繰り返したのである。
社会主義勢力とは対独裁国家共同戦線を敷いており、協力体勢を構築していた。寒冷地での戦闘において、彼らの力を借りられると言うのは非常に心強い。社会主義残党軍は雪中での行軍に慣れており、その精鋭部隊ともなるとかなりの行軍速度を発揮する。同じく悪環境での機動力を有する特殊斥候部隊は、その性質上彼ら残党軍精鋭達と関わり合う事が多くなっていた。幸いにもこの戦場では障害物も多く、吹雪けば視界も悪い為、特殊斥候部隊及び剣聖の力を如何無く発揮出来る。
戦線全体においても、精強な列島陸軍と空戦部隊のエースパイロット達が参戦しており、空陸共に互角以上に戦えていた。超近接戦闘しか出来ない剣聖にとって敵戦闘機は全く歯が立たない相手であり、味方空戦部隊の存在は非常に頼もしく感じられた。
対する独裁国家東部方面軍は、得意の戦車師団による電撃戦術が使えず苦戦を強いられていた。
今年の冬は例年より到来が早く、雪に埋もれた大地を更なる白銀が覆い尽くした。見知らぬ土地での手探りの行軍では、戦車を前面に出して急進する訳には行かない。何処に障害物が有るかも分からず、ともすれば硬質の岩盤に乗り上げたり穴に落ちて身動きが取れなくなる危険が大きかった。ましてや森の中では木々に邪魔されて右往左往してしまい、格好の的になってしまう。実際に剣聖も、奇襲の為に森の中を行軍していた敵戦車を片っ端から真二つにしてやったりもした。
冬が深まるに連れ吹雪く日も多くなり、特殊斥候部隊も一旦は後方の拠点へと後退する事となった。針葉樹林帯での攻防を社会主義残党軍に任せ、装備と増員の受取に向かったのである。
性能向上、軽量化された新装備の配備は着々と進んでいたものの、寒冷地仕様の最終テストに思わぬ時間を要していた。漸く実戦配備可能となったので、精鋭部隊を中心に順番に配布されたのであった。
各隊員新しい装備を受け取ると、使用感を数日かけて身体に叩きこんだ。剣聖も新素材の防寒具を身に付け、本国よりの荷物を受け取る。
苛烈さを増す戦闘を乗り切る為、嘗て入手した聖剣を届けて貰ったのである。と、そこまでは良かったのだが、届けに来たのが、以前共に西大陸軍と戦った旅人であった。それだけならまだ予想の範囲内なのだが、いざ会いに行くと旅人は特殊斥候部隊の制服に身を包んでいる。しかも腰には天叢雲剣を佩き、軍服の下には白装束が覗いていた。
とは言え、特殊斥候部隊の面々も当初は異様な新顔に驚いたものの、すぐに気にしなくなった。
元より変わった経歴の者ばかりであったし、新顔と剣聖が顔見知りと言うだけで、苦笑いと共にそれ以上の詮索をしなかった。そもそも他人がどうのと構っているくらいならば、戦闘準備をしたり趣味にでも興じていた方が合理的と考える者達なのだ。
そんな訳で、旅人が前線にも出ずに事務仕事をしたり、本国へ帰ってしまったりしても何も言わない所か、部隊復帰した際には反って労いの声を掛ける程であった。
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